第31話 餞別
「命の借りを返せるほどには、まだ何もお役に立ててないと思うんですが」
「囮は十分命がけの役割だ。お陰で予定より早くつけた。ありがとう」
マリアは探索者カードを、ぼくに差しだした。
「送ってやれなくて済まない。我々はここを離れられない」
「いえ。道はわかりますから」
ぼくはカードを受け取ろうと手を伸ばした。
マリアは、ぼくの手からカードを逃がした。
「一人で生きて帰れるか心配はしないんだな。本当にFランクか?」
マリアは自分の顔の前にカードを持っていき内容を確認した。
『バッシュ
裸猿人族
男
十八歳
戦士
Fランク』
間違いなく、そう書いてあるはずだ。
マリアはカードを返してくれた。
ぼくはカードを首からぶら下げて服の中に垂らした。
「ランクの高い敵とばかり戦わされてきたから、のらりくらり逃げ切るのは得意なんです」
ぼくは、にやりと笑った。
「ただ」
ぼくはジョシカに話しかけた。
「借りたまま結局使う機会がなかったのですが、この剣を返してしまうと武器がなくなってしまうので」
「やるよ。餞別だ」
「ありがとうございます」
ぼくはジョシカに頭を下げた。
「いつまでここに?」
「オーク次第だ」とマリア。
「ぼくが増えた分、食料の減りが早いです。近く狩りをした方がいいかも知れません」
「わかった。君はいつ発つ?」
「夜が明けたらすぐに」
「では今夜が最後の囮役だな。朝、挨拶しようとは思わず気にせず帰れ」
「わかりました」
「明日から、またルンのまずい飯再開か。拷問だな」
ヘルダがぼやいた。
「あんた、飯抜き。そうすりゃ一人分節約できる」
ルンだ。
「あたいの遠い親戚のニャイによろしく。フラれたら、あたいが慰めてやるから戻ってこい」
「それは踏んだり蹴ったりですね」
「フラれてしまえ!」
「あはははは」
そんな感じで食事を終えた後『半血』は二手に分かれて森に消えた。
もうゴール地点だが王国側からやってくるオークたちがいるかも知れない。
マリアは確実に間引くためのルーチンワークを徹底した。
翌朝、夜明け前に、ぼくは目を覚ました。
こう言っちゃ何だが、こんな場所でも護衛がしっかりしているのでぐっすり寝られた。
囮が一番快適な任務って何なのだろう?
キャンプ地には誰も戻ってきてはいなかった。
残念ながら見送りは無いようだ。
オーク集落から何か騒がしい音が聞こえてくる。
怒号。
大人数による戦闘が行われている音だった。