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忘れていた、あたたかい風

作者: 倉紀ノウ

 

  『和風』が体をなでる春。穏やかな春の風を、そういうのだそうだ。

 小学五年生。僕らがもう、しっかりとした社会性を持って、日常的に微妙なかけひきをしていることを、大人たちは知っているだろうか。

 

 半年ほど前から、友達の間でカードゲームが急に流行り始めた。池里優斗は、その流行のカードゲームというものについていけなかった。そのおかげで、クラスで浮いてしまっていた。

 以前は一緒に遊んでいた大成とも、最近は遊んでいない。カードに夢中になっているせいで、カードを持っていない優斗とは疎遠になりつつあった。

 朝、教室に入る。すると、友達が窓際に集まって話をしている。カードゲームの話だろう。優斗はそこへ入っていけない。カードゲームの話なんか、少しもわからないのだ。かといって、他の話をしようとすると、友達は興味なさそうにして、カードゲームの話の続きをしたそうな顔をしている。

 まるで輪の中に入っていけない。邪魔者扱いされたくないので、そのまま席について、適当な本を出して読み始めた。

 いじめられているわけではないのに、自然と仲間外れだ。

 友達の笑う声が背中に刺さる。



 放課後。芝生にランドセルを放って、下校時刻まで校庭で遊ぶのが習慣になっていた。遊ぶ相手がいなくとも、なんとなく遊びを見つけては遊ぶ。

 結局下級生と探検ごっこをしたが、クラスの友達は校庭の隅のほうで話をしていた。相変わらず、優斗の知らないカードゲームの話なんかしているんだろう。あの紙切れを並べて遊ぶのがそんなに面白いのか。

 帰りのことだった。下校時刻も近いのでそろそろ帰ろうと思い、優斗はランドセルを取りに行った。

 大成がいくつかのランドセルをまとめて運んでいた。

 自分の分も持ってきてくれているかもしれないと思って尋ねてみた。友達をやめたわけではないのだから、その可能性もまるでないわけではないのだ。

「ぼくのカバン、ある?」

 別に、他意のない言葉だった。自分のランドセルを大成が抱えているのなら、ランドセルは自分が置いた場所に取りに行く必要はない。行き違いになってしまう。

「あ……、ない」

 大成は少々決まり悪そうに言った。

 それ以上の会話はなかった。

 友達が他人になってしまったかのようだ。

 自分と彼との間にはっきりとした薄い壁があるのを感じた。

『君とは仲間じゃない』

 そう言われているかのようだった。

 大成は優斗を見ないようにして、ランドセルを抱えて向こうへ歩いて行った。


 

 そのことがあったせいで、大成とは一緒に帰らないようにした。向こうがそれを望まないと思ったからだ。だから運悪く帰りの時間が同じになってしまっても、彼がいることに気づかないふりをした。

『自分は景色に夢中になっていて、あと、考え事に夢中になっているから大成がいることに気づかなかったんだ』

 と後から言い訳できるように、なるべくよそ見をしながら道を歩いた。

 彼も優斗の存在に気付いていないかのようにずんずんと歩いた。

 大成が先を歩いているときは、黙って彼の背中を見つつ、決して追いつかないように注意しつつ歩いた。

『一緒に帰ったところで、話すことなんかないんだ』

 大成が先を歩いているとき、優斗は不貞腐れて、心の中で毒づいたものだった。



 全校のみんなで、春の美化活動をすることになった。休日に、道に落ちているゴミを拾うのだ。

 道路に落ちている缶やビニールなどを、目にすることがあった。優斗は日ごろから、道のゴミを無くしたいと考えていた。みんなが面倒がるこの活動に、優斗は乗り気だった。

 休日。ゴミ袋を持っての、美化活動の当日である。優斗はいつも学校に行くよりも少し早く起きて準備をした。両手が使えるようにリュックに荷物を詰め、熱いお茶の入った水筒も用意した。準備は、ちょっとした遠足のようで楽しかった。通学路の他にも行ってよいことになっているので、これはまさしく、ちょっとした遠足だった。

 

 家を出て、まずは学校の方面へ歩こうと思った。空き缶や、お菓子のゴミが道の脇に捨てられている。優斗はそのゴミを袋に入れた。ゴミ袋は、大きめのものを持ってきていた。途中から、いつも入ったことのない小道に入った。道の先はどうなっているのか、優斗は日ごろから知りたかったのだ。小道に入ると、四角く刈った植え込みのある家々が並んでいた。床屋、アパート、喫茶店などもあった。こんな小道にも、自分の知らない人々の日々の営みがあるのかと少々の感激を覚えた。休日の早朝なので、人は少ない。おばあさんが、『おはよう。ごくろうさま』と言ってくれた。

 ゴミを拾いながら、歩いていくと、開けた場所に出た、休憩所が目についたので、座って水筒のお茶を飲むことにした。

 一息ついたところで、拾ったゴミを捨てに行こうと立ち上がった。ゴミ箱は学校の玄関に置かれている。遠足のゴールは学校なのだ。



 学校へ通じる坂道にさしかかった。みんな、もう学校へゴミを捨てに向かう時間だろう。なにかあったのか、向こうに色んな学年の人が集まっていた。その輪の中に、大成もいた。

「どうしたの?」

 優斗は、誰に尋ねるわけでもなく口に出した。

 見ると、たくさんの空き缶が捨てられていた。缶のほとんどが潰されていた。その缶が山のように積もって、道を塞いでいた。

「ひどいなあ。誰が捨ててったんだろう」

「トラックが落としたんだよ、きっと」

 みんな、口々に言った。

「みんなのゴミ袋に入れても入りきらないんだ。優斗、一緒にこれ、持ってってくれよ」

 大成が優斗に言った。なんのわだかまりもないような口調だった。

 優斗は缶を自分のゴミ袋に入れて、入りきらないぶんは抱えていくことにした。

 大成が優斗の隣を歩いている。優斗と同じように、たくさんの缶を抱えて歩いている。

 なんだか不思議な感じだった。二人はしばらく無言のまま歩いた。それでも、悪い感じはしなかった。気まずい沈黙ではなかった。大成も、そう思っているに違いなかった。

 二人で学校まで歩くのは久々だ。

 なにか話すことはないかと、優斗は話の種を考えていた。すると、大成が口を開いた。

「これ終わったら、カード、教えてやるよ。余ってるのあるから、お前にやる。そうしたら、カード一緒にできるだろ」

 そう、大成がボソッと言った。

 

 心にあたたかい風が吹くのを感じた。

 くすぐったいような、気恥ずかしいような感情が湧いてきた。

「おお」

 優斗はただ、それだけ言った。それだけしか言えなかった。




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