第124話 貢献大
開城以来、ぼくは大聖堂から毎日、お茶を飲みに来ないかと誘われている。
教会直轄兵を引き上げたのだから大聖堂と神聖国が同一組織だという誤解は解けたという建前で『半血』との終戦交渉に本腰を入れたい意向なのだろう。
大聖堂内の食料が無くなってからでは交渉の余地がない。少しでも自分たちに有利な条件で交渉を妥結するためには食料に余裕がある内に話をつけたい。そういう気持ちだろう。
国都の住人への炊き出しの手配に忙しいから、と、ぼくはずっとお誘いを断り続けている。なにせ『炊き出しのバッシュ』だ。言い訳に使っておかしい理由ではない。そんなに終戦を慌てなくても大聖堂にもまだ食べる物はあるだろう。もっと追い詰められてもらわないと。
アルティア神聖国城への包囲が必要なくなったため、大聖堂に対する警戒は跳ね橋の手前が主である。その他に堀の周りにも見張りの人たちは配置されているけれども少人数だ。『半血』の負担は格段に減っていた。炊き出しが長期間に及ぶことは困るが、そこは王国と『半血』も既に覚悟を決めた部分である。対大聖堂という意味であれば、どれだけ長期戦になっても問題はない。
大聖堂を案内してくれた神官さんが、わざわざ跳ね橋を降ろして、ぼくを招待に来るのだけれども橋を渡った先を守る『半血』隊員に炊き出しのため不在だと告げられて引き返していくらしい。
そうして、また橋が巻き上げられる。
他に橋を利用する者は誰もいないので、そのためだけの上げ下ろしだった。
ぼくの都合に合わせるという言伝があったのだけれども、いつ時間に余裕ができるか分からないので、そのタイミングで急にお邪魔するかも知れませんと答えてあった。
国都の人たちへの炊き出しは、いずれ国都の人たちだけで行えるようになってほしい。
流民の人たちの廃村への再配置を行い荒れ果てた土地を再度耕してもらう必要もある。
壊れている家は直さなければならないし、再配置後、次の収穫期が来るまでの間の食料の問題もある。国都から運ぶ必要があるだろう。
となると物資の輸送を円滑に進める必要があるから畑を耕す以前に道の再整備が必要か?
それとも同時進行的に畑と道を作っていくか?
そんな話を、実際に作業を行うことになる流民の皆さんたちと詰めていく必要がある。
要するに、連日の話し合いだ。
できることから、すぐにも始めていく。
炊き出しは無料飯ではないのだ。後払いで各自ができる労働で払ってもらいたい。
といっても、自分たちの暮らしを再建するための労働とあれば文句はないだろう。
アルティア神聖国兵にも剣を捨てた代わりに鍬やスコップを握ってもらおう。
意地悪ではなく、ぼくはどれだけ時間があっても足りない忙しさだ。大聖堂のお茶にお呼ばれしているような暇はない。
第一目標は『半血』と王国兵の関与なく、炊き出しを国都の人間だけでできるようになってもらうこと。輸送は『半血』と王国兵が行うから国都に届いた後は料理して提供するところまで全部自分たちでやってもらいたい。
そう思っていたある日、突然、王国からの物資の輸送が滞った。
荷馬車へのオークによる襲撃が激しくなり輸送を続けられなくなったらしい。輸送距離が長いため完全にオークを近づけないようにすることは難しかった。
廃村を利用して設営されていた物資の集積拠点がいくつか焼かれ、王国と国都の間を往復する荷馬車の部隊も被害を受けていた。
荷馬車には王国兵が護衛についていたがオークの数は予想を超えて多く王国兵だけでは守りながら輸送を続けられないという。また、道も満足に整備されていないため大量輸送のための大型馬車が利用できない点もネックだった。輸送も護衛も効率が落ちてしまう。
そんな報告をもたらしたのは王国に行っていたヘルダの旦那さんだ。
王国の王を含む会議での調整結果を持って馬車ではなく馬を走らせて先行して戻って来た。王国の斥候も一緒だ。
さらに、ぼくを国都に送り込んだ王国の士官もやってきた。王国を代表して『半血』及びアルティア神聖国との交渉を担う本当の大使としてらしい。もちろん、大聖堂も交渉相手だ。
ヘルダの旦那さんからの報告を聞くやマリアは直ちにルンの部隊とジョシカの部隊を荷馬車の護衛と集積拠点の整備、道路の整備のために出動させることを決めた。『半血』全体のほぼ半数だ。襲撃してくるオークの撃退はもちろん、オークの本拠地の潰滅まで視野に入れている。
マリアがヘルダの旦那さんからの報告を受けている間、王国の士官は斥候二人と合流して情報交換をしたようだ。
王国からの賓客のためにアルティア神聖国城の何部屋かがあてがわれている。ヘルダ曰く、いずれは城の近くの接収した公共施設を大使館として利用してもらうべく引き渡す予定だそうだ。
王国の士官と斥候二人の情報交換が終わった後、ぼくも王国の斥候二人と一緒に王国からアルティア神聖国に送り込まれた立場なので士官に呼ばれた。
「何だか二つ名が増えたらしいじゃないか。『炊き出しのバッシュ』までは王国で聞いていたが『無血開城のバッシュ』って何だ? 君は無茶苦茶だな。ただの通訳のはずがそんなものまでつけているし」
ぼくは相変わらず両腕にマリア、ヘルダ、ジョシカ、ルンの腕章をつけている。
現在、部屋にいるのは士官と王国の斥候二人だ。
ぼくは探索者だから王国の兵隊との間に上下関係はない。善意の手伝いであるはずだ。
「お陰様で『半血』の戦友と再会できました。王国と『半血』の顔つなぎもできましたし、もう王国に帰ってもいいですか?」
「まだ駄目だな。通訳にいなくなられると困る」
「残念」
ぼくも帰れるとは思ってはいない。
せめて王国と『半血』、アルティア神聖国の三者の協議が整うまでは見届けたい。
士官が真面目な顔になり口を開いた。
「まず王国の探索者であるバッシュ殿のここまでの貢献に対して感謝を伝えたい」
「いえ、ぼく一人ではありませんでしたから」
ぼくは王国の斥候二人に目を向けた。
「二人は任務であり貴殿は自主的だ。実にありがたい」
決して自主的だったとは言えないだろう。行くことを選ばざるを得ないように誘導されただけだ。
「貴殿は探索者であるにもかかわらず王国の戦争に協力して我々と『半血』の仲を取り持ってくれた。誠に貢献大だ。陛下もことのほかお喜びになり貴殿の叙爵を口にされている」
「はい?」