八 頭痛がしてくる諸問題
大変な権力者である光源氏……源氏の大殿と朱雀院鍾愛の三宮の姫君。
聞いていてあたしだって大問題だと思う年の差だった。
四十近い男の人、もうじじいと言われるような年齢の男性と、うら若き結婚適齢期たる我らの菫子様の結婚とは。
どう考えても感覚の違いその他で、決裂する夫婦生活では無かろうか。そうとしか思えない。
大体においての問題は。
「どれくらい、源氏の大殿がその、内々でとても大事にしている人と、うちの姫様を天秤にかけた時に、うちの姫様を優先してくれるか。……そこの所は」
あたしの心の中で問題だろうと指摘してきたのはそこだった。
ここ何年も宮中に暮らさざるを得ない身の上だったあたしは、さすがに色々知ってしまっているのだ。
夫婦生活の決裂に至るあれやこれやそれを。
それは耳がでっかい鬼の皆様から聞きかじった事あれこれそれも大きいけど、まあ田舎だって夫婦が冷たい間柄になってじわじわと離縁の道をたどるのはありふれていた。
田舎ではその後すぐに再婚しても、よほどの事情を抱えなければ、誰も後ろ指を指さない環境だったけれども、あたし達の大事なお姫様はそんな簡単に、次々と男を変えるなんて真似は誰にもゆるしてもらえない。
そうなると、ないがしろにされた場合に悲惨なのは、菫子様のお立場だ。
夫に大事にされない、夫の家に迎え入れられた女の人がたどる道は大体決まっていて、家の人間にないがしろにされる、粗末に扱われて重んじられないという未来だ。
そうでないのは、よほどその女の人が人心掌握術に長けていて、家の人間の心をがっちりとつかみ、夫に逆転が出来る場合である。
そうではない、家に迎え入れられた立場の女性の場合は、夫からほかの女性よりないがしろにされて、周りがそれでもちやほやとお仕えするなんて事はそうそうあり得ない。
その家で一番の権力者が、その夫である場合が大きいからだ。
これが、女性の生家で夫を待つという立場なら、たとえないがしろにされていても、両親や兄その他がそれなりに扱ってくれるし、婿殿の位が高ければ高いほど、女性を大事に扱ってくれると相場が決まっているので、悲惨な運命はたどらない。
だが菫子様が結婚するとなったら、それは宮中から出て行き、夫の家に行く事を意味するわけで、なかなか大変な世界である。
「そう、問題はどう考えてもそこなのですよ、蔓紫」
みやすこさんがため息をつく。ため息をつく彼女はびっくり仰天といった具合の美女で、数多の男性貴族達が言い寄ってきていても、全部切って捨てる強い女鬼だ。
彼女はもう恋愛はたくさんというのだから、生前は恋愛によって苦しんできた身の上だったのだろう。
「私の知り合い達に聞いてみたところ、どう考えても、源氏の大殿は長年連れ添ってきた、幸運なその女性よりも、姫様を優先してくれるとは思えないのです」
「そりゃそうだ」
「人間、理性だけで生きてねえもんな」
「お前達、口が悪い。もっと上品にお話しなさい」
「はーい」
女童達に化けている小鬼達が、またぴしゃりとみやすこさんに怒られて首をすくめた。
大体皆口が悪い傾向にあるのが、この殿舎の小鬼達である。おしとやか口調の生活よりも、雑かつ荒い口調の生活の方が遙かに長いから、皆で集合している時は地が出てくるのだ。
「きっと、その女性が病に倒れてしまったら、何もかもを忘れる勢いでその方の看病をして、菫子様は放っておかれてしまうに違いないわ……」
そんなの耐えられないと言う調子のみやすこさん、だがそれはあたしも同じだ。
菫子様がそんな扱いになるなんて耐えられない。
だったらどうするべきなのか。
小鬼や女鬼の皆と夜遅くまで話し合っていたけれども、正解になる答えは、悲しい事に婿捜しという我々にはどうにもならない世界だった結果、出てこなかったのであった。
そして朱雀院は、あれやこれやと源氏の大殿を言いくるめたか何かして、菫子様を嫁入りさせる事を了承させてしまった。
その間にも、朱雀院は自分の出家のための身辺整理を行い、由緒のある物は皆菫子様宛にした。それはほかの姫宮達には、強力な後ろ盾が有ったからともいえるだろう。
菫子様はそういった後ろ盾が無いのだ。
何故ならば、お母様である藤壷女御様は、先の帝である桐壺帝の最愛の中宮、藤壷中宮と異母姉妹で、中宮は母親の身分も高く生前、何にも困らなかったけれども、藤壷女御は母親の身分が更衣と低く、その身分的立場の違いは歴然としていたのだ。
そんな女御のご両親は現在は死んでしまっていてどちらもいないし、その後ろ盾になってくれる有力な親戚も居ないし、藤壷女御は身分がなまじっか高いから、入内したけれども色々失敗した感のある女性なのである。
そういう母君を持つ菫子様が、自分以外に頼る相手の居ない心細い娘だから、朱雀院もかなり気にして大事に扱っているというわけでもある。
そういう人だから、多少あれこれを優遇しても問題ないと言うのが朱雀院の考えで、それゆえ鍾愛の姫とされるわけだ。
教育とかは皆鬼の皆のおかげだけどな。特にみやすこさんの力のおかげだけどな。
さてはてそんな外部の動きの中で、菫子様は着々と裳着のための準備を行い、裳着からすぐ源氏の巨大邸宅である六条院に行くという事になった。
そこまでは喜ばしい、だが……
「なんで! どうして! 私以外の皆さんが! 着いてこられない!!」
私は菫子様の前で地団駄を踏んで叫び散らしかけた。まだ地団駄は踏んでない。
朱雀院は何を思ったのか、それとも乳母のおばさまの何か良くない言葉があったのか、皆味方の鬼の女房の皆さんも、女童の皆さんも、一緒に六条院に行くなと言い出しやがったのだ。
その代わりに、身の上の確かな女性達を新たに女房や女童につけると言ったそうだ。
……鬼だって事でそういう扱いになったわけではなさそうと言うのが小鬼の斥候部隊の調べた中身だ。鬼にかかれば機密も筒抜けであるので、これは間違いなさそうだった。