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四 子どもだけでは


先手を打たれた。あたしがそう思って舌打ちしたくなったのは、仕方の無いことだと思う。

今に見ていろ、絶対にお姫様にご飯を用意するんだと心に誓って、とにかくこの建物の中じゃ、味方になってくれそうな人がいないというか、おばさますらあたしのことをかばえない状態だから、外に出なくちゃ、と思っていたのが女房の人達に気付かれたのだ。


「陰陽師の占いにより、これから姫宮は物忌みに入るのですよ」


そう女房の一人が言うやいなや、お腹がすいたのか、それとも寒いのか、ふるふると震えていた姫様の腕をぞんざいにつかむやいなや、塗り籠めの中に連れて行ってしまったのだ。

そうしてこっちを見て、醜い顔で笑ってこう言った。


「お前、まさか姫宮だけをこの塗り籠めの中に居させると言うのですか?」


「わたくし達は女房として、お世話係としてあれこれと外に出たり入ったりしなければならない身の上、まさかお前のように、姫宮の遊び相手が、姫宮一人をここに残すと?」


あたしはまだ子供で、それに対してのうまい言い方が見つからなかった。

でも、一つだけはっきりしていたのは、お姫様をこんな、暗くて寒い塗り籠めの中に、一人で居させられないってことだった。

だからあたしは歯ぎしりしたくなりながら、それでもぐっと言いたいことを飲み込んで、心配そうな顔をして、上臈女房達に逆らえないまま、こっちを遠くから伺っているおばさまのことも見てから、頷いたのだ。


「お姫様だけを、ここに残したりしません」


「では、入りますよね?」


子供が引っかかったという気持ちで居るんだろう。彼女達をあたしは子供だけど思い切り睨み付けて、お姫様の居る塗り籠めの中に入ったのだった。




塗り籠めは元々、寝るための部屋として使われることの多い、周囲に壁がある空間という奴だ。あたしの暮らしていた村ではお目にかかったことのない空間でもある。

そこでお姫様は、ぼんやりと扉の方を、ただ座って見つめていた。

やっぱり空っぽの目をしていて、ご飯を食べる前に、あたしの頭を触っていた時とは、ちょっと視線が違う。

この子がぼうっとしてばかりなのは、お腹がすきすぎているからじゃないだろうか。

あたしはそんなことも考えちゃったんだけれど、お姫様はあたしを見て、目を瞬かせた。

とても不思議そうにあたしを見て、こう言ったのだ。


「あなたは、入ってきてくれるの? 誰も一緒に物忌みを明かしてくれたことがないのに」


「……お姫様、ずっとひとりぼっちだったの」


「ひとりぼっちとはなあに?」


お姫様は、ひとりぼっちっていう言葉の意味も知らないで、今日まで来てしまったのか。

そういった、いかに周囲が無関心で、お姫様を扱いやすいように扱っていたかが伝わってきて、あたしはひとりぼっちの意味を言えなくなってしまった。

だって何て言えばいいのだ。お姫様に、あなたはずっと誰からも気にしてもらえないで、一人っきりだったのか、なんて、こんな小さな女の子に自覚させたいかって言ったら、それはとても残酷な仕打ちのようにも思えたのだ。

あたしには、現実を、こんなに小さくて、大変な目に遭っていて、ご飯もろくに食べさせてもらえないのに、やんごとない身分ってことにされている子に、言うことが出来なかった。

そういった感情がぐちゃっとして、あたしはお姫様の前に出て、その、ご飯にもあまりありつけないから冷たく冷えた手を、ぎゅっと握ってこう言った。


「何時か教えます。……でも、これからは、あたしがお姫様の傍に居るから。寒くっても、一緒なら暖かいよ」


「……」


お姫様はよくわかっていなさそうな気配しかしなかった。でも、あたしにひっついて、よりかかって、ただぽつんと。


「つるはぬくぬくね」


小さくそう言ったのだった。





お腹がすいた。何しろあたしはお姫様のお下がりのお膳のおこぼれももらっていないし、お姫様にご飯をと主張して、叩かれそうになったけれども、その間ご飯とか食べるものをもらっていない。

つまり早朝に食べたっきりで、それ以降は何も食べていないと言う状態だ。

これでお腹がすかないわけがない。子供なんてすぐにお腹がすく生き物だ。

あたしはそれでも、お姫様を不安に思わせないように、唇を噛んで、お腹がすいたと言う気持ちを耐えていたのだけれども、上臈女房達は、誰一人として、あたしのお腹がすいたって言う感覚を考えちゃくれないみたいだった。

……きっと、お腹がすいてすいてたまらなくなったら、泣きついてきて、そうしたら思うままに扱って支配できるようになる、と考えたに違いない。

それは、小さい子を意のままに操るには十分に使える方法だ。お腹がすいたを、操れれば、大人だって時には言うことを聞くんだから。

あたしはそれでもこらえてこらえて……何しろ村だったら外を歩き回って食べられるものを探して食べてた……お姫様を抱き締めていた。

もうこのまま夜が明けても、物忌みっていう理由で出してもらえなかったらどうしよう、何日ご飯を抜けば、彼女達の気が済むだろう、とか考えていたあたしは、この時、予感が的中するなんて、考えもしなかったのだった。





「お水はもらえるのよ。だからいいの」


「お姫様……もう二日も食べ物を塗り籠めの中に入れてもらってないよ……」


「物忌みは食事も抜くのだと、皆が言うわ」


お姫様の日常の中の物忌みが、あまりにも過酷で、あたしは思いきり引きつった。

上臈女房達は、団結してあたしも、お姫様もいいように扱えるようにしつけてるつもりなのか、塗り籠めの中に、食べ物を入れてくれないのだ。

さすがにおまるの処理はしてくれるけれども、外に出ようとすると、容赦の無い動きで塗り籠めの中に押し込まれていたのだ。

お姫様はこれがいつものことなのか、何の感情もうかがえない瞳で言っているけれども、それが異常だって、あたしが田舎者でもわかることだった。


「物忌みだって、ご飯は抜かないって……」


「皆そういうの。姫宮はお生まれになるときに、お母様が亡くなっていらっしゃる穢れがあるから、物忌みはしっかり行わなければならないと」


「そんなのって絶対におかしいよ」


あたしの言っていることは、お姫様にとっての常識とは違うからか、いまいち心にしみこんでいないみたいだった。

……くらい場所で、ご飯も食べさせてもらえないで、都合のいいもの扱いされて、このお姫様はどれくらい我慢し続けていたんだろう。

我慢ってこともわからないくらいに、それがいつものことだったんだろうか。

あたしはそれを見るだけで、涙がこぼれたり、悲しくなったり、悔しくなったりしているのに、お姫様はわからなさそうでそれが、一層悲しかった。


「あたしよりも、お姫様にご飯を食べさせたいんだ、あたしは」


「お水があるから大丈夫よ」


お姫様はそう言って不思議そうな顔をするから、あたしはわんわんと泣きたくなった、その時だったのだ。


「また藤壺では姫宮いじめをしてんのか」


「してるなあ、かわいそうな御姫さんだ」


「俺達の姿なんて見えっこないのがつまらないなあ、悲鳴の一つもあげられない」


……物陰から、あたしはそんな複数の、子供っぽいのにざらざらした声を、確かに聞いたのだった。


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