第107話 専門家集団
「壁の外で炊き出しをやっていまーす」
ぼくは広場の外縁からこっそりぼくたちの様子を窺っている市民たちに近づきながら大きな声をかけた。何も言わずに兵士たちが近寄ってきたら平時でも逃げたくなるだろう。
ぼくが言った『炊き出し』という言葉に興味をひかれたのか市民たちは逃げずに留まっていてくれた。彼らに近づく役割をアルティア兵とぼくという裸猿人族だけにした点が功を奏したのかも知れない。
「夜中にお騒がせして申し訳ありませーん」
さらに近づきながら、ぼくは言った。
「皆さん、ご飯は食べられてますかー。門の外で無料の炊き出しを実施していまーす」
このあたりまで情報を伝えたところで声を張り上げなくても届くくらいの距離まで市民に近づけた。聞こえ方によってはとても胡散臭い気がする話し方だ。まるで詐欺師みたい。
広場の端には十数人の市民が集まっていた。
市民たちは胡散臭い人を見る目でぼくを見た。言葉も胡散臭いがオーク装備だ。そういう目で見られても仕方はなかった。
そのうえアルティア兵に対しても、あまり友好的な視線ではないようだ。そっちはもともとの関係性みたいだけれど。
ぼくはもう一度情報を整理して市民に伝えた。
「門の外で『半血』が無料の炊き出しを行っています。西門を開けてもらいましたので列に並べば順番に誰でも食べられます。お代わりも自由です。量は十分にあるので慌てなくても心配ありません。但し、一度壁の外に出たら何日か戻れなくなってしまいます。もし今壁の中で十分に食べられていない人は一度家に戻って暖かい服装をしてから並んでください。家に動けない人がいる場合は配達も行います。配膳台の近くに裸猿人族の担当者がいますので相談してください」
アルティア兵たちに覚えてもらわないといけない内容はそれぐらいだ。
「外で子供たちが声を上げていたのはその話か? 兵隊に試しに受け取ってみろと散々言ったのに聞く耳を持たなかった」
市民の一人が、おずおずと聞いてきた。おじさんだ。
なるほど。アルティア兵に向ける視線が友好的でない理由がよく分かった。
「もう大丈夫ですよ。門は開きましたから」
ぞろぞろと少し離れた場所から、やりとりを聞いていた他の市民たちもやって来た。
「あんたがバッシュか?」
「はい」
「おお」
何だか分からないけれども、市民たちが感嘆の声を上げた。
ぼくがジョシカの旦那さんと戦って炊き出しを勝ち取ったという微妙な話は、『半血』が急に炊き出しを始めた理由として、アルティア兵の間に広まっていた。
さらにアルティア兵と面識のある市民を介して同じ話は国都の一般の市民の間にも広まっていた。
『外から聞こえてくる炊き出しの話は本当らしいぞ』
事実だとしたら壁の外に出れば食べ物があるのだ。
最後の手段として百人程度のアルティア兵など市民全員で襲い掛かれば何とかなると考えていたとしても不思議ではない。
但し、市民側の犠牲者も沢山出る。そう考えて実行を躊躇していたところだろう。
そこへ開門だ。
ぼくは、やたら市民の皆さんから握手を求められたり触られたりした。
まるでパワースポット扱いだ。
深夜だけれども、とりあえず今伝えた話を近所や知り合いにも広めてもらうよう、ぼくはお願いした。
「炊き出しに並ぶのは朝になってからでも大丈夫です。但し、戦時中なので家にすぐは戻れなくなるので厚着をしてください。家財道具を持って並ぶのは禁止です。そういう人は追い返します」
家に帰らず今すぐにでも炊き出しに並べるという人だけを連れて、ぼくたちは西門の前に戻った。市民はコークから段取りの説明を受け終えていたアルティア兵に任せる。
ブランの準備も整っていたので、南北門行きの『半血』の説明班をチーム分けしたアルティア兵の実行部隊と一緒に壁伝いに向かわせた。向かいながら炊き出し実施の声かけを行うよう指示を出す。
ぼくたちは中央の通りを進んで国王の城と大聖堂を目指す予定だ。
通りの先に大聖堂の尖塔が聳えていた。
太さの異なる円柱を径が太い順に何段も積み重ねたような形をした大聖堂は一番径が細い円柱部が長く伸びて、そのまま尖塔になっている。尖塔の上部には魔力の明かりが灯され昼夜を問わず灯台のように輝いていた。大聖堂の象徴だ。
西門の守備と炊き出しに必要な人員を残して、ぼくたちは国都の中央通りを尖塔目指して進んだ。
魔法職が通りの左右に建つ建物に『光源』を放っていく。
東門行きの説明班となる百人も含めて大体千人ほどの部隊だった。
南北の門へ向かった部隊と同じように、ぼくたちも炊き出しの案内を大声で唱和した。
基本的に発声役が何かを言って残りの隊員たちが同じ言葉を繰り返す形だ。発声役は次々と別の人間に移動する。
「西門の外で炊き出しをやっていまーす」
「門は開いているので順番に列に並んでくださーい」
「量は十分にあるので急がなくても大丈夫でーす」
「食べてもすぐには家に戻れないので暖かい格好をしてくださーい」
と唱和していく。但し、発声役が、
「『半血』の隊員たちが案内していまーす」
と言った時だけ、その言葉の唱和に続けて、
「顔は怖いけど怖くないから大丈夫でーす」
と『半血』の男たちが野太い声を上げることになっていた。
すかさず女性隊員たちが、
「顔も怖くないでーす」と黄色い声で否定する。
そんな掛け合いが壁の外での炊き出し案内の際には定番になっていた。
自然発生的にできたやりとりだ。
これくらいふざけていたほうが列に並ぶ人たちの緊張がほぐれていいらしい。
傭兵集団というより、すっかり炊き出しの専門家だった。