第81話 見送り
突然走り出したぼくの動きに流民たちは虚を突かれたのか動かなかった。
誰もぼくを追いかけて来ない。
『半血』の二人組は二人とも半犬人族だった。毛の色は一人が茶で、もう一人が黒だ。もちろん戦場での装備一式を身に着けている。幹部用ではない一般用の『半血』の腕章も着けていた。
「すみません。ぼくたちの村の人がどこにいるか知りませんか?」
ぼくは男から聞いていた村の名前を二人組に訊ねた。
駆け寄ったぼくに対して二人組は、きょとんとしていた。この地に駐留して以来今までに裸猿人族側から話しかけられた経験がないのかも知れない。
アルティア教では裸猿人族以外の人種を蔑んでいる。
『長崖』のオーク集落でアルティア兵たちが『半血』とは会話したくないという態度だったけれども、多分、一般のアルティア神聖国人もその感覚は同じだ。
にもかかわらず、蔑んでいたはずの半獣人に突然国都をとり囲まれているのだから、自分たちから『半血』に気さくに話しかけようなんていう裸猿人族は、ぼく以外に恐らくいなかっただろう。
『半血』に包囲される以前から国都の周りで既に流民になっていたとしたならば、なおさらだ。
自分たちが蔑んできた気持ちと同じ深さで相手からも悪い気持ちを持たれているかも知れないという恐怖があるだろう。仕返しをされるかも知れない。
そう考えたら一般のアルティア神聖国人は『半血』から距離を置くに決まっている。黙認の範囲内を探りながら極力関わらないようにするはずだ。
「すまんが知らん。そういうことは同じ裸猿人族に聞いたほうがいいんじゃないか」
茶色いほうの半犬人族が答えてくれた。意外と親切な受け答え。いい人そうだ。
「そうなんですけれど襲われそうになったんで咄嗟に声を掛けさせてもらいました。見てたでしょ?」
ぼくは後ろに残してきた身内と流民たちをちらりと振り返った。
両者の間で戦闘は起きていない。どちらも惚けっとこちらの様子を見つめていた。
「ああ」と茶髪。
「そちらから彼らにぼくらを村の人の所まで案内をするように言ってもらえませんか?」
ぼくは、てへぺろと笑いかけた。
「ここを占拠している『半血』から言ってもらえると抑止力になると思うんです」
びっくりしたような顔をしたまま黒いほうの半犬人族が言った。
「お前、よく俺たちに話しかけられたな。恐くないのか?」
「怖いぐらい、やっと国都に辿り着いたところで殺し合いの修羅場になるよりマシですよ」
「確かに」
「じゃ、よろしくお願いします」
ぼくは二人を連れて、みんなの元へ戻った。
ぼくが『半血』隊員を連れて戻ってくる姿を見て流民たちはすごすごと離れて行った。後ろで見ていた流民たちの逃げ足はさらに早い。あっという間に居なくなっていた。
ぼくたちに食い物と馬を要求した流民のリーダー格らしき男も去ろうとした。
「待って」
ぼくはリーダー格に駆け寄って逃げられないように前に立ちはだかった。
後から『半血』隊員二人が到着した。
「おい、お前」と茶髪がリーダー格に声をかけた。
「そこの彼に同じ村の人間がどこにいるか訊ねられたが俺たちには分からない。裸猿人族」同士教え合ってくれないか」
「へい」とリーダー格は血の気を失った青い顔で『半血』に答えた。
それから「どこの村だ?」と、ぼくに訊いた。
ぼくは男から聞いていた村の名前を伝えた。
「わかる?」
「ああ」
リーダー格は、ぼくに背を向けて歩きだした。さっさとこの場から離れたいのだろう。
ぼくは馬の手綱を握っている斥候二人に頷いた。
斥候二人は馬を引いてリーダー格の後ろについていく。
ぼくたちと同行している男も歩きだした。
男も真っ青な顔をしていた。荷車の上の奥さんと娘も青い顔だ。娘は奥さんにしがみついて泣いていた。みんな、そんなに『半血』が恐いのか?
ぼくは『半血』の二人に声を掛けた。
「助かりました。何とかなりそうです。このお礼は後で必ず。このあたりに来ればお二人はいつもいますか?」
「普段は西門前だな」
「ぼくはバッシュです。お二人のお名前は?」
「俺はブラン」と茶髪。
「コークだ。べつに礼なんかいらねえぞ。お前ら裸猿人族にそんな余裕ないだろ」と黒髪。
「ありがとうございます。でも落ち着いたら後で話に来ますよ。個人的には『半血』より裸猿人族のほうが恐いですから」
おそらくぼくたちが流民に絡まれたのは国都に流れてきた人が受ける最初の洗礼という奴なのだろう。
国都に辿り着けさえすれば炊き出しにありつけると考えていた希望が、はかなく打ち砕けれてカツアゲ的に身ぐるみを剥がれるのだ。多分、国都では日常的な光景だ。
本来そこに『半血』は関与しない。
もし、ぼくたちがおらず男家族だけでこの場に来ていたならば絶対に身ぐるみを剥がれていたはずだ。まあ、ぼくたちがいなかったら男家族がこの場に来ることもなかっただろうけれど。
この勢いで二人組にマリアたちの所在を訊ねようかとも思ったが、それをすると話が長くなるのは分かり切っていた。
とりあえず、国都にいる『半血』の人に接点もできたことだしマリアたちの所在確認は次回にして、ぼくは離れて行ったみんなを追うことにした。
「じゃ、またいつか」
「「おう」」
『半血』の二人組は、ぼくに軽く手をあげて見送ってくれた。
全然怖くないんだけどな。
なぜ、みんなが『半血』に対してそう身構えるのか、ぼくにはわからなかった。