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二 空虚なお姫様

「ねむたい」


「我慢しなさい。これからあなたはお姫様の所に行くのですから」


一晩徹夜状態で色々聞かされていたから、あたしはとっても眠かった。でもおばさまはぴしゃりとそう言って、あたしは眠い目をこすりながら、うとうとしたくなる頭をなんとか動かして、また牛車に乗って、今度は宮中という魔境に連れて行かれたわけである。

昨日の話を聞くだけでも、宮中って魔境。鬼が出てきても何にも驚かないくらいの魔境。魑魅魍魎とかわらわらしてても、叫ぶのが馬鹿らしいんじゃ無いかって位の魔境。

牛車はもうもうと牛が鳴いているままに、あちこちの門をくぐって、女房とかの役職の人が降ろされる場所で降りるように言われた。


「中には入らないの?」


「中まで牛車を入れることが許されていらっしゃるのは、大変身分の高い方々のみですよ」


「そうなんだ」


そういう所でも、特別待遇ってわかるようにされてるんだなと思いつつ、あたしはあくび混じりに庇を歩き、顔を一生懸命に隠しながら移動するおばさまに連れられて、その場所に来たのだった。

その場所は藤の咲く場所で、なるほど藤壺とは藤の咲く坪というわけだと納得する見事な藤である。

そこに来たおばさまに、おばさまよりも、もちろんあたしよりも贅沢だってわかる、素敵な女房装束を着た女性達が言う。


「連れてきたのかしら」


「色の黒い娘ねえ、田舎者という風だわ」


「髪の毛もうねっていて、本当に不細工な娘だわ」


「でももう他に候補がいないのだから仕方が無いわ」


女性達はあたしを見てから笑って、そんな感想を口にする。別に事実だから傷つきもしない。日に焼けているのは、毎日畑仕事を手伝わされた後に、近所の男の子達と遊び回っていたからだし、髪の毛がうねっているのは、これは生まれつきだからどうしたってまっすぐなつやつやの髪の毛になりっこない。

気にしても無駄だし、この髪の毛を気に入っている知り合いもいるので、知らない顔の人達に笑われても、ふうん、そうなんだ位にしか思わなかった。


「皆様、お待たせしてしまい申し訳ありません」


おばさまはそう言って、どこが悪いのかわからないけど謝罪した。それに女性達は言う。


「あらあ、いいのよ。どうせあなたの娘だもの、期待はそんなにしてないわ」


「お姫様がお言葉を発することが出来るようになれば、いい程度の人選よ」


「……?」


まるでお姫様が言葉を話さない様な口ぶりだ。おばさまもこの事は知っていたのだろうか。

ちらっと見たおばさまは、硬い顔をしているのが扇の裏でも伝わってくる。


「さあさあ、娘、お姫様にご挨拶をして、中に入ってちょうだい」


女性達はそう言うから、あたしはとりあえず御簾の向こうにいるらしい、お姫様に向かって座って、昨晩仕込まれた丁寧なお辞儀をした。


「お初にお目にかかります、乳母子の蔓紫と申します、今日からお姫様のお遊び相手を務めさせていただきます」


御簾の向こうで何か動きが無いか、と気配を探ってみても、何にも変化が無い。

でも、御簾の向こうから


「ではお入りなさい」


と言うそれなりの年配の女性の声がしたので、あたしは中に入って、お姫様と対面することになったのだった。





御帳台の上に、そのお姫様は座っていた。つやつやの振り分け髪で、見たことの無い天上のお衣装の様な目もくらむようなお衣装を身にまとって、そこにお姫様は座っていた。

見た目は抜群に高価な物をまとっている、ちやほやされたお姫様だろう。

でも。

その目は、光の無い真っ暗闇の両目をしていた。この目を、あたしは知っている。数年前の川の氾濫で、家も家族も畑も、皆なくなっちゃった男の友達が、立ち直るまでしていた目ととそっくりだったのだ。

この世のどこにも、自分のいる場所なんて無い、生きていくところなんてない。望みなんて何にも無い。

そういうことを、子供なりにぼんやりとでも思っている子の目だった。だからあたしは。


「お姫様、これからよろしくね!」


周りの誰もが、悲鳴を飲み込む気配がしたけれども、お姫様に無作法だろうけど近付いて、目の前に座り込み、顔をのぞき込んで、彼女の膝の上にのせられた手に、自分の手を乗せて、にぱっと笑いかけたのだ。


「……」


彼女はそんな真似をする非常識な相手に、出会ったことなんてきっとない。昨日徹底的に言われたことからも、お姫様がちやほやされるか放置されるかの二択の生活で、こうしてしゃべり掛けてくる無作法なんて会ったこと無いってわかってたから。

でも、あたしはお姫様の感情をなんであれ、見てみたかったのだ。

彼女は、あたしをじっと見て、目を瞬かせて、そして。


「!」


「なんと!」


両手を伸ばしてきて、あたしの頭を触って、不思議そうにこう言ったのだ。


「あなた、御髪がもわもわね」


後から知ったことだけれども、お姫様が自主的に何かを口に出すことは、この六年間ほとんど無かったことだったらしい。言ってもはいとかいいえとか、それくらいで、自分の考えを何か言おうとしたのは、この時が初めてだったのだ。

そんなのあたしは知らなかったから、うん、と頷いて、こう言った。


「お前の髪の毛はヤクみたいだ、って言った知り合いもいるくらいには、もわもわだよ。嫌い?」


「……ううん、好き」


「そっかそっか」


お姫様は不思議そうに、あたしのもわもわの髪の毛を触りながらも、手触りがお気に召したのか、そう言った。

周囲は沈黙していて、そしてあたしとお姫様を残して、いつの間にやらおばさますらいなくなっていたのだった

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