第122話 演説
「『炊き出しのバッシュ』です」
不本意ながら国都の人たちに一番知られている二つ名を使って、ぼくは名乗った。
国都の外壁からぼくに接触してきたアルティア兵は、ぼくの名前を知っていた。
国都の中で会った市民の皆さんも、ぼくの名前を知っていた。
当然、お城に勤めている人たちの間にも『炊き出しのバッシュ』という裸猿人族の男が指揮をして『半血』が流民たちに炊き出しをしているという微妙な噂話は広まっていることだろう。大教皇の耳にだって届いているのだ。
どこの誰とも知らない男が声を張り上げるよりも少しは聞き耳を持てるはずだ。
そう思っての名乗りだったけれども、ぼくが思っていた以上に、ぼくの名前は知れ渡っていた。
「うわぁぁぁ」と、何故か並んでいる人たちから歓声が上がった。
静かになるまで、ぼくは続きを話せなくなった。
アルティア兵たちが静かにするようにと人々を制止する。
ぼくは改めて口を開いた。
「国都の外で、ぼくたち『半血』と王国が流民の人たちに炊き出しをしている話は皆さん知っていると思います。壁の外から『市民の皆さんも食べられます』という呼びかけをしていたので、直接、呼び声を耳にした人もいるかも知れません。
昨晩、国都を囲む外壁の兵隊の協力ですべての門が解放され市民の皆さんにも炊き出しを届けることができるようになりました。準備と場所の問題があるので市民の皆さんには全員一度外壁の外に出てもらってから炊き出しに並んでもらっているところです。
国都に御家族が住んでいて無事を心配されている方もおられると思いますが炊き出しに並んで不在にしているだけですので心配はありません。市民への暴力は行われていません」
人々は食い入るように、ぼくの言葉に聞き入っていた。誰だって家族は心配だ。
「皆さんにはこれから同じ様に炊き出しに並んでご飯を食べてもらって、その後はお城と国の再建の手伝いをしてもらいたいと考えています。
目にされていたと思いますが国王を始めとするお城の偉い人たちは逃げだしました。その後始末をしなければなりません。
準備ができたら順番に案内することになりますので皆さんもう少し待っていてください」
話を終え、ぼくはぺこりと頭を下げた。
何故か拍手が返って来た。
けれども、ぼくの声が届いた範囲はトンネルの前のほうの人たちまでだろう。
少し歩いてトンネルの中に入って、もう一度同じ話をした。
出口に近づき降りている扉の手前でトンネルを振り返って、やはり同じ話をした。もしまだ話が届いていない人がいたならば近くの誰かに聞いて下さい。
ぼくが話をしている間、ぼくの傍には王国の斥候とぼく担当になってしまったアルティア兵が付き添っていた。もともと神官の案内をするくらいの人だからお城の兵隊たちに顔が利く立場の人のようだった。後で聞くと叩き上げのアルティア兵としてはトップらしい。
ぼくは王国の斥候に話しかけた。
「マリアに色々説明しないと。ここは任せていい?」
「構わんが」
王国の斥候は呆れた様な目でぼくを見ていた。
「もともとこういう予定じゃなかったのか?」
「そんなわけないじゃない」
王国の斥候は天を仰いだ。上を見てもトンネルの天井しかありませんけど。
「誰か人を寄越すよ」
「ああ」
何故か疲れた声だった。
ぼくはアルティア兵に向き直った。
「悪いんだけれど全員武器を捨ててもらいます」
「承知しています」
アルティア兵は神妙に頷いた。
「ここからは彼の指示に従ってください」と王国の斥候を目で示した。
「わかりました」
「ひとまずぼくだけここから外に出ます。扉を上げてそのままにしておいてください。『半血』が大勢入って来ますが驚かないよう皆さんに伝えてください。話かけやすいように誰かアルティア兵の人にも来てもらいます」
「ご配慮ありがとうございます」
アルティア兵は別のアルティア兵たちに声をかけ、扉を上げるために巻き上げ機に向かうよう指示を出した。
待っていると天井裏でギイギイと巻き上げ機の音がして扉がゆっくりと上がりだした。
上がる扉の下から外の明かりが入って来る。
ぼくは、まだ完全には上がり切っていない扉を潜り抜けて外に出た。
城を囲んでいる『半血』隊員たちが警戒した様子で剣と盾を構えて、ぼくを見ていた。