第46話 理念
「ヘルダ、ずりーよ。若い男の匂いを堪能してるだろ」
ルンが茶化した。
本当は、その点について、お互い様なんだけれど、ぼくは黙っておいた。
室内の空気が弛緩した。
ヘルダが笑って力を抜いた。
ヘルダは自分の剣と、ぼくの左手から手を放した。
ぼくも手を放す。密着していた体も離した。
ぼくの胴体は真っ二つにはならずに済んだ。
「さすが普通に対応してくるな。オークキングを一撃だけのことはある」とヘルダ。
「対応できなかったらどうする気なんです? あれは不意打ちの結果ですよ」
「対応できただろ」
答えになっていない。
ヘルダに代わってマリアが訊ねた。
「アルティア神聖国の侵略の可能性を知った君は、これからどうすんだ?」
「戻ったら探索者ギルド、じゃないな、王国の兵団に状況を伝えます」
「我々『半血』はアルティア神聖国が王国へ侵略する足掛かりを確保するため、この地を攻略したことになる。
当然、王国の侵略にも参戦するとは思わないか?
となると、そんな情報を持った君を、すんなりとは返せないだろう」
「でも『半血』は撤収するんですよね?」
「まだ次の契約に至っていないだけかも知れないぞ。条件交渉をしているところかも」
なるほど。そういう可能性もあり得るのか。
「でも契約しませんよね?」
「なぜ?」
「ぼくの勝手な考えですが『半血』は、お金のために傭兵をしているわけではないからです」
「ほお」
マリアは興味を惹かれたという顔をして目でぼくに先を言えと促した。
「ぼくが聞いた『半血』の評判はリーダーがオークの殲滅に命を懸けている半オークで金に汚く慢性的に不足している隊員を補うため奴隷を入手しては戦場に連れて行くというものでした」
「あってるじゃないか」とマリア。
「でも本当に金に汚いなら国から見捨てられて奴隷にされた戦場にも行けない女性たちを買い上げる必要はありませんよね? ぼくに大金もくれないでしょう」
今度はマリアは何も言わない。
残りの三人も、ぼくを見つめているだけだった。
ぼくはルンを見た。
「ルンさんは、ぼくに、覚悟がないならニャイと子供はつくるなよ、と言ってくれました。発情した裸猿人族に孕まされて産んでも母親だけになった時、母子とも行き場がなくなるって」
ルンは頷いた。
ぼくは、みんなに対して続ける。
「多分『半血』が傭兵をしているのは、その行き場をつくるためですよね。
今回だって集落のオークを倒すだけならば長期戦で良いのに、わざわざ無茶をして乗り込んだのは捕まった人や生まれた子供を一人でも多く助けるためだ。
時間がかかると、みんな食べられてしまうから。
それも隊長が自ら乗り込むなんて。
自分と同じような境遇の子供を助けたいんでしょ。
奴隷が欲しいわけではなくて奴隷にされた人を助けたいんでしょ。
あなたたちは、そのためだったら自分は死んでもいいとさえ思っている。
アルティア神聖国に協力して侵略戦争に加わっても誰も助けられない。
お金のために無意味に仲間を亡くすだけだ。
だから『半血』は絶対に契約なんかしませんよ」
ぼくは言い切った。
これでぼくの勘違いだったら物凄く恥ずかしい。
みんな、唖然とした表情だ。
突然、弾かれたようにルンが駆け寄ってきて、ぼくに抱きついた。
「おまえ、おまえ、おまえ」
ぶちゅっ、と思い切りキスをされた。
「結婚しようぜ」
ジョシカが興奮するルンを後ろから羽交い絞めにした。
「婆あが盛ってんじゃねぇ」
ヘルダがジョシカに協力してルンをぼくから引きはがした。
マリアが深く息を吐いた。
「君は心まで『半血』隊員であるようだ。我々の理念を理解してくれる裸猿人族に出会えて、とても嬉しい」
半分オーク、半分エルフの顔でマリアは笑っていた。