第80話 いらぬ気じゃない気
「食い物と馬をよこせ」
流民が野太い声で言った。
相手が野盗や山賊であれば「金を出せ」という場面だ。
金ではなく直接食べ物を求めてくる時点で切実さのレベルが高かった。
やっぱり国都でも十分な量の炊き出しは行われていないのだ。流民の数が多すぎる。
とはいえ、馬を連れたまま国都の近くまで来てしまったのは失敗だった。
廃村に入った際、現在は同行者である男は馬を食料として狙ったのだ。
廃村よりさらに食料事情が悪いかも知れない国都の流民は男と同じ考えを持つだろうと思い至っているべきだった。さらには家畜である馬をまだ食べないでいられる余裕があるのだから、当然、馬以外の本来の食べ物も持っているはずだと考えられていて然るべきだ。
ぼくはあちこちに立っている『半血』隊員たちの様子を窺った。
隊員たちは基本的に二人一組で周辺の警戒にあたっているようだ。
一番近い場所にいる隊員は、ぼくたちから三十メートルくらい離れた場所にいる。
もちろん物騒な流民が、ぼくたちに今にも襲い掛かろうとしている状況には気づいているはずだ。
けれども『半血』隊員たちに動く様子はない。
流民の側も『半血』隊員たちに見られている事実を承知している。
流民と隊員が結託していて、ぼくたちを襲う行為を黙認しているというわけではないだろう。多分アルティア神聖国民同士の問題には『半血』は関与しないという方針があるのだ。要するに無視だ。
流民たちも『半血』の方針がわかっているから大胆な行動に出ているのだろう。
ということは少なくとも『半血』はアルティア神聖国の国都の周りにいる流民たちに対して虐待行為はしていないのだろう。
もし虐待があるのであれば『半血』隊員の目に入る場所で流民は目立つような真似をしないはずだ。目立てば叩かれる。
反対に流民のほうが『半血』隊員よりも立場が上で、『半血』はどうせ文句を言えないのだからと、強気の態度にでているわけでも、もちろんない。
流民たちは、ぼくたちに脅しをかけながらも『半血』隊員たちが何か動きを見せはしないか相手の様子を気にかけていた。どこかに『半血』が介入してくる越えてはいけない一線があるのだろう。
けれども、気にするということは流民としては『半血』とは関わりたくないという意思表示でもある。
ぼくたちに立ちはだかってきた流民たちの動きは、まるで素人だ。
武器を持って数で脅せば、ぼくたちが大人しく従うと考えているのだろう。
ぼくたちに対峙する男たちの後ろの少し離れた場所には積極的にぼくたちに襲いかかってはこないけれども、あわよくばおこぼれにありつこうという考えの人たちが同じくらいの人数、目を光らせてこちらを見ていた。
さて、どうしよう?
ぼくと斥候二人は剣ではなく剣と同じ位の長さに切った棒を腰に佩いていた。
剣は荷車に隠してあった。
相手も棒、こちらも棒。斥候二人がその気になれば剣を出すまでもなく流民たちなど瞬く間に叩き伏せてしまえるけれども、そんな明らかに素人ではない動きを見せてしまうと『半血』にいらぬ疑いを抱かせてしまうだろう。
どうせいつかは接触を試みるのだからそれでも構わないが男家族まで巻き込んでしまうのは忍びない。体力のない奥さんや娘が取り調べを受ける状況になるのは避けたかった。
できれば、どうにか穏便に男家族に自分の村の人たちと合流してもらって、彼らと別れてから『半血』とは正式な接触をしたい。
馬の手綱は斥候の二人がそれぞれ引いている。
男は妻子を守るように妻子が乗っている荷車の脇まで下がっていた。
自由に動けるのは、ぼくだけだ。
斥候二人が、ぼくと男に馬の手綱を託そうとした。荒事を引き受けてくれるつもりだろう。でも、そうなると『半血』のいらぬ気を引いてしまう。
だから、いらぬ気じゃない気を引こうとぼくは考えた。
「ぼくに考えが」
ぼくは手綱を引き受けるのを断ると、「おーい」と三十メートル先に立つ『半血』の二人組に手を振り、そちらへ向けて走り出した。