第127話 王命
ぼくと士官と王国の斥候の一人は大聖堂に向かうことにした。
まだ今日は、ぼくをお茶に誘いに神官は来ていない。
いつもなら、そろそろ来る頃合いだろう。
こちらから対岸の教会直轄兵に声をかけようかと思ったけれども、そうするまでもなくギイギイと橋が降り出した。
城側の地面にぼくたちが立っている姿を見つけた神官が橋が完全に降りきるや「これはバッシュ殿」と対岸から駆けてきた。
「いつも袖にしてしまって申し訳ありません。ようやく少しだけ時間がとれました」
「お忙しいのですから仕方ありませんよ。こちらは?」
神官が士官に顔を向けた。
「王国からの来客です。実務の話に見えられました。大教皇には聞かせられない話になると思います」
神官の顔が固くなった。
今日の話題には大教皇の処遇も含まれると、ぼくは暗に告げたのだ。茶飲み話ではない。
「承知しました」
「ぼくたちは歩いていきますので先触れをお願いします」
「はい」
神官は慌てて駆け戻った。
ぼくたちは、ゆっくりと橋を渡る。
門周辺の衛兵の人数が増えていた。
門から大聖堂まで同行する兵隊に話を聞くとお城から引き揚げた人たちが単純に門と外壁の警備に追加されたようだった。
他にも前回の訪問時と変わった点はないだろうかと意識して違いを探しながら大聖堂を目指してまっすぐな道を歩いていく。
花壇に咲いている花の数が明らかに減っていた。
花壇が開墾されて畑になっているとかそういう緊急事態的な変化ではなく単純に花の季節が終わりなのだろう。
もう冬だ。
それ以外に特に変化らしい変化は見つけられずに、ぼくたちは大聖堂に辿り着いた。
ロータリーに馬車が止まっていて神官と大聖堂の警備兵が待っている。枢機卿への連絡は済んだのだろう。
ぼくと斥候は前回同様、警備兵に剣を託した。
王国の士官は不満気だったが何も言わずに、ぼくたちの動きに従った。交渉相手に舐められてはいけないとか考えたのだろう。
ぼくたちは神官の後に続いて階段を登り大聖堂の中に入った。
前回案内された際とは別の部屋に通された。
調度品は良い物が並んでいるけれども普通に公的な会議室だった。人数に合わせて小振りの部屋だ。お茶会ではなく話をしたいという意向は通じていたようだ。
すでに枢機卿が待っていて、ぼくたちを案内してくれた神官が枢機卿の左隣に移動した。大教皇はいない。
枢機卿は変わらずふくよかな体型のままだった。神官も大聖堂の警備兵も門を守る衛兵も痩せた様子はない。まだ食事には困ってなさそうだ。
「よくいらっしゃいました」
枢機卿は、にこやかに、ぼくたちに挨拶をした。
ぼくは王国の士官を紹介した。王国の士官には枢機卿を紹介した。アルティア教大聖堂の実質的なトップが枢機卿である事実は士官とは共有済みだ。
するりと王国の士官が真ん中の席に着いたので、ぼくと王国の斥候は士官の左右に別れた。ぼくが士官の左、斥候が右だ。ぼくと士官の間の対面に枢機卿が座る位置取りになる。
心持ち、枢機卿がぼくの正面に近づくように椅子を寄せた。
「アルティア神聖国王とはお話ができましたか?」
ぼくは枢機卿に訊ねた。話は先日の続きからだ。
枢機卿は重々しく首を横に振った。
「伏せっておられる。元気であればこの場に同席をと思ったのだがそうはいかないようだ」
「いないほうが良いと思います。本人は耳にしたくないだろう話題です」と、ぼく。
王国の斥候がテーブルの上に持ってきた地図を広げた。
アルティアベルトが着色されてわかりやすくなっている。
枢機卿と神官は一目で地図の意図がわかったようだ。前回、口頭で説明をした内容である。
「さて」
王国の士官が口を開いた。
「王命により王国は不当な侵略国に対して賠償金の請求と開戦責任者の身柄の引き渡しを要求します」
王命なので交渉ではなく決定事項だ。譲る気はないという王国の意思表示だった。あわせて士官は具体的な金額を告げた。
「金貨、宝石、美術品その他による一括での支払い以外は認めません。不足がある場合は地図のとおりアルティア神聖国都の南端までの領地を王国が受け取ります」
不足の多少に関わらず国都以南のアルティア神聖国領地をもらうと士官は言っていた。
賠償金は到底払いきれる金額ではない。アルティア神聖国にとっては、結局、領地を取られるのであれば賠償金は殆どかまったく支払わずに領地だけ取られるのが一番安くつく。
ぼくは補足した。
「ちなみにアルティア神聖国城には金目の物は何もありませんでした」
アルティア神聖国王が大聖堂へ亡命する際に運んだのではなく、そもそも最初からなかったようだ。とっくに上納済みなのだろう。
枢機卿が口を開いた。前回のお茶会で予告していたので王国からの要求に対して驚きはないようだ。
「一つ確認させていただきたい。侵略国と開戦責任者という言葉があったが具体的にはどこと誰だろう?」
枢機卿からの確認に士官が答えた。
「今のところはアルティア神聖国とアルティア神聖国王と考えております。宗教的な理由から大聖堂がどうしても庇うというのであれば大聖堂と大教皇となりますが」