第69話 売国奴
士官は、にやりとした。
ぼくは、まんまと相手の手の内にハマったのだ。
「『半血』の隊員は、みんな隊長に心酔しているという話を聞くが君もか。さすが一万人もの大傭兵団のトップともなるとカリスマに溢れてるな」
「一万人?」
ぼくは間抜けに聞き返した。
「千人ぐらいだったと思うけれど」
「ん?」
士官は、ぼくが何を言っているのかと呆れたような顔をした。
「君は新人か? 千人規模の『半血』部隊がいくつも同時並行的に各国に雇われて大陸の各地で活動をしているというのは軍隊関係者には常識だぞ。さすがに敵味方には分かれないみたいだがな」
「軍隊の常識なんか知りませんよ。ぼくは探索者です」
ぼくは声を荒げた。
士官は、また、にやりとした。
「その言葉は嘘じゃなさそうだ」
どうやら、ぼくから感情的な反応を引き出して真偽を探っているらしい。
「その探索者が、なぜアルティア兵に『半血』のバッシュとして知られているんだ?」
士官はあらためて、ぼくに訊いた。
ぼくはコップの水に口をつけて喉を湿らせた。
「さっきのオークジェネラルに襲われて、ぼくが囮になって逃げた話。あの時、たまたま通りかかった『半血』に命を助けられたんですよ。たまたまというか、作戦行動中だったというか、結果的に僕も手伝っちゃった負い目があったから正直に話をするわけにいかなかったんですけど」
ぼくはスレイス隊を守るためにオークジェネラルを引き付けて逃げたくだりから『半血』とアルティア兵の通訳をやる羽目になったまでの一連の経緯を語って聞かせた。
とはいえ、オークキングをぼくが倒したとか、そういう自分でも信じられないような無茶な話や私的な部分は除く。ぼくはマリアたちが倒したオークジェネラルの装備で変装して、こそこそとオーク集落に忍び込んだだけだ程度に脚色した。
「それで君が通訳として対応したアルティア兵の一人が君の姿を見て『半血』のバッシュと見抜いたとそういう話か?」
「ええ。なのでアルティア神聖国の子飼いどころかアルティア兵と『半血』の仲は険悪でしたよ。オーク退治だから依頼を受けたけど王国侵略にまで参戦するつもりはないからと、マリアは、ぼくを開放してくれましたし。でなけりゃ殺されるか少なくとも拘束されてるでしょ。今みたいに。何日も歩いてやっとの思いで駐屯地に急を知らせたというのに、ひどい扱いだ」
「君がアルティア兵の侵略に加担してオーク集落を殲滅した手伝いをした件についてはアルティア兵の橋頭保を破壊した功績とチャラにするにしてもだな」
士官は茶化すような言いかたをして、ぼくが王国を侵略しようとするアルティアへの内通者として斬られるというマリアたちの懸念を払拭してくれた。その上で、なお疑ったような視線を、ぼくに向けた。
「命の恩人とはいえ、なぜそれだけのつきあいで侮辱されて激高するほど『半血』の隊長に心酔しているんだ? 笑って聞き流せばいいだけのことだろう」
「心酔しているかはわかりませんが同じ戦場で命を預け合いましたからね。あなたたちだって戦友を馬鹿にされたら怒りませんか? そういう意味では、ぼくはお二人も戦友だと認識していますよ。 そちらからどう思われているかは知りませんが」
ぼくは左右に座る王国の斥候二人の顔を、それぞれ見やった。
二人は、とてもばつが悪そうな顔をした。
「そういじめないでやってくれ。君を疑って見張るよう命令を出したのは私だ。さっきも言ったが二人からは君が好ましい人間であるという評価を聞いている。君の機転がなければアルティア兵の侵略を阻むどころか自分たちは無駄に討ち死にしていたはずだと感謝していたよ。紛れもなく戦友だ」
そう言って士官は二人を庇った。
「とはいえ、それでもすべてを疑ってかかるのが私の仕事だ。君が王国侵略への参戦意思はないという『半血』だが、どうも各地から部隊が続々と居留地に戻ってきているらしい。 アルティア神聖国から帰還命令が出たというのが我々の見方だ。アルティア神聖国は『半血』を前面に押し立てて王国へ侵略するつもりだと考えられる」
「だとすると、ぼくは『半血』は王国侵略に参戦しないなんて嘘をついて王国に油断をさせようとしているわけですね。とんだ売国奴だ」