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第3話 ばか

 宿の部屋は長期間契約でパーティーが借りている。


 今は、ぼくしか部屋にいなかった。


 明日の夕方には、みんなが配達の依頼を終えて帰ってくるはずだ。


 さすがに顔を合わせづらい。


 今日の午後一杯かけて荷物を整理し翌朝一番に街を出ようと、ぼくは決めた。


 実家に帰るか別の街に移るかは、まだ決めていない。


 借りっぱなしの宿の部屋には置きっぱなしの荷物も多かった。


 けれども大半はパーティー共通のお財布から買った物なので、ぼく個人の私物は、ほとんどない。


 実家から持ってきたロングソード一本だけが本当の意味でのぼく個人の装備品だ。


 一応、前衛の戦士職なので、ぼくには、ぼくが使っている鎧や盾もある。


 要所を金属で補強した皮革の鎧と、やや小ぶりな丸い鉄の盾だ。


 どちらもこの街の防具屋で買った物だった。


 パーティーの共有財産である。


 もしかしたら次にパーティーに入る誰かが使うかも知れない。


 けれども、中古品はさすがに嫌だろう。


 ところどころ金属がへこんだり革が擦り減ったり切り傷があるのは、ぼくのせいだ。


 全部、ぼくが魔物と戦って得た勲章だった。


 そう考えると愛着がある。


 考えた末、下取りさせてもらおうと、ぼくは決めた。


 相場である防具屋で購入した価格の半分の金額を部屋に残すことにする。


 その旨と、みんなへの今までの感謝の気持ちを記した手紙を、ぼくはテーブルに置いた。


 ぼくが抜ければ『同期集団』は文句なくCランクだ。


 もし補充するなら新メンバーもCランク程度の実力者になるだろう。


 そうなると個人持ちの装備品を持っていて当たり前だ。


 ぼくが愛用の装備品を返却したところで売り払われて換金されるだけに違いない。


 だったら、ぼく自身が使いたかった。


 パーティーにとってぼくの働きなんか何もないに等しいのに今までランクで差をつけることもなくメンバーたちはぼくを公平に扱ってくれていた。


 本当は半額なんて言わずに全額支払っても良いくらいの気持ちだけれど、そこまですると嫌味みたいだから、それはやめた。


 ぼくの場合、防具はパーティーの共有品だったけれど武器は実家に飾られていたロングソードを持ってきていたので個人持ちだ。


 いわくは知らないけれど剣には何かの魔法が付与されているみたいで、わざわざ整備をしなくてもいつもピカピカに輝いている手間いらずの逸品だった。


 他には予備の武器として道具兼用のナイフも持っている。


 まあ、それも個人持ちと言えば個人持ちだ。


 魔法の剣を使っているのにいつまでもランクがあがらないのだから、ぼくにはよほど探索者の才能がないのだろう。


 個人の探索者ランクの判断基準は誰にも分からない。


 探索者ギルドはパーティーメンバーの個人ランクを数値化してパーティーとしてのランクこそ決定していたが個人ランクの決定はしていなかった。


 個人ランクは魔法的に個人と紐づけされた探索者カードを探索後にギルドにある端末に読み込ませると時たま上がっている事実が判明する仕組みだからだ。


 ギルドの端末も探索者カードも中身はブラックボックスとなっていてギルド本部のごく限られた人間しか実態は知らないらしい。


『同期集団』のみんなと同じ探索をしていながら、ぼくだけ探索者ランクが上がらないのはおかしいでしょ、という苦情を探索者ギルドに申し立てたがギルドも同情こそしてくれたが対応のしようはないそうだ。


 ぼくの探索者カードが壊れているのかと思って本部に送って見てもらい交換もしてもらったけれど、異常なし、という回答だった。


『あなたの探索者ランクはFランクです』


 揺るぎなく、そうであるらしい。


 部屋にある私物を整理したところ、ぼくが三年前に田舎から出てきた時と同じリュックサックで十分に容量が足りてしまった。


 この三年間お前は何も成長していない、と、強く突きつけられたみたいだ。


 三年前に『同期集団』をみんなと結成した時には、未来のA級探索者だ、なんて息巻いていたけれども現実との落差にさすがに綺麗さっぱり諦めがつく。


 やっぱり実家に帰ろう。


 整理が終わった頃には外はもう暗くなり始めていた。


 あと残された作業は、どこかで夕飯を食べて寝るだけだ。


 明日の朝、早く起きて実家に帰る。


 そう思い、部屋を出ようとしたところで目の前のドアがノックされた。


 宿のおかみさんだった。


 熊人族(ベアール)の肝っ玉母さんだ。


 この一年ほどはここを常宿としているため、もはや家族ぐるみの付き合いだ。


 気の良い旦那さんも熊人族。


 五歳の娘さんも、もちろん熊人族の熊人族一家だ。


「下にお客さんだよ」


 それだけ言って戻ろうとするおかみさんを、ぼくは呼び止めた。


 夕方の忙しい時なのに申し訳ない。


「探索者を辞めて実家に帰ることにしました。今までありがとうございます」


 おかみさんは、ぼくが万年Fランク探索者であることは、もちろん知っていた。


 泣き言を聞いてもらったこともある。


「そうかい」


 おかみさんは特に驚いた様子は見せなかった。


 いつか、ぼくがそう言いだす日が来るだろうと思っていたようだ。


「死んで会えなくなる探索者は多いけれど、あんたは生き残って帰るんだ。自信を持ちな。今までよく頑張ったね。体にだけは気をつけるんだよ」


「はい」


 確かに、ぼくが生き残ったことだけは事実だ。


 この三年で沢山の先輩や後輩が帰らぬ人になっていた。


 もともと探索者とはそういう商売だ。


 ぼくだって三年間宿に籠っていたわけではなく探索には出続けていた。


 よく怪我はしたけれども、それでも生き残った。


 少なくとも生き残る力だけはあったのだ、と思いたい。


 もちろん、パーティーの優秀な同期たちに助けられていたんだとしてもさ。


「で、いつ?」


「明日の朝には」


「ああ」


 おかみさんは察してくれたようだった。


「ノルマルたちには会わずに行く気かい?」


「部屋に手紙を残しました」


「ばかだね」


 また人から、ばかって言われた。


 多分、ぼくは、ばかなのだろう。


 ニャイの怒った背中を思い出した。


「餞別にお弁当を持たせるよ」


「ありがとうございます」

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