第109話 呼び出し
夜が明けた。
『光源』に頼らずとも国都の中の様子がはっきりと見えるようになった。
朝を待ってから炊き出しに並び始める人も多くいたため、東西南北それぞれの門へ通じる大通りには炊き出しに並ぶ人々の列が続いていた。先頭は門の外の配膳台なのに列が門の中まで伸びているのだ。
ぼくは流民たちを痩せこけていると思っていたけれども国都の中の人たちも負けず劣らずに痩せこけていた。壁の外側だけでなく内側でも満足な食糧の配給や炊き出しは行われていなかったのだろう。
降伏したアルティア兵の手伝いにより炊き出しに並ぶ列は整理されているが、そのアルティア兵たちもまた痩せていた。少なくとも市民たちよりは肉付きが良さそうだが良いと言い切れるほど健康的には見えなかった。戦闘ができる肉体ではない。
国都の外にいた流民と違って市民の多くは半獣人との接触がほぼ初めてのはずだが『半血』隊員と市民の間のトラブルは、ほとんど発生しなかった。
重武装をしたかなりの数の『半血』隊員が城と大聖堂を包囲しているばかりか国都を囲む壁の上の歩廊にも弓を持った多数の隊員たちが立っている。
国都の壁の包囲以降、戦闘らしい戦闘は行われていなかったが、誰の目にも『半血』の前にアルティア神聖国の国都が陥落したのは明らかだ。
なぜ長くアルティア神聖国の同胞として行動をしてきた『半血』が国都を包囲し市民に炊き出しをするに至ったのかの理由の説明は夜の内から繰り返し行われている。列の整理がてらアルティア兵に説明を行わせた。市民も『半血』の半獣人から話を聞くよりも打ち明け話的にアルティア兵から説明をされたほうが耳に入ると思う。
国都が陥落した様子は城に逃げ込んだ兵士にも大聖堂の壁の上に立つ兵士にもはっきりと見えているはずだ。
したがってアルティア神聖国王も大教皇も自分の置かれた状況がわかっているはずである。包囲を受けて籠城をした城に対して包囲側が要求する降伏条件は大抵一つだ。
『兵士の身の安全を保障する代わりに城主の首を差しだせ』
今回の場合、対象はアルティア神聖国王なのだろうか、それとも大教皇?
昼になっても大聖堂の跳ね橋は上がったまま降りてこなかった。
城の一階を貫いて走る道路も通れないように巨大な扉が降ろされたままである。
城の他の入口も閉ざされたままだ。
アルティア神聖国もアルティア大聖堂も沈黙を続けていた。
マリアは城に対して降伏の勧告は行わなかった。
『半血』側からの接触は行わない方針だ。
国都を囲む壁の門が開いたことで実質的には既に戦争は終結している。
泥沼の戦闘が続いているのならまだしも黙って待っていれば何もかも手に入るのに、こちらから戦闘終結のお誘いをして実入りを少なくする必要はないだろう。向こうが頭を下げてくるのを待つだけだ。時間が経てば経つほど相手の環境は悪くなっていく。
政治的な駆け引きはマリアたちに任せて、ぼくは安定の炊き出し担当だった。
一晩で四箇所も始めて炊き出しに並ぶ人たちの列ができている。
国都から出た市民の一時的な居住地の確保も必要だし流民の炊き出し列との調整も必要だ。
流民の強面さんたちが頑張ってくれているので基本的にぼくは顔を出して相談に乗るぐらいなのだけれども、それぞれの炊き出し場所が何キロも離れているため四箇所の列を見て回るだけでも時間がかかる。
一箇所に一人ずつぼくの分身がほしいと思っていたところ、ぼくはマリアから呼び出しを受けた。
マリアは城に近い公共の施設を接収して臨時の指令所にしていた。
マリアの執務室には副官のヘルダと二人だけだ。
本陣から移動してきた隊員たちは他の部屋で仕事をしていた。
ジョシカとルンは自分の部隊に戻って現場の指揮を執っているため不在だ。
包囲範囲の縮小に伴って壁の外にいた兵士の多くを壁の内側に駐留しなおす必要がある。
そのため、壁の外に設置していたテント等の施設を移設しなければならなかった。
ぼくは案内の隊員に連れられヘルダの執務室に入った。
「お呼びですか」とぼく。
席に着くと、いつものようにヘルダがお茶を入れてくれた。
マリアが少し困ったような表情で、ぼくを見た。
「何です?」
「大教皇が君との面会をご所望だ。アルティア教徒を飢餓から救った『炊き出しのバッシュ』に直接感謝の意を申されたいそうだ」
は?