第84話 水場
ぼくは斥候の内の一人と一緒に馬を連れて西門前に駐留している『半血』の元へ赴いた。
もう一人の斥候は、ぼくたちと別れてアルティア神聖国人側の生の情報を収集するために流民たちの集団の中へ潜り込んでいる。
定期的に斥候の二人で連絡を取り合うそうだが、そこはぼくの仕事ではないため詳しくは分からない。ぼくの仕事は『半血』と王国の仲介だ。
馬に引かせていた荷車は男家族の所に置いてきた。
ぼくたちは残った荷物を二頭の馬に分割して持たせていた。
少しと言いつつも結構な量の食料を渡してしまったため馬は大分身軽だ。
第一報として現在の状況について斥候から伝書鳩で王国に報告している。
アルティア神聖国には食料がなく廃村ばかりで国都周辺には流民が溢れていること。
その国都は『半血』に囲まれており一戦したアルティア兵は既に敗れていること。
これから『半血』に接触を試みること、などを簡潔に報告したらしい。向こうは向こうで何か対応を考えるのだろう。
このタイミングで報告を行うのは、この後『半血』と接触すると、しばらく連絡ができない状況になる可能性があるためだ。作戦遂行中に外部と連絡を取り合う行為をマリアは嫌っている。『半血』は国都包囲作戦の最中だ。
ぼくたちは装備を身に着けずアルティア神聖国人としての普段着のままだった。
装備一式は荷物の奥に隠して馬に持たせている。
腰に護身のための木の棒だけ佩いていた。物騒な場所なので流民たちはみんな何かしら武器になりそうな物を身に着けている。
国都西門の前には、『半血』の天幕が立ち並んでいるだけではなく丸太を縦と横に組んで柵を作った簡易な馬の放牧場も作られていた。
ぼくたちは天幕ではなく、まっすぐに放牧場に向かった。
柵の向こうには沢山の馬が収容されている。
やはり自分たちから近づいてくる裸猿人族は珍しいのだろう。
何人かの『半血』の人たちが馬を引いて近づくぼくたちを見つめていた。言うまでもなく、みなさん何らかのハーフみたいだ。
ぼくたちを警戒したのか、それとなく周囲の隊員たちが集まって来た。
「何の用だ?」
柵の内側で馬の世話をしていた半熊人族の男が、ぼくたちを見つけて訊いてきた。ジョシカより体躯が良い男だ。
「半犬人族のブランさんとコークさんを探しています。西門前にいると聞いたのですが」
「この時間だと、まだ戻ってないな。どういう知り合いだ?」
「先刻、流民の方々に囲まれていたところを助けてもらいました。待たせてもらう間、水場に馬を繋がせてもらってもいいですか?」
すぐ近くの柵の内側に馬のための水桶が並んでいた。
柵の外からでも横木の間に首を突っ込めば馬は水を飲める。
「好きにしろ」という相手の返事を待ってから、ぼくと斥候は水桶に馬の頭が届く場所の柵に手綱を繋いだ。
「ここへは今日来たばかりなんですが馬を連れてたら食べられそうになっちゃって。その時、間に入ってもらったんです」
半熊人族の男は、ぼくたちの馬を繁々と見つめた。
「だろうな。肉付きが良くて食いでがありそうだ。連中、満足に食えてないからな。おい」
半熊人族の男は、柵の外でぼくたちのやりとりの様子を窺っていた隊員に声をかけた。ぞろぞろと隊員たちがやってくる。
「ブランとコークに戻ったらここへ来るよう伝えてくれ。客人だ」
「はい」
隊員の一人が答えて天幕の方へ走って行った。言伝をしに行ってくれたのだろう。
「すいません」
「二人にはどんな用だ?」
「あらためて助けてもらったお礼を言いたいと思いまして。あと、できれば、こちらで何日か馬を預かっていただけないかお願いに。目を放すと食べられてしまいそうで。国都に来れば炊き出しがあると期待していたんですがないみたいで」
「その割にお前さんたちは痩せてないじゃないか。アルティア神聖国人で飯を食えているのは教会と軍関係者だけだ。お前らアルティア兵だな。その馬は肉付きが軍馬だ」
隊員たちが一斉に剣を抜いて、ぼくたちを取り囲んだ。