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001

砂が頬に突き刺さる灼けるような針のようだった。一粒一粒が生きているかのように肌を裂き、焼けつく岸辺の熱と混ざり合っていく。


目を開けることが――すぐにはできなかった。身体はまるで他人のもののようにだるく重く、不自然に引き伸ばされたような感覚だった。まるで一度バラバラにされ、適当に組み直されたかのように、どこかのボルトが締め忘れられていた。


海はただ波打っていたのではない。低いうねりを上げながら、大いなる存在がこの世界の空気を塩辛い肺で吸い込んでいるかのようだった。そして風――それは唇を裂き、髪を後ろに引き、皮膚を焼いた。


僕は横向きに倒れていた。背中は焼けるように熱く、息を吸うたびに肋骨が痛んだ。動こうとした瞬間、それを後悔した。脚に痙攣が走り、脊髄に鋭い痛みが突き抜けた。喉に引っかかるような息、砂粒が口に入り、舌の下にこびりつく。空気はまるでタールのように重く、肺の奥まで湿った重みを押し込んでくる。そこには粘土のような、そして太陽の下で腐りかけた生物のような、そんな生々しい匂いが漂っていた。


ここは……どこだ?


思考は言うことを聞かなかった。それらは波のように、隣で打ち寄せる海の音と同じように、やわらかく、しかし何か不穏な響きを含んでいた。


思い出そうとした――旅?先生?駅? 遠く温かな記憶、まるで幼いころに見た夢の残像のように、ガラスの向こうにある現実だった。それに触れようとした瞬間、頭蓋の内側で何かが砕けたような痛みが走った。こめかみの奥で、鈍い音が何度も響いていた。


ようやく瞼が開いた。だが、光が目に流れ込むと同時に、ただ視界を焼き尽くすだけだった。


首を上げようとして、またも激しい痙攣に襲われた。顔に触れると、乾いた肌が細かい傷で覆われていた。喉には砂の苦味が残り、目が慣れてくると、寒さではなく恐怖からくる震えが体を走った。


ここは……どこだ? 何なんだ、この世界は? 地球じゃない!


空が――おかしい。黄色と青が入り混じり、水面の上に浮かぶ二つの星が輪郭を突き刺す。一つはぼやけながらも灼けつくようで、地球の太陽を思わせた。もう一つは小さく、そして無慈悲だった。冷たく、命なき眼のように、じっと見つめていた。二つの光は世界を照らすのではなく、重く圧し掛かっていた。ヤシの木の影は濃すぎて、まるで色褪せたキャンバスに染み込んだインクのようだった。


すべてが異質で、不安定で、まるでいつか目覚めることを恐れている夢の中にいるようだった。


喉が焼ける。渇きが針のように僕を貫いた。唾を飲み込もうとして、舌が上顎から剥がれた。


どれくらいここに……倒れていたんだ? こんな死に方……いやだ。まだ死にたくない!


熱を持つ砂に両手をつき、荒い息をつきながら、四つん這いになった。膝は震え、腕は赤ん坊のように不安定に曲がる。それでも――身体はまだ動く。それだけで、這うには十分だった。


砂は一秒ごとに熱を増していた。僕は海から離れ、岩が見える方へと向かった。そこには影があるかもしれない。水の一滴でもあるかもしれない。


一歩……もう一歩。全身が唸りを上げるようだった。声が聞こえた気がした。知らない声……それとも、知っている? 振り返ったが、そこには誰もいなかった。ただ風だけが――何かを囁いていた。僕は歩き続けた。


息ができるなら、歩ける! 歩けるなら、生きている! そして、生きている限り――僕は答えを見つけ出す!


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


潮が引いていくたび、濡れた砂の上に細い水の筋が残された。

僕は砂浜の終わり、砂が小石に変わる境界まで這っていった。

海に近い石は冷たく、太陽に近い場所のものは焼けるように熱かった。


灼ける空気を肺いっぱいに吸い込み、腕に体重をかけながらゆっくりと体を起こす。

足の裏が鈍く痛んだ。ブーツ越しでも、小さな石が突き刺さるように感じた。

こんなこと、想像もしなかった。

異世界に飛ばされたことに、靴を履いていたという理由で感謝するなんて——。

もし裸足だったら、間違いなく火傷していたはずだ。


浜辺は次第に岩だらけの傾斜へと変わり、丸い岩と尖った礫が入り混じる。

熱気は揺らめく波紋となって、目の前の世界を歪ませていた。

——太陽?

いや、ここにあるのは「太陽」なんかじゃない。

空に浮かぶのは、二つの残酷な恒星。

これを太陽と呼ぶには、あまりに異質で、あまりに敵意に満ちていた。

頭上で照りつけるそれは、まるで処刑人のように僕を見下ろしていた。


熱が額を焼き、汗が滲んだ。

光を帯びた汗は頬を伝い、岩の間に落ちて、ジュッと音を立てた気がした。


その時、潮の香りに混じって微かな音が耳に届いた。

——枝が、折れる音?

この岩の傾斜には木などなかったはず。

けれど、目を上げると見えたのは——

岩の上、揺らめく熱気の向こうに、ジャングルの影があった。

背の高いヤシの木、棘のある低木。

風に揺れる葉が、まるで語りかけてくるようだった。


音の正体は、あの木々の向こう。

枝が震え、何かが潜んでいる気配。


僕の心臓が跳ねた。

一歩、足を踏み出す。

滑る礫が足元で音を立て、かすかな足跡を残す。

目指すは、影。

その中にあるのは、涼しさと水。

——そこまで行ければ、生き延びられるかもしれない。


手と膝を使って、傾斜を登っていく。

崩れ落ちる石がほこりを上げ、僕はむせた。

筋肉は悲鳴を上げる。

「やめろ」と、体が叫ぶ。

だが、僕は止まらなかった。


指先が岩の溝に食い込み、血が滲む。

それでも、這い続けた。


やがて、ひときわ大きな岩が前に立ちはだかった。

まるで門番のように、立ちはだかるその岩の向こうに、揺れる緑の葉が見えた。


僕は最後の力を振り絞って、岩を掴み、体を引き上げた。

裂けた指先、割れた爪。

それでも、ようやく——


——僕は、影の中に辿り着いた。

焼けつく世界の只中で、ようやく届いたこの影は、ただの涼しさではなかった。

それは、生き延びたという事実が、形となって僕に触れた瞬間だった。


静寂が、世界を包んだ。

音のない一瞬。

そのあと、鼻をくすぐったのは湿った、甘く苦い匂い。

熱と水分が混じり合った、生きた空気。

それが僕の肺を包み、癒してくれた。


すぐそばの茂みにしがみつくように、僕は手を伸ばした。

葉は柔らかく、棘のある幹でさえ愛しく感じた。

ジャングルの影は、単なる避難所ではなかった。

それは、まるで帰るべき場所のように、僕を受け入れてくれた。


あと数歩。

そして、僕は倒れ込むように影の中へと身を投げた。


喉から漏れたのは、掠れた嗚咽。

まるで、何かが内側で壊れたかのようだった。


世界が静止する。

汗がこめかみを流れ、目に染みた。

肺は裂けそうだった。

心臓が肋骨を叩く音だけが、体の中で響いていた。


でも、僕は影の中にいた。

地面に溶けるように、身を横たえ——


その瞬間だった。

——熱い金属のような、焼けつくような感覚が体を包んだ。


それは喜びなんかじゃなかった。

安堵とも違った。

人間を超えた、何か。

解放。

勝利。

全ての痛み、恐怖、絶望が、この一瞬のためにあったとさえ思えた。


すべては、たった一つのもののために——


一束の、緑の草。

頬の下でシャリシャリと音を立て、光と土の香りが混ざる、それだけのもの。


でも、それが「生」だった。


鼻先の草を見つめながら、僕は——笑った。

最初は、掠れた息のように。

そして止まらなくなった。


笑いが込み上げ、やがてそれは涙になった。

涙は頬を伝い、土に溶けていった。


——こんなに、生きていると感じたのは、初めてだった。

——そして、こんなにも誇らしく思ったのも、初めてだった。

——諦めなかったことを。


それが、ただの草のためだったとしても。


僕はしばらく、そのまま動かなかった。

草にしがみつくように、地面と一体になる。

茎の冷たさ、肌に張りつく湿気、頬の下を這う小さな蟻——

すべてがあった。

すべてが「在った」。


たとえこれが夢でも、死後の世界でも、構わない。

この一瞬には、確かに「生」があった。


どれだけ時間が経ったのか分からない。

一分? 十分? 一生?

やがて、僕はゆっくりと体を起こした。


全身が軋んだ。

一つ一つの筋肉が、二人分の働きをしているかのように痛んだ。

それでも、ようやく考える余裕ができた。


まず目に入ったのは、服の状態。

シャツは背中に張りつき、ズボンは重くなっていた。

汗と埃、そしてたぶん血まで吸い込んでいたのだろう。

腕は傷だらけで、顔にも痛みが走っていた。

あの浜辺でどれほどの時間を意識を失って過ごしていたのか。

胴を触ると、肋骨の下に鈍い痛みがあった。

……でも、骨は折れていない。たぶん。


ふと、思い出した。

——マントだ。

あの時、車の中で巻きつけたままだった。


慌ててほどき、広げて確認する。

……思わず顔が歪む。

もっと早く思い出していれば、あの双星の直射に、ここまで苦しむこともなかったのに。


ポケットを探る。

紙くず、小銭、空になった袋、ボールペンとマルチツール。

役に立ちそうなものは、何もなかった。

食べ物さえ、ない。


腹が鳴った。

その匂いの記憶が、余計に空腹を煽った。


目を閉じれば、まだ肌は焼かれていた。

だが、まぶたの裏にあるのは暗い緑と、命の匂いだった。


僕はジャングルを見つめた。

ヤシの木々は高くそびえ、その幹には繊維と無数の傷が走っていた。

その間には、厚い葉の低木、蔓植物、青灰色の花が咲き乱れていた。

すべてが、湿り気と生命力に満ちていた。

虫の羽音、鳥の鳴き声、風の囁き——

それは未知でありながら、どこか調和のとれた音楽だった。


破壊されることのなかった、この世界の鼓動。


だがその音楽の中に、異物が混じった。

草の間に、何かが走り抜ける音。


全身が緊張する。

その時、目の端に、動きが見えた。


影の中、小さなシルエット。

細長い足、柔らかな毛並み。

玉のような頭には、青と黄色の混ざった光。

二本の触角が光の糸のように揺れていた。


それは羽を広げた。

緑がかった透明な羽に、細かい脈が見えた。

ふわりと舞い上がり、僕の隣の岩に降り立つ。


その小さな体が、じっと僕を見つめた。

大きな黒い瞳。

そこには敵意も、恐れもなかった。


僕は、そっと手を差し出した。

震える指先。

言葉は出なかった。けれど、それで十分だった。


「僕は、敵じゃないよ」——


手のひらを近づける。

触れない距離で。

それでも、伝わるように。


小さな生き物は、少し身を震わせたが、逃げなかった。

その仕草に——僕は救われた。


この世界のすべてが敵じゃない。

少なくとも、今この瞬間、僕はひとりじゃない。


ジャングルの影が僕を包み、小さな命が、僕に希望を与えてくれた。


この世界が、奇妙であっても。

それが「死」ばかりを意味するわけじゃない。

ここにも、「奇跡」が——あるのだから。


目を閉じれば、まだ肌は焼かれていた。

だが、まぶたの裏にあるのは暗い緑と、命の匂いだった。

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