第42話 アルティア
アルティア神聖国は今回の戦闘における『半血』への依頼人である。
要するに現在地の存在する国、長崖の下側、ぼくが住む王国の隣国だ。
昨日の内にマリアが任務完了の伝令を出していたらしい。
ぼくたちがオーク集落を占領した翌日、アルティア神聖国の兵士たちが続々とやってきた。多分三千人ぐらいいるだろう。この場を戦場とした戦いの前任者たちだ。
アルティア兵は石壁前にある森が切り開かれてできた空間に、まるでマスゲームのように一糸乱れぬ動きで整然と整列していく。
さすが正規兵とでも言うべきだろうか。
ぼくが知っているガサツな探索者や傭兵たちとは動きの優雅さが、まるで違った。
兵士たちは一様に白く輝く煌びやかな装備を身に着けていた。
実用ありきの探索者や傭兵の装備と違って国としての見栄が入った見てくれ第一といった印象の軍隊だ。まるで儀仗兵だ。
何も知らない素人が見れば精悍で凛々しい軍隊に見えるのかも知れないけれど、ぼくの目から見ても正直、強そうな人たちには思えなかった。
肉体的な鍛錬も、あまり突き詰められてはいなさそうだ。
指揮官クラスには特に腹がたるんでいる人たちが多く見受けられた。
オークの集団に力押しで敗れたのは、さもありなん、だ。
マリアは、この場にいない。
最高指揮官は本陣として接収した建物の中だった。
現場を任された責任者はヘルダだ。
ヘルダは石壁の上に弓を持つ兵を多数並べてアルティア兵を出迎えた。
隙間通路にはバリケード台車で蓋をし低い石壁上にも兵を並べた。
もちろん石壁の穴には丸太と槍を通して外からの勝手な侵入はできないように備えている。
昨日倒した千人を超えるオークの遺体はオーク集落内で焼いている最中だ。
石壁の外に、わざわざ運んでから燃やすには数が多すぎた。
辺りには肉が焼ける臭いと黒い煙が漂っている。
ヘルダ自身は隙間通路の低い石壁の内側に立っている。
ぼくはバリケード台車の後ろでバリケードの隙間から様子を見ていた。
アルティア兵の伝令係が隙間通路を入ってきて丸太に閉ざされた地点に至ると、部隊を通せ、と応対する『半血』の隊員に叫んでいた。居丈高な口調だ。
低い石壁の上に立ち返事をしているのは、『半血』本隊の指揮をしていた、あの半狼人族の男性だ。
アルティア兵は半狼人族の隊長を、まるで汚らわしい者を見るような目で見つめていた。
半狼人族の隊長だけではなく『半血』の他の隊員に対してもアルティア兵は似たような蔑んだ視線を送っている。とても友軍に対して送る眼差しではない。
アルティア神聖国と、ぼくが住む王国は隣国同士だが不仲だ。
平均すると世界の人間の内、約九割が裸猿人族であり残りの一割がその他の獣人。ごくわずかが半獣人だ。魔人は数えない。
けれども、それは平均的な数字であって、ぼくが住む王国の場合、裸猿人族とその他の獣人の比率は八対二。一方、アルティア神聖国の場合は九割九分が、裸猿人族であると言われていた。
アルティア神聖国は百年近く前に興ったアルティア教を国教とするアルティア教国を母体とした国だ。
アルティア教国は、やがて教義を先鋭化させ三十年位前から神聖国を名乗るようになっていた。
アルティア教の教義は裸猿人族こそが神の似姿であるとし裸猿人族以外の人間を出来損ない、魔人を悪魔と徹底的に忌み嫌うものだ。
先鋭化以前の教義がどうであったかはさておき、今はそのような共通の意識がアルティア国民の中に出来上がっていた。
客観的に他国から見れば明らかだが実際はアルティア教国が己の経済政策の失敗を獣人や魔人のせいだとし国内の獣人を虐げ、比較的獣人に寛容な政策をとる他国を悪の手先呼ばわりすることで国民の悪い感情が自国の支配者に向かないようにと誘導した結果だった。
本来アルティアとは、神に至るとか、そのような意味らしい。
国を挙げてそのような教育を三十年も国民に対してしていれば事実はどうであれ国民は信じてしまうだろう。
アルティア教国、アルティア神聖国を離れた獣人たちの多くが隣国であるぼくが住む王国に腰を落ち着けたため、その分、王国の獣人比率が上がったものと思われる。
王国内の獣人比率が増えたことによる弊害は特に起きていない。国内情勢は平穏だ。
結果的にアルティア神聖国は、ますます経済的な困窮を招いているようだが信仰の元、国民たちの意識は団結しているようだ。
そんな国が、なぜ『半血』などという半人集団に依頼を出すのか、その理由まではわからない。オーク対策における『餅は餅屋へ』という考えかも知れないし裸猿人族以外で争って潰し合えという思いかも知れない。
逆に、なぜ『半血』が依頼を受けるのかという疑問もあるがマリアにはマリアの考えがあるのだろう。
自分たちが依頼人だという傲慢さもあるのかも知れないが、そんなわけでアルティア兵の半狼人族隊長に対する言葉は聞いていて気持ちがいいものではない。
本人も周りにいる『半血』隊員たちも同じ思いだ。
アルティア兵も、できれば直接会話などしたくないという態度がありありだった。
『半血』が依頼人であるアルティア兵を安易に集落内に入れない理由は簡単だ。
残りの報酬の支払いと引き換えに集落を明け渡すというものだった。
アルティア兵の主張も簡単。
ぐずぐず抜かすようなら、払わねえぞ、だ。
どっちもどっちだ。
業を煮やした半狼人族隊長が石壁を飛び下りヘルダの元に行った。
何か一言二言。
二人は、ぼくをちらりと見た。
「バッシュ」
ヘルダが、ぼくを呼んだ。
石壁内にいる『半血』側裸猿人族は、ぼくだけだった。