第128話 節制
「であるならば我々と認識は同じですな。国民の飢餓に悩んだアルティア神聖国王の間違った判断が王国へ宣戦布告をさせたと我々は認識しております。第三者として和解の仲介をさせてください」と枢機卿。
「王国への宣戦布告の文書は王都のアルティア教会が持ってきました。そのような立ち位置は第三者ではなく関係者と呼ぶものと王国では認識しております」
士官はにべもない。認識に差があるようだ。
「大聖堂がアルティア神聖国王の身柄を引き渡さないおつもりであれば身代金をお支払いいただきたい」
士官は金額を口にした。
アルティア神聖国に求める賠償金と同じ額だ。要するに王国は領土も賠償金も両方寄越せと言っているのだ。
「もちろんアルティア神聖国王には退位していただき我が国に敵対的な政策をとらない人物の即位を望みます」
さらには国王の人選にも口を出すつもりだ。
王国の強気な姿勢に困ったのか枢機卿は助けを求める様に、ぼくを見た。
「『半血』の要求も同じです」
ぼくはアルティア神聖国に対する賠償金とアルティア神聖国王の身代金の金額を口にした。
賠償金が支払われない場合は国都の南端のラインまでを『半血』の領土とする旨も伝えた。
「新しいアルティア神聖国王には裸猿人族以外の人間に対して差別意識がない方を希望します」
この時点でアルティア神聖国は国王の交代と領土の大半を失うことがほぼ決定だ。
次の国王が誰であれ現国王の命は大聖堂が身代金を払うか否かにかかっている。
領土もだ。大聖堂が代わりに賠償金を払うのであればアルティア神聖国にアルティアベルト以外の土地が残るが払わないのであれば残らない。アルティア神聖国には港が無くなる。何を輸入するにも割高な費用で王国か『半血』から買うことになるだろう。細々と自給自足で生きるのでもなければ他国に生殺与奪を握られた形だ。周囲を囲むアルティア神聖国経由で物資を手配してきた大聖堂としても致命的だ。
王国と『半血』にはアルティア神聖国への賠償に対して手控えるつもりがないと伝わったのだろう。枢機卿は沈黙した。
「困りましたな。仲介役を自任する我々としては刺激が強すぎてそのままの話を病床のアルティア神聖国王にはお伝えできません」
しばらくしてから枢機卿は心底苦渋に満ちたといった口調で重々しく口を開いた。
士官は淡々と応じた。
「では国王は後回しにして先に大聖堂だけで判断いただける内容から片付けましょう。賠償金を支払えないアルティア神聖国の代わりに大聖堂が支払う意思はございますか?」
「ありませんな」
枢機卿も淡々だ。
「アルティア神聖国王に対する身代金を支払う意志は?」
「ありませんな」
「ではアルティア神聖国王をお引渡しいただけますね?」
「もちろん。本人の健康が回復次第すぐに」
これ、絶対に回復しない奴だろう。そもそも仮病だろうし。
とはいえ、大聖堂の回答は想定の範囲内だ。
「冬が明けたら春の作付けを行わなければなりません。
その前に廃村に流民と国都の住民を配置し直す必要がありますのでアルティア神聖国からの賠償金は領土で受け取ることにいたします。
神聖国ではこれまで収穫物を一度集めた上で国都も含めて配給し直す仕組みであったようですが、これからは王国と同じ方式、要するに収穫物は生産者の財産という方式ですな、に改めます。
国都の住民にはアルティアベルト内の土地を耕してもらう予定です。
国都に残る希望者がどれだけいるかは判りませんが港もなく王国とも『半血』とも盛んな貿易は見込めませんので自給自足による清貧な暮らしとなるでしょう。
という話をアルティア神聖国王にお伝えください。あわせてお体をご大事にと」
「『半血』も同じです」
士官とぼくは最終的な決定を枢機卿に伝えた。
大聖堂の返答が想定の範囲内なので最終決定をする裁量をぼくたちは持っていた。もともとの落としどころをそこにするつもりで王国と『半血』では調整済みだ。
「アルティア神聖国王が快癒されたらお引渡しください」
一方的に決定事項を伝えきると、では、と王国の士官は立ち上がり帰ろうとした。
けれども、ここまでの話では前回ぼくがお茶に呼ばれた際の内容から進展が何もない。予定と決定の違いだけで中身は同じだ。
初めてぼくが大聖堂に向かう際にヘルダから聞かされた講和の最低条件は大聖堂の明け渡しと大教皇の国外退去、アルティア神聖国が払いきれない分の賠償金の支払いだった。
まだそのどこにも辿り着けていない。ぼくの交渉はここからだ。
だから士官が席を立っても、ぼくは腰を上げなかった。わかっているのか王国の斥候も座ったままだ。
「枢機卿さんにはどこかの国に亡命の予定はありませんか?」
ぼくが会話を始めてしまったので、士官も再び席に着いた。
「まったくありませんな。教会に殉ずる覚悟です」
「もしあるならば早いほうがいいですよ」
「ほぉ、なぜです?」
「お城から教会直轄兵を引き上げていただいたので、一応、ぼくたちは大聖堂と神聖国は別のものだという扱いを取るようにしているのですけれども国都の人々の認識は違うみたいです」
「ふむ」
「炊き出しをしていると、なぜ大聖堂は助けてくれないのかという恨みの声をよく耳にします。痩せこけた元アルティア兵の皆さんが手伝ってくれているのですが大聖堂の中には食べ物があったという話をされています。教会の人間は誰も食いっぱぐれていないって」
「ひどい誤解ですな。我々も節制に努めています」
ぼくはジトっと枢機卿の腹を見た。次いで隣の神官の腹も見る。神官は苦笑いだ。
「まだ節制の余地が十分ありますね」
「それで?」
枢機卿は些かムッとした声を返した。
ぼくは理由を説明した。
「近日中に炊き出しが途切れます。オークの襲撃で王国からの食料の運搬が止まりました。そうなると中に食料があると見なされている大聖堂は襲われるでしょう。
『半血』はアルティア神聖国城への国都の人々の立ち入りを拒みません。橋を渡るか堀を埋めるか何人倒れても何らかの手段で彼らは大聖堂へ入るでしょう。もし亡命を考えているならその前までです」