十一 大将のお手紙は鬼風味
たとえ下々の身の上でも、結婚する場合には歌のやりとりがある。歌垣とかと、親経由の縁談がよくある話だ。
あたしの場合はなんとなくどれとも違う気配になってるけれども、六条院に住み込みの飯炊き女というわけで、隅っこに部屋があるのがあたしである。隅っこというのは本当に近くに乾物などが干してある物置の脇の、建物である。本当に隅っこであるわけだが、常駐飯炊き女というわけなので、こういう形だ。
小鬼の皆さんがあれこれと、春の殿の桜子様周辺の事を注意してくれているから、もしもの事が有る場合には即座に駆けつけられる距離でもある。
話はそれたが、結婚に戻ろう。
あたしは育ちが宮中である。と言うのが正しいのか間違っているのか分からない物の、桜子様と過ごしてきた日々と知識と経験がある。
そのため歌のやりとりが多少はあると言う方が、形式的にありがたい。
それを小鬼も、小鬼達の大将も理解してくれた様子で。
「うわあ……ちゃんとした手紙だ……」
形式張って送られてきた手紙の綺麗さに、ちょっと涙が出そうになった。綺麗な手紙をもらう立場になった事がないから、いざこういう手紙が来ると、ぐらっとよろめいてしまう心境がおわかりだろうか。
女の子は綺麗な贈り物が嫌いじゃない。よっぽど嫌いな相手から送られてきた悪趣味な物だったらなんとも言えないけれども、綺麗な季節を考慮した色味の薄い紙に、書かれた歌が有ると綺麗だなと素直に思う。
その歌の中身が、ああ、鬼だな……人間じゃないな……と思ったとしてもだ。
「このど直球な婉曲のない感じが……人間同士の腹の探り合いみたいなのと違うな……」
「人間ってややこしいだろ俺等ああ言うの好きくない」
「人間って何であんなに遠回りに曲解してくれって感じのを書くんだ?」
「俺等の大将は俺等基準だからな……」
あたしはやっと仕事が一段落したから、手紙を広げて、脇からそれを覗いてくる小鬼の皆さんにあれこれ言われていた。
「でもさすがに……一番はじめの手紙の時点で、共寝をしたいってまっすぐ来るのは人間の感性じゃない」
「人間は共寝したがるのにそこ遠回しだよな」
「一発やらせろってののなんであんなに紆余曲折するかね」
「……嬢ちゃんちょっと嫌になった?」
小鬼達の一人がぼそっと言った事で、小鬼の皆さんがはっとした顔であたしの方を見た。
あたしがこれで、失望したとか言って小鬼達の大将をふっちゃったらと、思ったんだろう。
気持ちは分からないでもない。歌があまりの出来の悪さの場合は、男女関係が消し飛ぶのが人間の貴族のあれこれそれである。
ただ……あたしは手紙にもう一回目を通した。
手紙は率直な表現で、
ずっとずっとあなたと夫婦になれる時を楽しみに待っていました、共寝が出来る夜が待ち遠しいです
と言うのを、頑張って貴族的な流麗な表現にしようとひねったんだな……と技巧的にもよく分かる書き方がされた手紙だった。たとえ表現とかその他の事が無いあたりが、実に人間の書いた物じゃないって分かる中身である。
あたしはその手紙の文字を指でなぞった。
小野小町だって百夜通いが成立していたら、ちゃんと約束を守るつもりだったという。
それになぞらえるわけじゃないけれども、あたしはちゃんと約束を守ってくれる小鬼さん達の大将に対して、最初から割と好意的だ。
お嫁さんにめぐまれないというか、なかなかその始まりすら持てないという小鬼さん達の大将が、やっと、やっと手紙を送ったりと、あたしに対して積極的な行動取れるようになってうれしいんだろうなと言うのも、手紙から伝わってくるわけだ。
だから。
あたしはその手紙の端に、ぎりぎり飯炊き女でも持っている筆と硯で、返事を書いた。
「おお、肯定的なお返事だ」
「大将が小躍りしそうなお返事だ」
「でも今すぐってのが出来無いのつらいな」
「人間は夜じゃないと共寝しないからな」
お返事は丁寧に、こういう中身を書いておいた。
あなたに会える夜を楽しみにしています、でもその夜が今日じゃない事も残念に思われます。
女性からこんなに積極的お返事をするのは、もう即座にいいですよの印だ。
今まで、たくさんの小鬼とか物の怪とかに、あたしと桜子様を守ってくれるように手を回してくれていた小鬼さん達の大将を、あまりにも待たせすぎたよな、と言う思いもないわけじゃないのだ。
六条院で桜子様がどんなお気持ちで日々を過ごすかは全く分からないけれども、……これはあたしの打算になるが、常勤飯炊き女を、自分の女にしたがる下男とかもそこそこ居るみたいなのだ。他の常勤飯炊き女仲間の女の子が、言い寄られていたから。
あたしは、その時に、迂遠に断るのではなくて。
夫が居るんで浮気ダメ絶対、と主張して拒みたいのだ。
法的に浮気は結構罰則強いし。
さて、こんな積極的な中身を書いたのを、手紙を持って行ってくれるという小鬼の一人に渡すと、小鬼の一人はにんまりと笑った。
「大将が俺達にあれこれご褒美をくれるぜ」
「長かった、大将の嫁取りに至るまでがめっちゃ長かった」
「百年単位だった、しょうがねえけど」
小鬼達は沸き立っている。大将がどれだけそういう事にならなかったかが透けて見える喜び方だが……一個だけあたしは念を押した。
「あたし、桜子様を見守りたいから、大将の所に同居は無しよ」
「ちぇー」
「言うと思ったけど、ちぇー」
「大将の御殿に連れて行けたらなーと思ったのに、ちぇー」
「あんた達連れ去りはだめだから! あたし桜子様のそばにいたいんだからね!」
念には念を押すと、小鬼さん達はけっけっけと笑った後に、手紙を届けに行く数名が、ぱっと姿を消したのであった。
それと入れ違いに、春の殿の方を見ていた小鬼が複数やってくる。
「どうだった」
「紫の上が心痛ひどそう。顔色めっちゃ悪い」
「でも表面上は何でも無い感じを装ってる」
「桜子様を呪ったりたたったりする感じは?」
「なさそう。そもそも紫の上にそんなのの人脈ないし」
「本人の生き霊が飛ぶ感じもなさそう」
「……桜子様の方は」
「源氏の大殿がなかなか来なくても気にしない感じ。でも周りの女房達が文句言いまくり。新婚って事になってるからな。親子ほどの年の差でも」
「……桜子様の周りの女房はどんな感じ?」
「浮き足だったお遊びに夢中な感じで、割と大多数が軽薄な感じで、おしゃれとかに熱心だなあれは」
「桜子様はそんな女房達とうまくやってる?」
「意思疎通の不一致が大きそうだぜ。桜子様はもうおひな様遊びに夢中じゃないのに、それをさせたがる女童達」
「桜子様、本当は琴を練習したいんだけど、師事できる相手が誰も居ないから悲しそう」
「みやすこ姐さんがうまかったよな、あれ。みやすこ姐さん、辞めさせられたからこっち側でのんびり暮らしてるけど」
「源氏の大殿にどうやって、お姫様のご希望を伝えるかだよなあ」
「な-」
「くそ、あたしにもっと身分があったら!!」
地団駄踏んだあたしを見て、小鬼さん達が言う。
「あんた、なんだかんだ言いつつ音感さえてるもんな」
「耳が鬼くらいいいもんな」
「……なあなあ、こうしようぜ」
小鬼さん達がこそこそと言った計画を聞いて、あたしもにんまり笑って見せた。
「それで桜子様のそばに上がれるなら、やるに決まってんじゃん!」
こうして、あたしの、古ぼけた琴を夜に、いかにも風雅にかき鳴らす作戦が、決行される琴が決まったのだった。




