プロローグ
「キロンの双星が最も輝く時、闇の足音が最も近づく」
――エリオンの古き言い伝え
あの夜を思い返す。運命が私の人生を「前」と「後」に切り分けた夜。この世界では、あの時キロンの光は裏切るようにまばゆく、目を焼くように冷たかった。十年――いや、それ以上が過ぎた。今では、あの人生にはひびしか残っていない。そこから、灰が静かに滲み出す。
あの秋、俺たちは三人で「梢の森」へ戻ることにした。懐かしさからでもなく、朽ちた校舎で写真を撮るためでもない。ただ、先生に会いに行くためだった――あの頃、世界を言葉で見る目を教えてくれた人。いまや病に倒れ、ベッドに縛られていた。その名は石ノ森先生。病名は、あまりに日常的で、それゆえに容赦なかった。「癌」。
それが最後の別れになると、俺たちはわかっていた。
あれが、最後の授業だった。
バスターミナルは喧噪とタイヤの音、軽油の匂い、濡れたアスファルトの感触で迎えてくれた。桃色の髪を揺らして笑う蓮花は、まるで何も変わっていないように見えた。大地はいつも通り、寒い冗談を飛ばしていた――笑えないけど、どこか安心できる。
すべてが生きていた。ただ、俺だけが、映画の中に置き去りにされた観客のようだった。そこにいて、そこにいない。昔の仲間と一緒にいても、どこか他人だった。
胸の中が冷たかった。秋風のせいじゃない。別れの始まりがそこにあった――石ノ森先生と、子供の頃の自分と、もう戻れない何かとの別れ。
俺はバスの一番後ろに座った。そこは「静けさを求める者の聖域」だと聞いたことがある――少なくとも、そうであるはずだった。でも、蓮花と大地が座った瞬間に、その伝説は第一カーブで息絶えた。
そして――その向かいに座っていたのは"彼"だった。
無骨な黒いコート。まるで塵と影を編んで縫い上げたような生地。顔は白く、灰から彫り出されたようだった。
そして、目。
その視線には、倦怠、退屈、傲慢――それだけではなかった。
世界中の感情が沈黙のうちにそこに宿っていた。まるで毒だ。ゆっくりと、だが確実に魂を蝕む毒。
バスは震え、車体が軋み、窓の外には針葉樹の森が流れていた。停車と発進が繰り返され、その単調なリズムに意識が溶けていく。
俺は先生のことを考えていた。
紙とインクの匂いが染みついた手。沈黙の中にも意味を持っていたあの声。
……でも、俺の目は、何度もあの男に吸い寄せられていた。
彼の顔ではなく――その奥にある何か。
そして、彼は呟いた。
「おめでとう」
バスの騒音の中だったが、はっきりと聞こえた。
俺は顔を上げ、「何が?」と聞こうとした。
でも、もう遅かった。
次の瞬間、全てが暗転した。エンジンが沈黙し、世界が反転し、俺は自分自身の意識の底に落ちていった。
闇が覆い被さる。喧騒も、怒声もない。
ただ静かで、濡れていて、冷たい。
それは皮膚の下まで染み込み、目覚めの余地を奪っていった。
……そして、年月を経てようやく理解した。
あの旅路は「帰郷」ではなかった。
それは、病よりも恐ろしい「敵」への入り口だった。
目を開けたとき――世界はすでに、別のものになっていた。
今夜、眠れなくて、小説を書き始めました。正直に言うと、これがどこへ向かうのか、まだわかりません。
もともとはロシア語で書いていた作品です。日本語はまだ勉強中ですが、辞書やインターネットの力を借りながら、自分なりに翻訳してみました。
不自然な表現や文法のミスがあると思いますが、この物語を日本語で伝えたいという気持ちは本物です。
最後まで読んでくださって、本当にありがとうございます。