第92話 相談相手
「『半血』は占領軍として炊き出しをする気はないのですか?」
「アルティア神聖国の内政に関与するつもりはない。この戦争で焼け出された人がいるならばともかく、私たちがここを囲む以前からの流民は与えられるのを待つのではなく自分で戦って勝ちとるべきだ。部隊にはアルティア国民との接触は最低限にするよう通達を出している」
マリアはストイックだ。でも、それだけじゃいけないと思う。戦いたくても戦えない人だって存在するだろう。
「知り合いになった流民の人から聞きました。アルティア神聖国内に食料がないのは『半血』も含めて大食いの獣人が食べてしまうせいだと教会は説明しているみたいです。他国からの食料の輸入も獣人が邪魔をして話が進まないって嘆いていました。アルティア神聖国人の間で、そういう話が交わされているのは知っていますか?」
「どうせデマだ。言いたい奴には言わせておけばいい」
「だとしても、真実を知らないまま冬を乗り切れずに死んでいく本人とその家族は『半血』のせいだと恨むでしょう。今だって国都の周りに食べられない流民が沢山いるのを知りながら自分たちだけはご飯を食べている。マリアが作る国はこの先アルティア神聖国と疎遠になるつもりだから気にしないのかも知れないけれども、今この周辺にいる人たちはそのデマを真実として語り継ぐと思います。未来のアルティア神聖国人たちは自分たちの先祖が飢えて苦しんでいる時に独立戦争を仕掛けて土地を奪った『半血』の子孫から、いつか土地を取り返そうとするでしょう。このままじゃ独立したところでマリアが作る国は半獣人の安住の地にはなりえませんよ」
天幕内が、しんと静まりかえった。
今まであった友好的な空気が霧散していた。
「国興しの苦労も知らない小僧が言ってくれたな」
マリアは声を荒げたりはしなかったが言葉には怒気が籠っていた。
言い過ぎたかな?
ぼくは怒気の籠ったマリアの視線を受けとめて見つめ返した。
内心はドキドキだ。百年以上を生き延びた大傭兵を怒らせたら無事に済むとは思えない。
「馬鹿! おまえ謝れ」
慌てた様子で、ルンが割って入って来た。
ルンは立ち上がると、椅子に座るぼくの頭を手で上から押してマリアに対して頭を下げさせようとした。
ヘルダとジョシカは冷めたような目で、ぼくを見ていた。
ぼくは意地でも頭を下げずに、マリアの目を見続けた。
「与えられるまで生きて耐えるしか戦いの方法がない人だっているでしょう」
マリアが目を逸らした。
「もともとアルティアとは借地契約が更新されなかったら武力で切り取るという約束ができていたんだ」
マリアは、もごもごと呟いた。
「知らない人間からすると『半血』がやってることは借地の契約が更新されないからって逆切れして人の土地を力づくで奪おうという振る舞いにしか見えませんよ。誤解は解いておかないと誤解の上に間違った未来が詰みあがってしまいます。半獣人の未来に火種を残したいのですか?」
マリアは不貞腐れたような顔をして、ぷっくらと頬を膨らませ口を尖らせた。
百年以上を生き延びた大傭兵の威厳が台無しだ。
「どうしろっていうんだ?」
「『半血』が食料を独り占めしているわけではないという誤解を解くためにも炊き出しをしてください。『半血』はアルティア神聖国民を飢えから開放するために立ち上がったと宣伝します。炊き出しを食べて生き延びた人たちが『半血』に助けられたと語り継いでくれるでしょう」
「半年以上も何万人もの流民を食わせていく力は私たちにはないぞ」
「せっかく共闘の可能性を探りに王国が来ているんです。そこは王国に相談しましょう」
ぼくは、ぼくをアルティア神聖国へ送りだした王国の士官を思い出した。少しは苦労してもらわないと。