第131話 終焉
二日後の朝。ぼくと王国の士官は大聖堂に渡る跳ね橋が降りてくる様子を堀の城側から見つめていた。
斥候二人はいない。ぼくと士官の二人だけだ。
ぼくたちの背後では城の出口の大扉が下げられて閉鎖されている。ぼくたち二人だけが城の裏庭に追い出されて閉じ込められたみたいな状況だ。
橋が完全に接地した。
壁の内側に荷を山積みにした隊列が並んでいる様子が対岸からでも見て取れた。
馬車はもちろん、牛や山羊に至るまで山盛りに荷を積んでいる。
枢機卿や大教皇、アルティア神聖国王のような高い立場の人間を除いて教会直轄兵も聖職者も亡命者も、あらゆる人間が荷物を大量に納めた背嚢なり背負子を担っていた。大聖堂内の財産を根こそぎ持って行くつもりだろう。
隊列の先頭に枢機卿と神官が立っていた。
病床のはずのアルティア神聖国王の姿はない。大教皇もいない。荷馬車ではない人を運ぶための箱型の馬車が何台かあるので、そのどれかにいるのだろう。
昨日、枢機卿から正式に大聖堂を離れるという意向が示されアルティア神聖国と王国、『半血』の間で終戦の調印が行われた。
王国側の署名は国王の代理人として王国の士官が行った。
『半血』側はマリアの代理人として、ぼくが行った。
アルティア神聖国側は病床のアルティア神聖国王ではなく代理人としてぼくが見ている前で大聖堂に亡命したアルティア神聖国の摂政が行った。
三者ともトップではなく代理人による署名だ。
文書には立会人として大教皇も署名をした。
大教皇だけは本人だ。文書の内容はよくわかっていなそうだったけれども、少なくとも本人が署名をしたことで、文書の信憑性を大聖堂が保証する形にはなった。
建前はさておき実際に戦争を起こしたのは大聖堂なのだから、大教皇が負けを認めて署名をしたのであれば、それ以外の署名者は代理人で問題はない。
調印内容をざっくり言うと、
アルティア神聖国から王国及び『半血』への領土の割譲。
王国と『半血』から大聖堂に対するアルティア神聖国王の身柄の引き渡し及び身代金要求の放棄。
『半血』から王国へアルティア神聖国王の身代金相当額の支払い。
大聖堂からの教会関係者の即時立ち退きと残された品物の『半血』への譲与。
アルティア神聖国王の即位に当たっては事前に王国と『半血』の承認を得ること。
である。
『半血』が王国へ支払う身代金相当額以上の財産が大聖堂に残されていれば良いけれども、ない場合、『半血』側は持ち出しになる。
大聖堂と国都は当面の間、『半血』が管理することになった。当面というのは次期アルティア神聖国王が即位するまでだ。いつになるかはまったく未定だ。
完全に降りきった橋を渡って、ぼくと王国の士官は枢機卿に歩み寄った。
枢機卿と神官は公式の儀式で使うような仰々しい司祭の服装をしていた。
ぼくと王国の士官は鎧姿だ。戦場における正装だった。
ぼくの鎧はオークジェネラルのお古ではなく、『半血』が用意してくれた煌びやかな物だ。
腰にはジョシカにもらった剣を佩いて左右の腕に二つずつ『半血』幹部の腕章を嵌めている。
何十台かの馬車や荷車と何百人かの人間による長く続いている列を見ながら、ぼくは枢機卿に話しかけた。
「出発の準備はできましたか?」
「はい」
「では大聖堂の鍵を」
ぼくは枢機卿から鍵を受け取った。大聖堂の表玄関の鍵であるらしい。
実際には立ち退きに当たって、大聖堂のすべての鍵は開けたままにしてあるはずだ。
立ち退き後、『半血』の部隊が入って接収する手はずになっている。鍵の引き渡しは超簡素化された大聖堂引き渡しの儀式だった。
「国都を無事に出るまで『半血』が護衛します。石を投げられたら危ないので馬車に入っていてください」
ぼくは枢機卿に忠告した。
「わかった。よろしく頼む」
淡々と事務的に言葉を交わして枢機卿と士官がそれぞれの馬車に乗り込んだ。意地なのか枢機卿が乗り込んだ馬車は隊列の先頭だ。
「出発しましょう」
ぼくは先頭の馬車の御者に話しかけた。
ぼくと士官は馬車には乗らず馬車の前を先導して歩く形だ。
「開門」
ぼくが城の大扉に近づき声をかけるとキリキリと扉が巻き上げられていった。
トンネル状の通路の左右に数メートルずつの間隔を空けて武装をした『半血』隊員たちが立っている。
万が一の教会直轄兵たちの反乱に対する備えであると同時に国都の人たちが暴徒化した際の抑えだ。
等間隔で道の左右に立ち並ぶ『半血』隊員たちは城から国都を囲む壁の西門までずっと続いているはずだ。
ぼくは『半血』隊の先頭にいたブランとコークに大聖堂の鍵を渡した。実務的には鍵は必要ないが儀式の続きみたいなものだ。
「あの尖塔の明かりを消して」
ぼくは二人に指示を出した。
大教皇が大聖堂を離れるのでアルティア神聖国建国以来、灯台の様に常に周囲を照らし続けていた尖塔の魔法の明かりを落とすのだ。
アルティア教会とアルティア大聖堂の終焉の象徴だった。