第100話 バッシュの炊き出し
嫌な思いはしなかったけれども今日もご飯を食べられなかったと思う一日と嫌な思いはあったけれども今日はご飯を食べられたと思う一日。流民の皆さんにとって夜寝る時にどう思う一日が幸せだろうか?
多少ぼくたちの段取りが悪くて揉めごとになっても、今日ご飯を食べられなかったら、もう明日は目が開かない人がいるかも知れない。
そう考えたらヘルダの尽力で調理兵の編成ができているのに今日から炊き出しを開始しない理由はどこにもなかった。
周知も準備も人手も不足していたけれども、ぼくたちは炊き出し所を開設した。
場所は西門前。ジョシカの旦那さんの部隊にお世話になる。
ジョシカの旦那さんの指示でブランとタークが、ぼくの傍らについてくれた。
伝令? 雑用? 護衛? 何だか分からないけれども、ぼくに困ったことが何か起きたら解決するために各所を駆けまわってくれる役割だ。国都についた際、偶々声をかけたばかりにごめんなさい。すっかり、ぼく担当にされてしまった。
事前に決めた大方針はあるけれども取り急ぎの今日のところの大きな役割分担として調理や配膳、皿洗いを『半血』に担ってもらって列の整理を流民の皆さんにしてもらう。
横入りや押し合い、喧嘩に睨みを利かせてもらうため流民のリーダー格に強面の人たちを多数手配してもらった。
炊き出しに対するルールについて流民のリーダー格から他の流民たちの顔役、ひいては西門前以外の流民街にいる流民の皆さんに周知してもらう。
もちろん、列に並んでいる人たちには直接話をした。
なぜ『半血』が炊き出しをするのかとか本当は教会が嘘つきなんだという話はさておき、とにかく順番に後ろに並んでと指示を出す。
食料はたっぷり用意されていてなくならないから大丈夫。
夜もずっとやっているから大丈夫。
明日もやっているから大丈夫。
明後日もやっているから大丈夫。
並んでいれば順番で絶対に食べられるから大丈夫。
本当に大丈夫かは未定だけれど何度も大丈夫と繰り返し言い聞かせて安心させる。
まだ調理ができあがらない内から、あっという間に地平線の彼方まで人が並んだ。
流民はみんな不安そうな顔立ちだった。
大人も子供も男も女も青白くて薄汚れていて臭っていて痩せこけていた。
生気がない。元気にまっすぐ立っていられないのか列に並んでも、ふらふらとアンデッドみたいに揺れていた。
流民の強面が睨んでいるからかも知れないけれども大行列なのに静かなままだ。誰も無駄なおしゃべりをしなかった。
『半血』が調理。流民の強面が列の整理。ぼくともう一人の王国の斥候は両者の接点だ。
配膳をする半獣人の姿を目前にして身体がすくんで足が止まってしまう人の背中をそっと押す。大丈夫、あの人、あんな獅子みたいな顔をしているけれども怖くないですよ。
多分。だって、ぼくだって面識ないもの。
受け取って、食べて、皿を返して、お代わりが欲しい人は列の後ろにまた並んでという話を繰り返し伝えた。
家で待つ動けない家族に持って帰りたいと、ぼくと斥候に聞く人が何人もいた。
その相談は確かに『半血』や強面に対してはできないだろう。
そう言う意味では、この位置にぼくたちがいるのは適材適所だ。
持ち帰る途中で襲われて奪われる可能性があるから『半血』が一緒に運びますと説明をする。
ブランとコークに声をかけて担当の気さくな半獣人に引き渡してもらう。
大丈夫。怖くない。多分。
配達人には継続的に配達ができるように場所と相手を後で報告してもらって整理する。
列の後方で怒号が上がったり配膳をする半獅子ににっこり笑いかけられた子供が泣き出してしまうハプニングもあったが、大きな問題は何もなく列はどんどんと流れて行った。
誰がどこに立つといいとか動線をどのようにするほうがやりやすいといった改善を重ねていくうちに、次第に暗黙の共通ルールができてきて段取りが良くなる。
お代わりをもらうために再び列の後方へ向かって歩いていく人の姿を見て、順番が来れば確実に食べられるのだと分かった列に並ぶ人たちから、緊張とギスギスが消えていく。次第におしゃべりが出るようになった。
子供が口にするよりも先に自分が毒見をするという特に慎重な人を除いて、大抵の親子連れは自分が食べるよりも先に自分の子供に食べさせていた。
国都まで一緒に旅をしてきた廃村の親子も並んでいる。
五歳児にしか見えない十歳の娘が、おいしいねって両親に笑いかけていた。
ぼくは思いがけず涙がでてきた。
王国の斥候も目を潤ませていた。
ブランとタークが食べている人たちを見て何回もさりげなく目頭を拭っていたのを、ぼくは知っている。
初めて会った時、助けてもらったお礼に行くと言ったぼくに対してコークは、礼なんか別にいい、って言ったんだ。お前ら裸猿人族にそんな余裕ないだろって。
『半血』のみんなも本当は心の中で見捨てざるを得ない国都の流民たちを心配していた。
配膳をしていた半獅子獣人も交代をした半熊人族も、その後の半兎人族も、みんな目の下が赤くなっていた。
食べ終わったお皿を受け取る担当をしている『半血』隊員は返事をしながらみんなグシュグシュだ。
おいしかったって言われていた。
ありがとうって言われていた。
ごちそうさまって言われていた。
一体誰だ。アルティア神聖国の裸猿人族は裸猿人族以外の人間を出来損ないと忌み嫌っているなんて言ったのは。
全然そんなことない。
みんな、普通にありがとうって『半血』に言っていた。
一言二言だけど普通に人と人として会話をしていた。
政治の都合で裸猿人族と裸猿人族以外を分断させた奴がいるんだ。統治のために悪者をつくりあげたんだ。
配達から戻って来た『半血』たちも涙ながらに感謝されたって言っていた。
お皿を返してから、わざわざぼくのところまで戻ってきて、ぼくの手を固く握ってくる人が何人もいた。
ぼくが流民にも『半血』にも指示を出していたためだろう。
「炊き出しをしてくれてありがとう」
いや、ぼくがやっているわけじゃないんですけどね。スポンサーは『半血』と王国です。
裸猿人族なのに、ぼくが両腕に幾つも『半血』の腕章をしているのを見て、誰かが誰かにあの人がバッシュだよとぼくのことを教えている声が時々聞こえてきた。
あの人って何さ?
ほら、『半血』の隊長に決闘で勝った人。
いや、ぼく決闘まではしてませんけれど。ごめん、ジョシカの旦那さん。何だかぼくの名前とセットで変な噂が広められちゃっているみたいだ。
この日以降続く国都の一連の炊き出しのことを流民たちが『バッシュの炊き出し』という名前で呼んでいるとぼくが知ったのは、ずっと後のこと。