第132話 罵声
ぼくと王国の士官が隊列の先頭を歩き大聖堂の馬車や人々が後に続いて城を貫くトンネルに入った。
山のように荷を積載した馬車は、ぎりぎり城の天井にぶつからずにうまく潜り抜けた。大聖堂への出入りにもともと利用していた場所なのだから高さを熟知していたのだろう。
荷車には人が引く取っ手部分の他に本体に太いロープが何本も繋げられていて歩いている人たちがロープを掴んで引っ張ることができるようになっていた。貴重な人力を有効活用するための工夫だろう。馬車にも同様の工夫がある。車輪が泥濘にハマった時など必要に応じてロープを付け替えて引くことができる。
トンネルの左右には『半血』隊員たちが立ち、通りすぎる隊列を見つめていた。
威圧する態度はとっていなかったが教会に籠っていた人たちの多くは恐らく始めて見る武装した半獣人の集団だ。脅えた様子で縮こまりながら歩いていた。
馬車の中にいるだろう人も含めて大聖堂を後にするのは全体で二百人ほどの人間だ。
もちろん全員が裸猿人族だった。
この場にマリアとヘルダはいない。
この期に及んで枢機卿は裸猿人族以外の人種との会話を伴なう接触を拒否していた。宗教的理由の一点張りだ。
そんな人間の相手をするために二人に出てもらうまでもないだろう。ぼくで充分だ。
トンネルを進み城の表側の扉も上げて城の前のロータリーのような広場に出てから隊列の向きを西に変えた。西門から出るためだ。
進んでいく道路の左右にも『半血』隊員たちが等間隔に立っている。
『半血』は国都の中に既に住人の多くを帰還させていた。
アルティア神聖国城の大扉を出て西門へ向かう隊列が大聖堂の敷地内に住んでいた教会関係者である事実は一目瞭然だ。隊列の規模の大きさから大教皇本人がいると思いついても不思議ではない。
国都の中に住む人たちは『半血』隊員たちの後方から遠巻きに隊列を眺めていた。彼らの視線に大聖堂の住人に対する好意的な色はなかった。
荷物を背負って歩いている教会直轄兵も聖職者たちも国都の住民の誰よりも血色が良い。これまで一切飢えてこなかったのだろうと想像がつく。好意的な目では見れないだろう。
さすがに『半血』越しに隊列に石を投げたりヤジを言ったりするような人間はいなかったけれども苦々し気な目がずっと隊列を追いかけていた。
ぼくは隊列の先頭を黙々と歩いて西門から国都の外に出た。
『半血』隊員による護衛の手配は西門を出るまでだ。
西門の外には炊き出しの列が長々と続いていた。普段のこの辺りと変わりない景色だ。
列に並んでいる人たちは炊き出し直前のほとんど死ぬ寸前みたいな姿に比べれば健康的だ。こころなしかふっくらしている。
炊き出し開始直後は昼夜関係なく並べば何度でも食べられる状態を保っていたけれども現在は一人一日一回までだ。一日一食では空腹に変わりはないけれども少なくとも死ぬ寸前みたいな飢餓状態は脱しただろうという判断だった。食料も無限ではない。
一日一食に限定したことから毎日どれだけの食料が消費されるのかが明確になっている。
逆を言えばそれだけの量を用意できれば炊き出しを止めずに継続できる。
大聖堂に残されているはずの備蓄食料で、はたして何日分を賄えるだろうか?
ぼくたちは炊き出しに並んでいる人の列に逆行して向き合うように平行に脇を進んでいく。
列に並ぶ人たちは、みんな何事かと驚いていた。
興味深そうに視線を向けて来る。
ぼくは列の先頭を歩いていたから次々と目が合った。
みんながぼくだとわかると「バッシュさん!」とか「『炊き出しのバッシュ』だ!」といった具合に笑顔と大声で呼びかけられた。
けれども後ろの隊列を目にして顔が引きつる。
てっきり『半血』の隊列だと思って視線を向けたら、なにせ教会だ。歩いている人たちの多くがアルティア教の聖職者の衣服であったり教会直轄兵の鎧姿であることから大聖堂から出てきた人間であることは明らかだ。やたら豪華な馬車もある。
炊き出しの列に並ぶほぼ全員が一様に大聖堂の隊列を睨みつけた。
どこかで誰かが「大教皇が逃げていくぞ!」と大声で叫んだ。
「尖塔の明かりが消えているぞ!」と叫ぶ人もいた。
「やったぁ!」と声が上がる。
「『半血』が勝ったぞぉ!」
「バッシュの勝ちだぁ!」
「バッシュ、バッシュ、バッシュ」
いつかどこかで聞いた様なシュプレヒコールが始まった。
「教会は出ていけぇ!」
「二度と戻ってくるなよぉ!」
そんなことを言われたら荷物を持ってとぼとぼと歩いている教会の人たちは二度と戻れないだろう。うっかり戻ったならば、どんなひどい目にあわされるかと考えてしまう。
馬車の中の人たちの顔はさておき、御者や歩いている人たちの顔が歪んだ。
自分たち教会の人間が本当は如何にアルティア神聖国民から嫌われているかを漸く悟ったのだ。痩せこけて炊き出しの列に並んでいる市民と比べれば荷物を背負って反対に向かって歩いていく教会の人間は一様に太っている。
「ばんざーい」と声が上がった。
まだ隊列に石こそ投げられていないが聞こえよがしに「出て行ってくれて清々したぜ」という声がする。「今まで自分たちだけ腹一杯食いやがって」
今にも石が飛んできそうだ。
危険だ。
ぼくは枢機卿の馬車の御者台に飛び乗った。
そこからさらに屋根にあがって囃し立てている人たちに向かって大声で呼びかけた。
「やめて」
一斉に囃していた声がやんだ。
「教会は大聖堂と国都から出て行きます。道を開けて通してください」
ぼくは先頭の馬車の屋根に立ったまま隊列は粛々と国都を離れた。
申し訳ありません。
原稿のストックが尽きてしまいました。
物語は終盤です。
最終話まで書き溜めた後に更新の再開を行いたいのでしばらくお休みをいただきます。
現在、別の作品の書き溜めを行っているため、そちらが切りのいいところまで書けたところで、こちらの書き溜めに手を付けたいと考えています。
再開までしばらくお時間をいただきますがご了承ください。
よろしくお願いします。