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十 お嫁入りは問題山積み!

年が明けた。年が明けてなんやかんやと源氏の大殿の所には、養女の玉鬘さんが若菜を差し上げに行ったり、華やかな行事もそこそこあった様子だ。

その他にも、桜子様の裳着が執り行われたりした。あたしはそれを関係者として見守りたかったというのに、もうお前には用事なんて無いと言わんばかりに、宮中を追い出されたので、鬼の皆から聞いた様子しかわからない。

そう、あたしは桜子様の成人の儀式である、裳着が執り行われる前に、宮中を追い出されたのだ。

あたしは追い出されたけれども、あたしの実の母である乳母の立場のおばさまは追い出されなかった。おばさまは見る人がちょっとはっとする位には目鼻立ちの整った人なので、見目麗しいと言う事を宮仕えの条件とした朱雀院のお眼鏡にかなった事、そして年齢を重ねて物慣れた人で、桜子様をこれからも助けるだろうと思われたからに他ならない。

あたしが誰よりも桜子様を思って行動したのに! と地団駄を踏んでも仕方が無い。おばさまにまるで似なかったこの姿を恨んでもどうしようも無い。そもそもあたしはこの姿を恨んだ事など過去一度も無い。桜子様が、ふわふわと言ってお気に入りだったのが、不美人の象徴のようなくせっ毛なのだとしてもだ。桜子様のお気に入りの箇所を、恨むなんて思ったりしない。一番近くに居る綺麗なお姫様が、ふわふわ、とごきげんになって櫛を入れていた髪の毛を、大嫌いだとは全く思わないのがあたしである。


「飯炊き女はうまく入れたな」


「あれこれやった甲斐があるって物よ」


「口利きどうもありがとう」


「いいって事よ。これであのお姫様が六条院に来て、平和に夫婦生活を始めたら、いよいよあんたの所に、俺達の大将が求婚を始められるってわけで」


「俺達はこの話を聞いた大将から、何が何でもあんたの就職がうまい事行くように指示出されてるし」


「あんたが約束を破るって言う事をちっとも考えていないって、今回のごたごたでよくわかってうれしいし」


「当たり前でしょ、桜子様のためにした約束だもの。あたし、約束は守る女よ」


鬼相手だとしても、約束を破るなんて思われたのは心外だ。あたしは鬼達が過去一度として約束を破ったりしなかったんだから、あたしの側だって約束を破るなんてしないと決めていたわけである。


「でもなあ、あんた雅なあれこれいっぱい知ってるだろ? 女房連にいっぱい来てた浮気のお誘いの手紙とか、あれこれ見てきたから目が肥えてるだろ? うちの大将が雅やかじゃ無いとかそういうので、気に入らなかったらどうしよう」


「男に大事なのは誠実さです。そして身の丈をわきまえて、きちんと女性達と関係を持てる頭の良さです。そもそも一番大事なのは、自分の大事な女性をしっかりと守り切る根性と心配りです」


「……身にしみてそうな言い方してるよなあ」


あたしはこくこくと頷きつつ、野菜の皮を剥いている。野菜の皮の煮物は、下女達のご飯になるわけで、気持ち分厚く剥いている。包丁とか、もう使えなくなったと思っていたけれども、意外と過去の経験からそれなりに扱えていてありがたい。

今は飯炊き女として、下働きとして働いている。通いの人が多い中、この六条院の、春の殿に常駐する飯炊き女なので、夜中に男の人達が腹が減ったから何か食わせろとか、そういう無茶ぶりをするのにも答えなくてはいけない係だ。

そういうのがあるから、飯炊き女も通いになる方が多いのだ。皆自分の時間が多少は欲しいという訳で。

野菜を調理して、魚とかも捌いて、汁物の準備をし、あれやこれやそれや……毎日がそう言った食事のあれこれで終わっていくし、お酒を造るあれこれそれもあるし、飯炊き女はなかなか忙しい。

そんな状況の中で忙しさが頂点に達したのは、いよいよ桜子様が六条院にいらしたその日からである。

立派な調度品とか家具とかその他諸々が運び入れられて、桜子様が格式高い牛車に乗って西の対にやってくると……それを見守る殿上人達がいっぱいわらわらしていて、桜子様は源氏の大殿の腕に抱えられて丁寧に降ろされていらした。

緊張しているのかもしれないけれど、しっかりと顔を隠す淑女らしさがあって、ああ桜子様はきちんとしていらっしゃる。

源氏の大殿の立場は前例の無い立場だから、入内とも降嫁ともすこし違うところがあるらしいが、あいにくその両方を知らないのでどう違うのかはわからない。

とにかく、そこから三日間は阿呆のように忙しく、目もくらむばかりのごちそうを作る作業に追われ続ける飯炊き女達である。

あたしは特に常駐の飯炊き女となっているわけで、男の人達のわがままに付き合わされそうになったり酔っ払ったのに絡まれそうになって、鬼の皆の協力で逃げたり、忙しかった。

三日間の間は、鬼の皆の情報でしか桜子様の事をしれなかったが、源氏の大殿は……桜子様がお気に召さなかった様子だ。

お気に召さなかった理由はこちらまで伝わってこないけれども、やっぱり昔から超溺愛している紫の上の方が良いらしい。

聞いたあたしは一言


「ばっかじゃねーの」


「違いない」


「紫の上って噂を集めた鬼の誰かの情報に寄れば、十歳とかで源氏の大殿の所に身を寄せて、教育を受けて、いつの間にやら妻になってたって言う人でしょ。盛大な裳着とかして無くて、本当にいつの間にか、源氏の大殿の一番重んじている妻になったという」


「当時どーでもいいで情報を集めなかったからな。俺達」


「うんうん。誰か二条院をねぐらにしてた奴に聞けばわかるかも」


「別にそこは良いけど、朱雀院が姫宮様としてちやほやして、なおかつ結婚させる事も念頭に置かないで育ててきた桜子様と、最初から妻にする前提で教育してたっぽい紫の上じゃ、最初の地点で違うじゃん」


「違いない」


「みやすこ姐さんがあれこれ教えてたけどよ、やっぱり違うだろ。最初から自分好みの妻にするために、自分がそうして欲しい様に教育した理想の嫁と、生まれは一番くらいの高い姫宮。育ちは時の帝の溺愛風で育つ事になった桜子様じゃ、比べるって時点で土台がおかしい」


「そんな理由で私の大切な桜子様がないがしろにされてたまるか! ああくちおしい」


地団駄を踏みそうになるあたしに、どうどうとなだめる鬼の皆。


「源氏の大殿も世間的にはそれなりに大事にしてますって、姿勢はとるだろ」


「二十歳になる前の情熱であれこれ教えた紫の上と、四十過ぎで情熱もあんまり無い状態で迎えたうちの姫様を、最初の時点から比べてもばかじゃねーのとしか言いようが無い」


「おいおい、新情報だぜ!」


あたし達がぶうぶうと文句を言っているさなかに、菫子様のところや源氏の大殿の所に様子をうかがいに行っていた小鬼が駆け込んでくる。


「源氏ってやべー。何十年も前の美化された思い出の中の紫の上と、周りがそう求めているからそう振る舞っているうちの姫様を比べて、うちの姫様の事ガキだって思ってる」


「「やべー」」


「美化されたってどういう事?」


「紫の上と暮らし始めたばっかりの頃、紫の上は気持ちがませてて手応えがあったとか」


「……」


思わず顔にしわが寄る。そりゃあ、紫の上が十歳くらいの頃に、えーと……十八とかそれくらいかな? それくらいの絶世の美青年が自分の事を特別扱いとかしてたら、背伸びしてませた事の一つや二つは行動に移すだろう。

だって年上の格好いい男の人の前では、女の子が背伸びしておませな事を言ったり、立ち振る舞いをするのは至極普通のあれこれだ。

だが今は状況が違う。父親とほぼ同じ年齢のおっさん相手に、いくらおっさんが美形でも、年頃の女の子がおませな事を言ったりするとは思えない。逆に父親くらいの年齢だというのと、帝である父親が頼んで迎え入れたというのと、が相まって、第二の父親という視点で桜子様が警戒心を解いたのだとしても、おかしい話でも何でも無い。

それに源氏の大殿の心境だって、十八かそこらの時と全く同じでは無いだろう。年食ったじじいの心境で、桜子様にたいして失礼な考えをするな。

桜子様に欠点があるんじゃねえよ。お前がじじいで年齢差がありまくっているから態度が違うんだよ。

そもそもだ。お前桜子様をどう頼まれてんだよ。朱雀院のお願いの中身を全く知らないけど、あの朱雀院がうちの娘を最愛の妻にしてくれなんて頼むわけねえだろ。

酸いも甘いも共にしてきた古くからの妻である紫の上がいるってのを、知っていて、紫の上のような女性になるようにして欲しいから、お前に頼んでんじゃねえのか。


「くっそむかつく」


「お嬢、落ち着け」


「とりあえず結婚の手続きは正式に終わったみたいだけどよ……これ波瀾万丈になる未来しか無いだろ」


「俺達がやるのはお嬢の心からのお願いである、桜子様を幸せにするための手伝いと、大将の手引きだ」


「大将、そわそわしてたもんな……」



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