第77話 進路
「勝手に食べ物を渡しちゃってごめんなさい」
ぼくは斥候の二人に謝った。ぼくが用意した食べ物じゃない。斥候二人が用意したものだ。
立っていたほうの斥候も男が去って空いた席に座っていた。
「気にするな」と二人は笑った。「ほんのあれくらい」
実は村にいる住人に、ぼくたちが村に訪れたと気付かせるつもりで、あえて馬を外に繋いでおいたのだ。どうせ廃屋同然の建物なのだから本来は馬を夜露に濡らさないためにも屋内に入れておくべきところだ。
けれどもあえて外に繋いだ。
住人の反応を見るためだが、まさか馬を食べようとするとは思ってもみなかった。
村の住人とどのように接触するかが課題だったけれども、うまい具合に相手から接触してきてくれて恩も売れた。食べ物の恨みは深いけれども食べ物の恩だって深いはずだ。
男がしていた話が全部嘘ということはないだろう。痩せこけた様子を見る限り食うや食わずの状況にあるのは間違いない。男がアルティア兵に接触をして、ぼくたちの存在を報告しようとする可能性は低いと思う。
そんな接触ができるくらいならば飢え死にしそうになる前にアルティア兵に食料をくれと泣きついているだろう。もしくは王都まで馬で運んでくれと頼んでいるかだ。
現在男が痩せこけた状態で村に住んでいるという事実が男とアルティア兵の間に接点はないと物語っていた。
「どうしましょうか?」
ぼくは斥候の二人と相談した。
どうとは男に食べ物を分け与えるか否かでもあったし今後のぼくたちの進路をどうするかでもあった。
当初の予定は『半血』居留地へ直行だ。国都は『半血』居留地より手前にあったが、人に見咎められる恐れが高いため近づかないつもりでいた。『半血』とアルティア神聖国軍が戦闘の最中かも知れない。
けれども男に食料を分けるのだとしたら彼と家族をこの村に置き去りにしてしまっては意味がない。分けた食料などすぐに尽きる。男の一家を国都まで連れて行かなければ本当に助けたことにはならなかった。馬がいれば奥さんも運べるだろう。むしろ馬がいなければ不可能だ。男の一家にとって、ぼくたちとの出会いは最後のチャンスとも言える。
国都では炊き出しが行われているのだとしたら少なくともこの村よりも食糧事情は良いはずだ。男に食料を分けたとしても値段さえ気にしなければ国都の闇市みたいな場所で食料の補充ができるのではないか? そういう考えもある。
アルティア神聖国はともかく『半血』居留地の食料事情はどうなのだろうか? 国そのものが食糧難の状況にあるのだとしたら居留地となるともっと食べ物がなくても不思議ではない。
とはいえ、そのような危機的な話をマリアたちからは聞かなかった。
彼女たち自身にやつれていた様子もない。『長崖』の王国側であったからかもしれないが普通に食料を持っていて食事もとれていた。居留地に遊びに来いとも言っていたし。
考えられるのは各国に部隊を派遣して傭兵稼業に勤しんでいる『半血』には独自の食料の入手経路があり困っていないという可能性だ。戦争となると補給路の確保が肝心だ。アルティア神聖国に対して独立戦争を仕掛けようというのだから食料の安定供給についても当然準備をしているだろう。
国都の闇市で食料を手に入れられなくても『半血』居留地まで辿り着ければ帰路に不足する食料について購入したり分けてもらったりできるのではないか?
もっとも居留地でマリアたちの誰かと接触できなければ駄目なのだけれど。
戦場に出てるかな?
もちろんその確率が高い。だとしても何らかの連絡手段は確保されていると思いたい。
いずれにしても僕の心情としては男と家族を国都へ送り届けてから心置きなく『半血』居留地へ向かう選択だ。
斥候二人も、ぼくとは違う理由から国都経由に心が傾いているようだった。
平時であれば他国民であるぼくたちが不用意に国都に近づけば見咎められる恐れが高い。
けれども炊き出し目当ての人たちが国中から集まってきた状況とあれば国都は混乱をしているだろう。見咎められる恐れは低くなる。優秀な斥候である二人ならば難民たちにうまく溶け込んで情報を収集できるはずだ。
戦争を仕掛けてきている敵国の正確な情報は多ければ多いほど良いに決まっている。
見咎められるリスクよりも情報収集の可能性が高いという判断だ。
ぼくたちの腹は決まった。
いざ国都へ。