僕の咲く季節
カランカラン。
「いらっしゃいませ~」
ドアが開く音がしたので、僕は反射的にそう言った。入ってきたのは、英単語帳を脇に抱えたセーター姿の女の子。ここ「Holly Cafe」はよく自習室として使われている。見たところ、常連の子ではないようだった。
カウンター席に案内すると、彼女はブラックコーヒーを注文した。
女子高生でブラックコーヒーとは珍しいなと思いつつ、コーヒーを淹れる。できあがって席まで運ぶと、
「ありがとうございます」
彼女はヒマワリのような笑顔をこちらに向けた。この顔、どっかで……。
ちらっと単語帳を覗き見ると、そこには「大橋向日葵」と書かれていた。うーん、会ったことある気もするし、ない気もする。どうも記憶に靄がかかっている感覚。
たまに陥る感覚だった。特に大学受験の夏休みを思い出そうとしたときによく起きる。その時期以降、殺人事件や事故の件数が急増したとも取り沙汰されており、謎は尽きない。
——タイムマシンで見に行ってみたいな。
二年前に突如発表されたタイムトラベル技術。その原料が高価ゆえ一般には普及しておらず、ごく一部の本当に必要な人にのみ提供されているらしい。僕など当然蚊帳の外だ。
「宮下柊さん、ですか?」
女の子の声にふっと我に返る。
「うん、そうだけど……どうして知ってるの?」
彼女は首を傾げた。
「さあ。分かりません。なんとなくです」
不思議な子もいたものだ。彼女はコーヒーを飲み干すと、すぐに立ち上がった。帰り際、また例の吸い込まれそうになるような笑顔を浮かべながら言った。
「ありがとうございました。あなたに救われたような気がします」
僕はコーヒーを提供しただけなのだけど……でもそう言ってもらえると、コーヒー店の店長としてはもちろん嬉しい。
「ありがとう。僕のほうこそあなたに救われた気がします」
勝手にそう口が動いた。自分でも意味が分からず混乱していると、彼女はいつのまにかいなくなっていた。
でもまた必ず会える。そんな気がした。
(了)