三 杜撰なお世話
あたしはこれまで、雛遊びと言われる貴族の娯楽なんて知らないで生きてきた。
だってそんな暇があったら畑を手伝えと言われたり、炊事を覚えなさいと言われたり、縫い物を覚えておいた方が損しないと言われたりしてきたからだ。
それに、あたしは遊ぶような時間が出来たら、近所にいるのが男の子ばっかりで、女の子はもうあたしと遊んでくれないような年上か、よちよち歩きの赤ちゃんだったから、男の子としか遊んだことがない。
あたしが知っているのは、外を駆け回って虫を捕まえて、それを飼ってみたりする遊びとか、魚釣りとか、食べられる野草探しとか、そんなのばっかりだ。
お花を摘むって言うのは、男の子達が近所のいい年頃の男の人に、意中の女の子を口説くために探すのを手伝ってくれとか言われたので、経験はある。
でも本当に、あたしが知っている遊びって外遊びと言う奴で、これはきっとお姫様とやったらまずそうだな、位は、一晩のうちにみっちり色々言われたので、想像がついたのだ。
このすごくきれいな女の子と、あたしは何をして遊んだらいいんだろう。
そう思って、あたしはお姫様が飽きるまでずっと、髪の毛を触らせていたのだけれども、彼女はずっとそうしている。
なんだか、とっても安心する物を、ずっと触っていたい赤ちゃんみたいだ。
だからあたしは、子守の手伝いのことを思い出しつつ、彼女にもう少し近付いて、軽く抱きよせてみたのだ。
「よしよし、いい子いい子」
これは、あたしとお姫様以外に、このあたりに誰もいないというか、女房達が誰もあたし達を見ていないからやれたことだ。
見られていたらきっとこっぴどく怒られたに違いない。
でも、お姫様に対する無関心からして、怒られないで放っておかれたかもしれない、でもそれは今はわからない。
「……」
お姫様は、あたしみたいな同じ年の女の子だけど、体格が歴然として違うっていう相手におとなしく抱っこされて、目を瞬かせていたけれど、嫌だって言わなかった。
不愉快だとも言わないで、ただ、こてん、と頭を預けてくる。
「……」
大丈夫だろうかと思いつつも、あたしは彼女の様子を見ながら、しばらくそうしていたのだった。
お姫様は、あたしの腕の中ですやすやと寝てしまった。なんだかその寝ている感じが、とっても気を許した様子にも見えて、彼女があまり他の人に大事にされていなかったんだなと思うものがあった。
ここに至るまで、だーれも様子を見に来ないのだもの。おばさまはどこにいったのだと思うけれども、おばさまも近寄れないのだろう。
……数えで、お姫様とあたしは同じ歳だって言われたけど、この手触りは、あたしより二つは年下の女の子の手触りなんだよな……ってことはこの子、四回しか年を越してないのか?
華奢でか弱そうな体を見るに、それもあり得そうで、こんな小さなきれいな女の子を、女房の皆さんが誰も大事にしていないのが、めちゃくちゃ腹の立つことだった。
あんた達の女主人だろうが、と思うのだが、その女主人が何も仕切れないお年だから、なめてかかってんのかもしれない。こう言うのは女主人の方が強気に出ないとなめられる世界だって、知り合いが口にしていたことがあったし、うちはかかあ天下だった。それで夫婦円満で生活していたんだから、強気になれる人の方がいいのだ。
でもこんな小さな女の子に、それを求めちゃいけないだろう。
「……あたしが守ってあげる」
妹と考えてもいいくらいに小さな、同じ歳のはずのお姫様。半日この宮中にいるだけで、皆から放置されているってすぐにわかってしまった、空っぽの目をしたお姫様。
誰も守らないでいるんだったら、あたしが守ったっていいだろう。
「……守るには、教養ってものが物を言うって、きどうが言ってたよね」
あたしは村のある出来事で知り合った、宮中とかの噂とか情報にも詳しい、知り合いを思い浮かべた。きどうが言っていたのだ。
誰かを守るためには、教養とか知識が物を言うから、それが手に入る環境だったらたっぷり吸い込んだ方がいい」
って。
あたしは見た目だけで出遅れているに違いない田舎者で、でも田舎者だから、皆なめてかかっているから、低姿勢でお願いすると、皆馬鹿にしながら、何か行動をするはずだ。
馬鹿にして、何もしない人と、力を貸してくれる人で、お姫様のために慣れそうな人を、見つけ出すのも、出来ない話じゃ無いんじゃ無いかと、その時思ったのだった。
「……やっぱり小さい」
あたしはお姫様を御帳台の上に寝かせて、上から上着をかぶせながら、あたしでも簡単にそう言ったことが出来る彼女は、普通よりもずっと小さいな、と改めて実感したのだった。
お姫様は、ご飯もあんまり食べないみたいだった。食べないというか、食べさせてもらえないというか。
食べようとはするんだけど、
「高貴な姫君はたくさんのものを食べてはいけません」
と言う女房達の言葉とともに、たっぷり盛られたお膳は下げられて、それをぼんやりと眺めている状態なのだ。
もしかしたら、いっつもこうなのかも。
あたしは、お姫様の下げたお膳の中身を、女房達がおいしいおいしいと喜んで食べているから、馬鹿な子供って感じで聞いてみた。
「お姫様がお腹すいちゃうよ」
「雅な姫宮というものは、ご飯を食べないものなのですよ」
「そうですよ。それがこの国で最も高貴な身分の、帝から生まれた姫宮様です」
「だってお姫様だって、お腹すいちゃうでしょ。皆様はお姫様のあまりをいっぱい食べてるのに、どうしてお姫様が食べちゃいけないの」
「小生意気な小娘ですね。大体お前は本来、私達上臈女房の女性に、むやみに話しかけられる身分ではないのですよ。口を慎みなさい」
「だって」
「生意気に過ぎますよ!」
さすがにそれって無いんじゃ無いか、だって田舎では小さい子供にいっぱいご飯を食べさせて、大きくなあれって言うのに、と思って一生懸命に抵抗すると、あたしに向かって、上臈女房身分を名乗る女性の一人が、手を振り上げた。
あ、叩かれるとはすぐにわかったから、あたしはその手をすり抜けた。
「なっ!」
「身の程知らずのくせに!」
「あんた達がお姫様にご飯を食べさせないなら、あたしがお姫様にご飯を食べさす!」
手をすり抜けて言い切ると、彼女達は本当に馬鹿な子供を見る顔をして、こう言った。
「お前のような子供に、何ができるというのでしょうね」
……言ったなこの野郎。目に物見せてやる。
あたしはそう決意して、お腹をすかせて震えているだろうお姫様の元に戻ったのだった。