第73話 三人
ぼくはテントに戻って来た斥候の一人から剣を受け取った。
斥候は既に旅に出る装備を身に着けていた。
ぼくは剣を鞘から抜いて刃を確かめた。
幸い刃こぼれ一つなく無事だった。もちろん大切に預かっていてくれたのだろう。
もう一人の斥候が戻ってくるまでの間に、ぼくはオーク装備一式を身に着けて出発の準備をした。
もう一人の斥候が、ぼくを呼びにテントの中に戻って来た。
彼も旅に出る装備に既に着替えを終えていた。
ぼくは自分のリュックサックを手に取った。剣以外の荷物は取り上げられずに手元にあった。
ぼくは斥候二人の後に続いてテントを出た。ぼくの後に士官が続いた。
テントを出た足で四人とも崖下に降りる階段へ向かう。
ぼくたちが壊した階段は復旧されて崖の上と下で行き来ができるようになっていた。
沢山の王国兵が崖下で任務に就いていた。
崖の上には後背側の防御要員だけが残されている。
拡充された木柵も設置されていた。万一オークが襲って来た時の備えだ。
ぼくは素直に斥候の後についていく。
階段を降りて崖下に至った。
荷物をふんだんに積んだ馬が二頭用意され『半血』居留地へ向かう出発の準備が整っていた。
連絡用の伝書鳩も、それぞれの馬の首の下に籠に入れて吊り下げられている。
あれ?
そう言えば、ぼくを呼びに来た斥候はテントを出る際、ぼくを探索者ギルドへ送るための準備をしに行ったはずなのに何で居留地行きの出発準備が整っているのだろう?
ぼくとの話の途中で士官が行き先変更の連絡をしていたわけでもない。
ぼくは士官の掌の上で、すっかり転がされているようだった。
いや、それよりも、
「え、また三人だけ? 護衛隊は?」
ぼくは思わず唖然とした声を上げた。
当然『半血』居留地へ向かうにあたっては王国兵の護衛部隊がつくのだろうと思っていた。増援に来てくれた時の数字を考えれば三百頭くらいの騎馬隊が現在この場所に残っていたとしても不思議でない。
ぼくは『半血』と王国を仲介するだけの役割で居留地までは王国が連れて行ってくれるんじゃなかっただろうか? 例えば馬車で。
「前にも話したとおりアルティア神聖国に対する王国の方針は現状維持だ。宣戦布告をしておきながら侵略してくるわけでもないアルティア神聖国の不可思議な動きに加え『半血』の独立宣言だ。『半血』が王国に対して共闘を望んでいるのか不干渉を望んでいるのかもよくわからない状況でアルティア神聖国内へ大人数の部隊を出して刺激したくない。いずれにしても相手の真意を知るのが先だ。三人くらいならば見咎められても隠れるにしろ素性を偽るにしろ小回りが利くだろう」
士官は淀みなく言い切った。
これ、絶対最初からそのつもりだったな。
もちろん、ここで「一抜けた」と言えば、ぼくは帰らせてもらえるだろう。
王国は、ぼく抜きで『半血』と接触を試みるだけの話だった。
でも、そうすると、ぼくは『半血』の戦友たちとの再会の機会を永久に失いかねない。
ぼくが王国に望んでいるのは居留地までの護衛隊の人数の多さではなく確実に居留地へ着くことだ。作戦として大人数より少人数の方がいいという本職の判断だったら従うしかない。
ぼくは王国のぼくの戦友でもある斥候二人の顔を見た。
二人は騙し討ちのような真似をしてしまい、ぼくに対してばつが悪いといった顔を見せていた。
けれども、少人数での行動そのものを否定する顔はしていない。できる気なのだ。
「できるの?」と、ぼくは目で訊いた。
斥候は二人とも力強く頷いた。
だとしたら、ぼくに拒否はない。
二頭の馬の内、荷物の少ない方の馬にぼくは斥候の一人と一緒に跨った。
「行ってきます」と見送る士官に声をかけた。
集落内を抜けバリケード台車を退かしてもらい石壁と崖の間の隙間通路を、ぼくたちは通り抜けた。
『半血』本隊が犇めいていた石壁前の広場に出る。
その後、やってくるオークを『半血』本隊が待ち受けていた森へ入った。
ぼくたちは誰にも待伏せはされていなかった。