表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/11

九 さらなる試練に直面中

たくさん居た女房の皆さんも、女童の皆も、姫様から離れさせられた。だからあたしは今まで以上にしっかりしなくちゃと思っていたのに……その決意すら、朱雀帝はゆるしてはくれなかったのだ。


「この乳母子は器量が悪い、これでは六条院に数多いる女房のどれよりも見劣りするに違いない。我が娘の側仕えが、他と比べて見劣りする顔をしているのは体裁が悪いから、お前も側仕えから外す」


一体どこであたしの顔を見ていたのか、朱雀帝からそういう手紙が送られてきたのだ。

さすがのあたしもこの状況はどうにもならない。

姫様はあたしすら六条院に連れて行けないとなって、衝撃を受けて伏せってしまった。

乳母のおばさまとかが朱雀帝に入れ知恵したのかもしれないが、そばに居る事が多いのが、鬼やあやかしの皆さんが変身した姿の女房や女童だというだけで、姫様の乳母は実際には数人いたわけで……おそらくになっちゃうけれども、その誰かが、あたし達を薄気味悪いと思っていたから、これ幸いと排除の方に動いたのだろう。


「つるだけは、ずっと一緒だと信じていたのに……」


「姫様! あたしだってそう心に誓っておりました! 何が何でも姫様のおそばで姫様を守ると誓ったこの身の上だというのに!」


「……そんなべしょべしょに泣いてはだめよ、今生の別れではないわ、きっと」


「でも、でもでもでも!」


姫様は、あたしがあんまりにも悔し泣きでぶちゃいくな顔になっているからか、ちょっとだけ笑ってくれた。

それでも、姫様が六条院のじじいである源氏の大殿の元に輿入れする日は迫っている。

これは最高の吉日にと、陰陽師とかに占いをさせて決定した日付で、それまでにものすごいたくさんの、目もくらむばかりの調度品とかが、姫様のために……そして、朱雀帝の見栄のために用意されている。

内親王の中でもとびきり格の高い生まれである、桜子様が嫁ぐ訳だから、並々ならぬ気合いの入れ方なのだ。

主導しているのはもちろん朱雀帝で、彼はもともと源氏の大殿に対して並々ならぬ感情を持っていると、鬼の皆さんが言っていた位だから、気合いの入れ方があり得ないくらいなのだろう。

極上の唐物はたくさん。極上の調度品もざくざく。

こっそり見にいった鬼さん達が


「あれってやべー世界なんだけど」


と言うほどである。言語が死滅するくらいの豪華な物たちが目白押しというヤツらしかった。さて、あたしが姫様のそばに居られる時間は、姫様が六条院に行くまでの間。その間に新しい女房達に、辞めさせられる女房や女童達は引き継ぎを、と言うわけなのだが


「器量の悪さで不合格にされた人達に教えてもらう事なんて、ナニもありませんわ」


新しい誰も彼もがそう言って、あたし達の言う事なんて何にも聞かない。聞く価値なんてないっていうそぶりで、お人形遊びが好きだという評判とか、その他の、裳着が終わったら区切りにすると言っていた、姫様の子供っぽいお遊びの相手をすれば良いんだという態度だ。

姫様がとっても舐められているから、あたしは何度かこの面だけは良い連中をボコボコにしたいと思ったくらいである。

姫様も、裳着が終わったらどういう大人な事をしましょうかね、とこれまで皆と話して居たのに、逆戻りしたみたいに

「お姫様、お人形遊びをもっとしましょう」

そんな風に誘われて戸惑いがちで、でも生来、強く物を言わない性格だったから、強い態度であれをやるこれをやると言う、新しい人達の態度に押されがちだ。

もっと女主人らしく強く出なくちゃ、と言う話もあるだろうが、朱雀帝を含めて、いろんな大人達が姫様の生き方を

「弱々しく子供っぽいお方」

と勝手に思い込んでその通りの対応ばかりしてきたから、いきなり見知らぬ女の子達に、はい強く出ましょうなんて簡単にできはしない。

みやすこさんとかが、女主人のあり方とかを丁寧に教えてくれていたから、姫様はその、聞く限りでも大変にしっかりした女主人らしさを見せようとしても、新しい周りは

「姫様は大変に子供っぽくて頼りなくておさない」

そういう見方でしか見てくれないので、何を言っても通用しないのだ、話が出来ないというヤツである。

これが今までの鬼の皆さんとかだと、姫様の成長速度に合わせつつも、女主人らしくなり始めると、にこにこ成長を喜んでくれていたのだから、えらい違いである。


「お人形遊びも好きよ、でも……もう裳着もするし、大人になるのだから、お人形は……」


そんな感じで姫様がやんわり嫌だと言っても


「まあ姫様、そんな我慢をなさるなんてしなくて良いんですよ」


「お好きな物をずっと好きで居れば良いんですよ」


……こんな事を言われるのは、その方が姫様が扱いやすくなるからだ。年下の子供を扱う方が、毅然とした女主人の世話をするよりやりやすいし、心のどこかで見下して優越感に浸れるからだ。

こんな半育ちの出来の悪い、血筋だけ最強のお姫様なんだから、扱いやすい方が良いと、陰でこそこそ言っているのを、あたしはうっかり聞いてしまい、あわや流血沙汰を起こすところだった。

鬼の女童の皆さんが、手の空いてる数総出で止めてくれたから助かったような物だ。


「……六条院の方も上を下へ大騒ぎだってさ」


「そりゃあ、朱雀帝の掌中の珠、何より溺愛してはばからない、出家の考えを止め続けた娘がやってくるんだぜ、準備で騒がない方がおかしいって話」


あと数日で、姫様が六条院に行くと言う夜、鬼の皆があたしの局に集まって、こそこそと話してくれた。


「あたしだって姫様のおそばにいたいのに」


「だろうなあ、あんた見てると、本当に、大事な妹を守りたい姉ちゃんって感じで、見てて手助けしてやりたくなるんだよ」


「うちらの大将のお嫁さんになるの決定だし」


「大将、お姫様が幸せな結婚とかをしたら、あんたも自分の方に目が行くから、心にちょっと余裕が出てきて、大将の事考えてくれるって思ってたのに、計画がぱあ」


「大将って間が悪いよなあ」


「運のない鬼なんだよ」


皆こそこそ言っている。あたしはそれらを聞きつつ、宮中を出て行く事になったら、あたしの居る場所はもうずいぶんと里帰りしていない、鄙びた村しかないっていう事を思い出した。

村に帰って母ちゃんに会いに行ったって良い、でも……姫様の事ばっかり気になるし、嫌な予感ってのがするから、なんとしてでも姫様のできる限り近くに居たい。

その場合は……


「下女になるしか道がない……」


もう下女の仕事とか、覚えてないけれど、まあ育ちが育ちだから根は上げないだろう。

六条院に潜り込むにはそれしか道がないので、あたしはそう思って……鬼さん達を見やった。


「ねえ、六条院で下女の募集とかしてそう?」


「ま、下女とか入れ替わり激しいし、一杯数が居て困る訳じゃねえし、どこだってそれなりにいつでも募集してるぜ」


「飯炊き女も大募集」


「掃除婦も大募集」


「……じゃあそれのどれかに潜り込めるかな」


「あんた乳母子なのに、そういう事になっちまうの本当に残念」


「面とか言われても、あんたかわいいのにな。だいたい、見劣りとかいうんだったら、そうじゃないのをずっとつけていれば良かったのにな。都合が悪いとそういう事で追い出すんだぜ」


「あーやだやだ、これだから面が色々決める人間の世界ってめんどくさい」


鬼の皆さんがブツブツ言うのを、あたしは聞きつつ、こう言った。


「うまい具合に、あたしが六条院に潜り込めたら……あなたたちの大将を通わせはじめても良いからね」


鬼達は真顔になった。真剣すぎる顔になってから、こう言った。


「まじ? だったらこっちもあの手この手で、あんたが六条院の、あんたのお姫様の近くに居られる仕事につけられるように、色々やるからな」


「大将きいたら大喜びだぜ、歌のやりとりすら出来ないで悶々としてたから」


「大将、歌は下手だけど、心はこもってて良い歌なんだよな」


「字は上手だぜ、俺らの大将」


そんな風に密談は行われ……あたしの転職活動がこそこそと始められつつ、姫様とのお別れの日がやってきていたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ