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第129話 取引

「近日中に炊き出しが途切れます。オークの襲撃で王国からの食料の運搬が止まりました。そうなると中に食料があると見なされている大聖堂は襲われるでしょう。『半血(ハーフ・ブラッド)』はアルティア神聖国城への国都の人々の立ち入りを拒みません。橋を渡るか堀を埋めるか何人倒れても何らかの手段で彼らは大聖堂へ入るでしょう。もし亡命を考えているならその前までです」


 ぼくの言葉に枢機卿と神官は唖然とした顔をした。


 それ以上に士官が信じられないといった顔をしており、ぼくは「おいっ!」と怒られた。


「なぜ、そこまで話す必要がある!」


「お互いに同じ事実を共有しないと同じ結論に辿りつけないでしょう」


 斥候は口の端をにやりと吊り上げて面白そうにぼくと士官のやりとりを見つめている。


 枢機卿と神官は、ぼくたちが口論を始めたことで、ぼくの言葉に信憑性を感じたようだ。


 気を取り直した枢機卿が神妙な顔で、ぼくに訊ねた。


「その話は本当かね?」


 それから顔を士官に向けた。


 ぼくは肘で士官の脇を小突いた。


 士官は不承不承、口を開いた。


「本当です。王国からの輸送部隊が各地でオークの集団に襲われて途切れています」


「それで近く炊き出しが止まる、か」


 枢機卿は顏をしかめた。


「なので、もし教会の伝手で亡命の手配をされているようなら急がないと逃げ遅れになります」


 そう言って、ぼくは枢機卿に確認した。


当然(・・)、亡命も選択肢にありましたよね?」


 ははは、と枢機卿は笑った。


当然(・・)だな。だが、まだ調整がついておらず受け入れ先がない」


「王都の教会に受け入れてもらっては?」


 ぼくは士官に話を振った。


「冗談はよしてくれ。教会が望んでも王国は認めん」


「まあ、そうでしょうな」


 枢機卿はどこか悟ったような顔だ。


「それよりも国都の信徒は炊き出しが止まったら本当に大聖堂を襲うような真似をするでしょうか? 仮にも大聖堂ですぞ」


「信仰で腹が膨れるのは教会の人間だけですよ。教会の人間に食いっぱぐれがないのは、よくご存じでしょう? 今は炊き出しを手伝ってくれているアルティア兵たちが教会には食べ物があったという話を盛んにしています。座して飢死するくらいならば、皆さん、怒りを大聖堂に向けると思います。アルティア兵が先頭に立つでしょう」


「『炊き出しのバッシュ』殿が抑えてくれれば止められるのではないか?」


「炊き出しをしてこその『炊き出しのバッシュ』です。炊き出しが止まったら誰もぼくの言葉なんか聞きませんよ。大聖堂に対する信徒の行動は宗教上の問題なので『半血(ハーフ・ブラッド)』は関与しません。オーク退治に行くために国都を放棄します。お城も空にしますので大聖堂で対処してください」


 枢機卿は顏をひきつらせた。


 目をつむり深く椅子に腰かけ直した。


 しばらく沈黙した後、探るような表情でぼくに訊ねた。


「それで事実を共有してまで辿りつきたい同じ結論というのは何でしょう?」


「ひとまず国都を離れられるのが良いと思います」


「どこへ? 王国は我々を拒んだ。『半血(ハーフ・ブラッド)』側も同じでしょう?」


「ええ。基本的に『半血(ハーフ・ブラッド)』領内への教会関係者の立ち入りは認めません。アルティアベルトの内側のみです」


「それで?」


 枢機卿は、ぼくを促した。


「このあたりに」と、ぼくは地図の一点を指差した。アルティアベルトの西の端が海にぶつかった場所より若干北にあたる『半血(ハーフ・ブラッド)』領内の海沿いだ。


「今では廃村と化した漁村があります。大きな船は停まれませんが沖合に停めて小舟でのやりとりは可能です。『半血(ハーフ・ブラッド)』が譲歩してアルティアベルトが海にぶつかった地点から北上したその村までをアルティア神聖国領と認めます。そこで亡命の調整、もしくはほとぼりが冷めるのを待たれてはいかがでしょうか? 迎えの船が来れば他国へも出られます。教会だって各地と何らかの連絡手段があるのでしょう?」


 厳密にはアルティアベルトはアルティア神聖国領であって大聖堂の領土ではないが今さらだ。建前はさておき教会にとって神聖国領は自分の領土同然だ。大聖堂が海と繋がる。


「急な譲歩ですな。陸の孤島でなくなるのは良い話ですが」


「ぼくたちは炊き出しが完全に途絶えた結果、国都の人たちが王国や『半血(ハーフ・ブラッド)』居留地を目指してしまうことを恐れています。量を絞って細々とでも炊き出しが続けられている間にオークを殲滅して王国からの食料輸送を復活させたい」


「なるほど」


「これは取引だと思ってもらえるといいのですが、ぼくたちは現在大聖堂にある食料を籠城で消費されたり襲撃で荒らされたりする前に買い上げたい。領都全体の人数からすれば数日分にも満たない量かも知れませんがあれば少しは時間が稼げるでしょう。代金として大聖堂側には運べる限りの財産の持ち出しを認めます。極端な話、持てるならば全部持ち出していただいても構いません」


 枢機卿は目を見開いた。ぼくの話にうまみを感じたのだろう。


「但し条件があります」と、すかさず、ぼくは釘を刺した。


「一点目。現在、大聖堂にいる人間を一人残らず連れて行ってください。

 二点目。荷物を運ぶための手段は馬でも馬車でも人力の荷車でもリュックサックでも何であれ現在大聖堂内にある物だけを使って完全に自分たちだけで運搬してください。

 三点目。運びきれずに大聖堂に残される財産は接収して炊き出しの原資とします。

 四点目。荷造りのため明日一日だけ待ちます。もし漁村への移動を希望される場合は明後日の朝、隊列を組んで跳ね橋を降ろしてください。国都の外へ誘導します。橋が降りなければ、ぼくがここへ足を運ぶのは今日で最後です」

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