第85話 同名の同境遇者
『半血』隊員たちが一斉に剣を抜いて、ぼくたちを取り囲んだ。
しまった。誤解された。
「わ。待って。違う違う。誤解です。ぼくはオークキングスレイヤーのバッシュです。この名前に聞き覚えありませんか?」
「ないな」
半熊人族の男は、にべもなかった。
ですよねぇ。ここ、居留地じゃないし。
ジョシカが話が通るようにしておくと言った相手は居留地の人たちだ。ここじゃない。
「ルンの内縁の夫です」
ぼくは、もう一つの肩書を口にした。
「嘘も大概にしろ。あの女に男なんかいるわけないだろう」
ルンさん、ひどい言われ様だ。
でも、ぼくが口にしたルンが、どのルンであるかは通じたみたいだ。同名の同境遇者じゃないだろな。
「じゃあ、マリアでもヘルダでもジョシカでも、こないだまで『長崖』のオーク集落を攻略していた部隊の人たちがどこかにいませんか? その人たちならば、ぼくのことを知っているはずです。もちろん、ルンでも」
「ほお、ジョシカとも知り合いか?」
「命の恩人です」
「ますます胡散臭い」
半熊人族の男は柵に手と足をかけて素早く乗り越えた。
ぼくを見下ろすように目の前に立ちはだかると、左右の手でそれぞれ反対の拳を握る行為を繰り返して、ぽきぽきと指を鳴らした。
柵の内側にいた半熊人族の男は柵の外側の隊員たちと違って帯剣してはいなかった。馬の世話をする際には必要ないのだろう。
「マリアから怒られますよ。占領地の裸猿人族には手を出さないようにと厳命されているんじゃないでしょうか?」
「相手がアルティア兵であれば問題ない。お前は『長崖』から来たのか? 先日壊滅させてやったのに付け焼刃な知識を披露して今度はどういう企みだ?」
「だから誤解です。『長崖』で、ぼくは『半血』に加わってオークと戦いました」
半熊人族の男は振り返って柵の横棒を掴むと縦杭に打ちつけている釘ごと無理やり引っ張って抜き一本の丸太にした。長さは二メートル強だ。太さは十センチくらい。
丸太の両端近くで、それぞれ二本ずつ太い釘の尖った先端が剥き出しになっている。
半熊人族の男は剥き出しの釘の先端を軽く柵の別の横木に打ち付けて押し込んだ。押し込んだ分、丸太の反対側から釘の頭が飛び出してくる。
男は太い指で器用に釘の頭をつまんで引き抜くと地面に投げ捨てた。
同じ作業を四回繰り返す。釘があると握りの邪魔になるためだろう。
半熊人族の男は丸太を棍の様に片手で握って頭の上で振り回した。
「オークキングスレイヤーなんて恥ずかしい名前を名乗るからにはオークキングよりは強いつもりだろ? 俺に勝てたらジョシカに会わせてやる」
剣の先をぼくたちに向けている『半血』隊員たちが戦いに巻き込まれないようにと後ろに下がって包囲の輪を広げた。
ぼくと一緒に来た王国の斥候は剣を突き付けられて身柄を確保された状態で広がった包囲の輪の中で大人しくしていた。特に逆らおうとか逃げようとはしないらしい。成り行きに任せるつもりのようだ。目でぼくに何とかしろと訴えていた。
「ということは、ジョシカはここに来ているんですね?」
ぼくは半熊人族の男に確認した。
「おうよ」
なら良かった。いるのなら会えれば何とかなるだろう。騒ぎが大きくなれば多分話が届くはずだ。
ぼくは『半血』隊員たちに向かって声を上げた。
「じゃあ誰か、ぼくがやられないよう粘っている間にジョシカを呼んできて。ぼくを見れば絶対に止めてくれるはずだから」
誰も動かない。
まあそうだろう。でも粘っていれば騒ぎが大きくなるはずだ。
その内に念のためジョシカに確認をしておいたほうがいいと思う人が出てきてくれると思いたい。
ぼくは腰から木材を抜いて剣のように構えた。
「抜かせ。瞬殺だ」
半熊人族の男が丸太を振りかぶって力任せにぼくに向けて振り下ろす。
下手に受けたら木材ごと叩き潰されてしまうに違いない一撃だ。
けれども、手加減か様子見なのだろう。
ヘルダの動きに比べれば遥かに遅かった。
それに大振りだ。
ぼくはあっさりと身を躱した。
地面を叩いた丸太が跳ね上がるように斜めに動いて、ぼくの足を薙ごうとしてくる。
ぼくは丸太をぴょんと乗り越えた。
やっぱり様子見みたいだ。遅い。
次が来た。
少しだけ振りが早くなっていた。
躱す。
次第に早くなっていく丸太を時には木材でいなしたりしながら、ぼくは避け続けた。
休みなく襲ってくる丸太は、どんどん早くなる。
がっつり受けとめるのは駄目だけれど力を逃がすように当てて逸らすのならば問題ない。
それに大きく躱し続けると体力を失うから、なるべく最小限の体の動きで済むように身を躱した。紙一重だ。
多分、三十分か一時間ぐらいは、ぼくは丸太を躱し続けた。
同じ時間、丸太を振り回し続けていられる男の体力が恐ろしい。さすが熊人族。ハーフだけれど。
けれども次第に疲れてきたのか、さらに大振りになってきたので躱すのが楽になった。
同じ水準で躱すだけで良いなら、もう一時間だって、ぼくは動ける。
その時、「やめっ!」と辺りに大きな声が響いた。
声を合図に半熊人族の男は丸太を放り投げて力尽きたようにどさりと、その場にしゃがみ込んだ。
「やめやめ、終了」と声の主が、ぼくと半熊人族の男を囲んでいた観衆を抜けて前に出てきた。
いつのまにか、ぼくたちの周囲には『半血』隊員だけではなく大勢の流民の人たちも集まって、ぼくたちの戦いを観戦していた。
流民の中には、あのリーダー格の男や廃村の男の姿もあった。流民に潜り込んだもう一人の王国の斥候もいた。
観衆を割って出てきた声の主はジョシカだった。