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第115話 天国と地獄

「お待たせしましたっ」


 ぼくは跳ね橋の城側に残ったアルティア兵と別れると小走りに駆けて橋の真ん中で待っていてくれた教会直轄兵と神官、王国の斥候に追いついた。


 理屈の上ではアルティア教の大聖堂はどこの国にも属さないことになっているから、今、ぼくたちが立っている橋は国境にあたる。


 前方の大聖堂側の壁面にはアルティア教会の旗が掲げられており振り向いた後方の城側の壁面にはアルティア神聖国の旗が掲げられている。


 堀を越えた先に(そび)える壁はアルティア神聖国の国都そのものを囲む壁よりも高くて分厚い。見上げた際の威圧感がまるで違った。低い場所でも二十メートル以上はあるだろう。


 国都と大聖堂を建設した当時のアルティア教が本当に守りたいのは国都ではなく大聖堂なのだという強い意思が伝わってくる。


 橋を渡り切った先には二十人くらいの教会直轄兵が、ぼくたちを待っていた。


 ぼくと王国の斥候を威圧するつもりなのか歓迎するつもりなのか思惑はよく分からない。


 彼らの間を通り抜けるようにして、ぼくたちは大聖堂がある壁の中へ入った。


 壁の内側から真っすぐに道が伸びて前方何百メートルか先に立つ大聖堂まで続いている。


 道の両脇、何十メートルかの範囲は一面の花畑だった。


 赤、黄、白、橙、桃、青、紫といった色とりどりの花々が、今が見頃とばかりに咲き誇っている様は圧巻だ。さながら別世界、まるで天界に迷い込んだみたいだ。


 もちろん自然の野原ではなく庭師が丹念に管理を行って完成させた大庭園だ。


「うわぁ」と、ぼくは声を上げた。王国の斥候も息を呑んでいた。


 王国からアルティア神聖国に入って以来、荒廃した景色しか見ていない。


 もしアルティア教大聖堂が『天国』に例えられるとすればアルティア神聖国全土を例えるべき言葉は間違いなく『地獄』だ。なぜ教会は自分たちだけ天国でいられるのだろう?


 ぼくたちを連れてきた神官と教会直轄兵は、ぼくがそんな思いを抱いているとは露知らず、ぼくたちのリアクションに対してドヤ顔だ。単純に大聖堂内の美しさを誇っていた。


 一面の花畑を通り抜けた先に巨大な尖塔がある石造りの大きな建物が建っている。大聖堂そのものだ。


 壁の外からは何段も円柱を積み重ねたような形状の尖塔部分しか見えていなかったけれども尖塔の根元には壮麗な宮殿が建っていた。


 真上から見れば四角い形をしている宮殿の一辺は百メートル以上あるだろう。


 壁にも窓にも屋根にも、ごてごてと煌びやかな装飾が施された宮殿は横に並ぶ窓の列の段数を見る限り少なくとも五階建て以上はありそうだ。


 跳ね橋の手前にあったアルティア神聖国の王城など大聖堂の煌びやかさに比べれば、まるで馬小屋だ。


 その宮殿の中心部から多段円柱の尖塔が伸びていた。


 尖塔は高さにして約百五十メートル。


 アルティア神聖国のみならず、この大陸でも一番か二番に高いとされる建築物だ。


 頂上付近では昼夜を問わず(あまね)く世界を照らす魔法の明かりが輝いている。


 道の左右の花畑の奥には生け垣が植えられて、その先が見えないように目隠しされていた。


 生け垣の裏には何らかの用途の土地があり、その空間の先には高さ三十メートル近い高い木が無数に立ち並んでいた。そのため、本来、圧迫感を持って聳え立っているはずの石壁が壁の内側からは、まるで見えない。


 さながら、この地は深い森の中の開けた一角であるかのようだ。そう錯覚してしまう。


 いずれにしても壁の外の国都や国都の外のアルティア神聖国内の荒廃した姿とは大違いの別世界だった。


 後で知ったが花畑の脇の生け垣に隠された先は畑や家畜の放牧地、果樹園等だそうだ。


 大聖堂の表側にあたるこちらには花畑があったが、裏手に当たる側は来客の目に触れる機会はないので一帯が畑など食料生産の場になっているらしい。大聖堂で消費される食物の多くが賄われている。


 とはいえ、今、ぼくたちの目に見えている部分は浮世離れした花畑の空間だけだ。


 ぼくは周囲を見回す行為をやめて現実に意識を戻した。


 門の内側には石畳のロータリーがあり前方を大聖堂に向ける形で馬車が止まっていた。


 馬車は二頭立ての四人乗りで、すぐ乗り込めるように扉が既に開かれていた。


『国都の中に、まだ食べられていない馬がいたんだ』


 ぼくは変な方向に感心をした。アルティア神聖国に入って以来、アルティア神聖国側が所有する馬を初めて見た。正確にはアルティア神聖国ではなく教会が所有する馬なのだろうけれど。


「馬車へどうぞ」


 神官が、ぼくと王国の斥候に対して馬車への搭乗を勧めた。


 そう言う神官の顔には大粒の汗が噴き出していた。


 ぼくと一緒にマリアたちと司令部を離れてから、ここまでずっと歩いてきたのだ。丸々とした体形の神官にとっては歩くのも激しい運動だったのだろう。


 とはいえ同じ距離を歩いて来た、ぼくも王国の斥候も教会直轄兵も、まったく息は切れていない。神官は運動不足にもほどがあるだろう。


「目的地はあの建物?」


 ぼくは神官に目的地は前方にまっすぐ進んだ先にある建物で間違いないか確認した。


 壁の内側には大聖堂と比べると遥かに小さい普通の建物が他にもいくつか建っていたが、大教皇であれば大聖堂におわすはずだ。


「おっしゃるとおりです」


 神官は頷いた。


「せっかくの綺麗な庭園だから見て歩いちゃダメかな?」


 ぼくは神官に訊ねた。


 ここから大聖堂までは、ほんの数百メートルだ。ここまで歩いて来た距離に比べればどれほどでもない。


 馬車では一瞬で通りすぎてしまうだけだが探索者としては自分の目と足で現地を確認しておきたかった。帰りも馬車に乗せてもらえるとは限らないし何か不測の事態が起こるかも知れない。


 神官は躊躇した。もう歩きたくない、と汗が滴る顔に書いてある。


「あなたは馬車で先触れをお願いします」


 ぼくは神官に口実を与えた。


 はたして神官は教会直轄兵たちに対して、


「大聖堂までご案内なさい」


 そう言いおいてから馬車に乗った。


「先に行ってお待ちしております」


「はい」


 馬車が走り出した。


 ぼくと王国の斥候は二十人余りの教会直轄兵たちに囲まれながら、ぞろぞろゆっくりと大聖堂に向かって歩いた。


 花畑は十分な管理が行き届いているようだ。


 そろそろ冬になるというのに花の間を沢山の蝶や蜂が飛び交っていた。


 よく見ると花に隠れて蜜蜂の巣箱が置かれていた。ということは蜂蜜も生産している。


 アルティア神聖国と大聖堂は、やはり別の国だ。


 橋の手前のアルティア兵たちは痩せこけていたが橋を渡った先の教会直轄兵たちは一様に皆、肥えて健康そうだった。


 末端のはずの教会直轄兵たちがまだ痩せていないのだから大教皇やその周辺の偉い人たちは飢えてなどいないだろう。


 大聖堂はアルティア神聖国に王国に宣戦布告をさせる以前に、当然、大量の食料の備蓄をしているはずだ。


 そもそも壁に囲まれている大聖堂の敷地内では食料生産も行われている。


 教会直轄兵も含めて大聖堂で暮らす人間がどれだけいるのかわからないが、この様子では飢えた国都が降伏したからといって大聖堂が音を上げるまでにはまだ時間がかかりそうだ。マリアの思惑とは少し違っている。


 ぼくは、そんなことを考えながら歩いて大聖堂に辿り着いた。


 近づけば近づくほど尖塔の高さが際立っている。


 大聖堂の前の広いロータリーに馬車が止まっており別れた神官が待っていた。


 壁からここまで一緒に歩いて来た教会直轄兵たちとは別のもっと煌びやかな鎧姿の兵が二人、神官に付き添っていた。大聖堂内の警備兵なのだろう。


 ロータリーから大聖堂の宮殿玄関までは何十段か階段が続いていた。


 大聖堂の警備兵の一人が恐縮した顔で、ぼくに言った。


「大聖堂内への刃物の持ち込みは禁じられております。お腰の物を預からせてはいただけませんか?」


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