第120話 即決
ぼくたちは橋を渡った。
城の大聖堂側の大扉は引き上げられていて、トンネルのような城を貫通する道路がぽっかりと口を開けていた。
大扉の手前の分かりやすい位置に、ぼくが反乱を唆したアルティア兵が立っている。
橋を渡って歩きながら、ぼくは唆したアルティア兵と目を合わせ、それから半旗になっている壁面に掲げられたアルティア神聖国の旗に目をやり、再度アルティア兵の顔を見た。
アルティア兵は、こくりと小さく頷いた。
やはり半旗は合図のつもりで間違いなかった。彼のみならずギラギラとしたアルティア兵たちの身に纏われている気配は、すぐにも暴発してしまいそうだ。
ぼくがうっかり不用意な発言をしてしまったらアルティア兵たちは一斉に教会直轄兵へと襲い掛かるだろう。そうなると多くの血が流れる。
幸い、同じ教会直轄兵排除という結果に血を見ずに辿り着けそうになったのでここは自重してもらいたい。
ぼくは大聖堂から一緒に歩いて来た警備兵に声をかけた。
「神官さんたちの様子を確認してきてもらえますか?」
「はい」
警備兵は足早に城の中に消えて行った。足取りに迷いがなかったので城内に馴染みがあるのだろう。
ぼくを待っていたアルティア兵が近づいて来た。
アルティア兵は、ぼくの脇に立つ王国の斥候に目をやり、問いかける様な視線をぼくに向けた。斥候に話を聞かれても問題ないか問いたいのだろう。
「心配ないよ」
ぼくはアルティア兵を安心させた。
アルティア兵は小声で囁いた。
「兵全員準備できています」
全員ときた。大聖堂と教会直轄兵たちは随分と嫌われているみたいだった。
「先に来た神官さんから話は何も?」
「我々には。現在、城の主だった者たちと教会の兵だけで集まり何か話をしています。今ならば巻き上げ機の見張りは手薄です」
そんなことを言われると、つい勇ましい命令を出したくなってしまう。
「わかった。でも、まずは落ち着いて」
ぼくはアルティア兵と自分自身を落ち着かせた。
「大聖堂で枢機卿と話をしてお城にいる教会直轄兵は全員引き上げてもらうことになりました。神官たちは今、そういう話をしているのだと思います」
アルティア兵は目を見開いた。基本的にアルティア兵を信用していない大聖堂が兵を引き上げるという話が驚きだったのだろう。そうなるとどうなるか大聖堂はわかっていて諦めたということだ。
「だから血は流さない方向で行く。教会直轄兵たちの撤収が終わるのを確認してから表の門を上げて『半血』を中に呼び込む。それまでに暴発しない様、皆に情報を共有して」
「はい」
神妙にアルティア兵は頷いた。
「おいおい、何を物騒な話をしているんだ?」
ぼくとアルティア兵の会話に剣呑な物を感じたのだろう王国の斥候が口を挟んだ。
「ぼくが合図をしたら巻き上げ機を守る直轄兵を倒してもらう手筈になっていたのをやめる話」
端的にぼくは説明した。
「いつの間にそんな話になってんだ」
「来る時、橋を渡る時かな」
王国の斥候は信じられんと頭を振った。
ぼくはアルティア兵との話を続けた。
「兵隊以外のお城で働いている人たちはどう動くかな?」
「大半は我々と同じ考えでしょう。現在神官に集められているような上層部はもめると思います」
当然そうだろう。
アルティア兵に睨みを利かせている教会直轄兵が全員城からいなくなったら、城の外の国都のアルティア兵同様、城のアルティア兵たちも『半血』に降伏して炊き出しに並ぶに違いない。一般兵はそれで良くても上位の立場にある人間には戦争責任がのしかかる。国王一家が逃げた今となっては『半血』の矢面に立つのは今城にいる偉い立場の人間だ。教会直轄兵を引き上げると神官に言われて、はい、そうですかと安易に認めるわけにはいかない。
ぼくとの話を終えたアルティア兵が作戦変更の情報を皆で共有するために去っていく。
ぼくは王国の斥候と橋のたもとに立って城の中から続々と教会直轄兵たちが出てきて跳ね橋の手前を先頭に城を貫通している道路に列を作って並んでいく様子を見守った。
城から暗いトンネル内の道路に出た神官が大聖堂の警備兵二人を連れて、ぼくに近づいてくる様子が見えた。
何を話しているかは聞こえなかったが誰かが神官に追い縋っている。縋った誰かは即座に大聖堂の警備兵に引き剥がされて地面に転がされていた。恐らく残された城の偉い立場の人間が神官に教会直轄兵の引き上げを止めるようにと迫ったのだろう。
神官がぼくたちの所にやってきた。
「今並んだ者たちが大聖堂から出向している全員です」
大体五十人ぐらいいるだろう。この五十人で交代して巻き上げ機をアルティア兵に勝手に操作されないよう守っていたのだ。
「わかりました。引き上げて下さい」
「撤収」
大聖堂の警備兵の指示に従い、教会直轄兵たちが行進をするように橋を渡っていく。全員大きな荷物を持っているのは私物をまとめたためだろう。
去っていく教会直轄兵たちの人数を数えたところで意味はない。
そもそも正確に何人いるのかも知らないし聞いたところでその数が事実かもわからない。
仮に城に隠れて残っている誰かがいたとして破壊でもしなければ巻き上げ機の操作を邪魔しきれるものでもないだろう。その場合はぼくが城に入った際に使った脇の玄関から『半血』を呼び込むだけだ。そうすれば結果は同じになる。
だから、城から出てきた教会直轄兵たちがまとまって大聖堂に戻る様子を見届けさえすれば枢機卿に言い残してきたぼくの確認作業は終わりだ。交渉継続の道が残る。
ぼくは神官に問いかけた。
「さっき転がされていた人は?」
「アルティア神聖国の宰相ですな。教会直轄兵の引き上げを拒みました」
何気に神官さん、宰相を足蹴にできる様な偉い人なんだ。実は教会のナンバースリーだったりして。
宰相は暗いトンネルの陰の端に立って、ぼくたちの様子を窺っていた。
「宰相って現在お城にいる人のトップ?」
「そうなります」
「連れてきて」
警備兵の一人がトンネルの中に走って行き宰相を連れて戻って来た。宰相の取り巻きらしき、その他の偉そうな人たちも何人かついて来た。
宰相たちは、ぼくの両腕の『半血』の腕章を目にして、ぼくが誰だかわかったのか、ぼくを睨んだ。
ぼくは少しだけ場所を移動すると橋のたもとではなく橋の上に立って宰相たちに告げた。
「既に身に染みていると思いますがアルティア神聖国王は大聖堂へ亡命しました。他にも亡命を希望する人がいるならば、ただちに橋を渡ってください。即決です」