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序 あたしは蔓紫

女三の宮ちゃんを幸せにする話がスタートします!

ゆっくりお付き合いください!

いつもの通りに、近所の男の子達と虫を追いかけ回していたあたしは、いきなり母ちゃんがやってきて、あたしの首根っこをぐいとひっつかんで、家まで引きずって戻ってきたので、一体何なんだ、あの芋虫を今度は育てるんだ……! と母ちゃんにぎゃんぎゃんと言いまくっていた。

でも母ちゃんはやけに青い顔をしていて、母ちゃん月の物で具合が悪いとかか? などとあたしは適当に考えていたのだ。母ちゃんは月のさわりがとても重い人で、運が悪い時には寝込んで起き上がれなくて、あたしが家のことをあれこれやるくらいだったんだから。


「母ちゃんどうしたの?」


「……」


母ちゃんは青い顔で黙ったまんまで、あたしを家まで引っ張ってきたと思ったら、そのままたらいに水を張って、あたしをごしごしと丸洗いしてきた。


「ちょっと母ちゃん、今日の夜だって体洗うじゃん! 水の無駄って母ちゃんいつも言ってんじゃん!!」


おどろく位にごしごしと丸洗いされて、あたしは母ちゃんの考えが全くわからなくて、そう叫んだ。でもまだ母ちゃんは一切言葉を話さなくて、なんだかおかしな空気だと、空気の読めないあたしでもわかってきたほどだった。

何かとてつもなく、あたしにとって何か不都合なことが始まっている。

そんな気配はあるのに、それの正体をつかめなくて、それが不気味で仕方が無い。

そして、しっかりと泥やほこりそのほかを洗い流されて、ぴかぴかになったあたしに、母ちゃんは目もくらむような立派な衣装を、行李から取り出して着せかけてきたのだ。


「ちょっとこれ何!? 母ちゃん、こんな立派なお衣装を、どこで交換してきたの!? うちの畑で出来る物で、こんなすごい物と交換できる物があったっけ!?」


あたしの叫びをまるきり無視して、母ちゃんはあたしに、このあたりの鄙びた村ではとてもお目にかかれないような豪華なお衣装を着せて、髪の毛を丁寧にとかして……こう言ったのだ。


「いいかい、蔓紫。……あんたは、母ちゃんの実の娘じゃ無いんだよ」


「……え?」


「あんたはね、こんな所で暮らしていくのがおかしい位に、しっかりした身分の母親がいる女の子なんだよ。今日の夜に、あんたのお迎えが来るんだ」


「それってどういう意味!!? 母ちゃんだけが母ちゃんじゃん! お乳を吸ってた頃から、あたしここで暮らしてたって、近所のばあちゃん達が言ってたよ!?」


いきなりの言葉は、信じたくない言葉だったから、あたしは叫んで母ちゃんの言っていることを否定したかった。どろんこになって、近所の男の子達や、兄ちゃん達と遊び回ってるあたしを、悪いときには怒って、いいときには褒めてくれる、あたしの大好きな母ちゃんが、あたしの母ちゃんじゃ無いなんて、嘘だって言って欲しかったのだ。

それなのに、母ちゃんは嘘だよ、冗談だよ、なんて言ってくれなかった。


「蔓紫、あんたはね、あたしが乳母として雇われて、今まで育ててきただけの女の子なんだよ」


「乳母……母ちゃん乳母って、乳母に子供を任せるのは、それなりに立派な身の上の人でしょう? なんでうちみたいな所とつながりがあるの?」


こんな鄙びた村の育ちの女の人に、やんごとない身分の女性が、乳母になれというのはおかしいと思ったのだ。それに対して母ちゃんはこう言った。


「あたしの義理の姉さんがあんたの母さんの邸で働いていて、ちょうど乳母が必要だって時に、あたしを紹介したのさ。それで、あんたの母さんは他に、お乳の出る女のあてがすぐに見つからなかったから、あたしに預けたのさ」


「今まで、その母さんって人のこと何にも聞かされてないよ! そんな理由なら何で母ちゃん黙ってたの!?」


「……あっちはあんたのことよりも、自分が乳母になっている、それはそれはやんごとない身の上のお姫様のお世話に集中していたからだよ。……あんたは捨てられたも同然だと思っていたんだ。だから母ちゃんのところで、みっちり家のことも出来る、立派な独り立ちできる女に育てて、この村か隣の村とかから、お婿さんを見つけて孫を作ってくれればいいと思っていたのにね」


母ちゃんの話す言葉は、ありふれた女の人の、幸せであろう一生の夢だった。お婿さんを見つけて結婚できるようになるまで、成長できるかどうかだって、疫病がはやればあっと言う間に皆バタバタ死んでいく世界じゃ幸運だし、川が氾濫すればすぐに、村の畑がだめになるのが当たり前の環境で、孫まで産めるくらい生きるのだって、幸運なことだった。

母ちゃんはそんな未来であってほしかった、と言う口ぶりでそう言うと、あたしの方を見て悲しそうに笑った。


「でも、あんたの本当の母さんが、あんたを引き取りたいって言ってんだ。あたしに逆らう理由は無いよ。あんたの母さんは、食うに困らない身分だからね。あんたがお腹をすかして苦しい思いをしないっていうので、母ちゃんはあんたをあっちに返す理由になる」


「……やだって言っても、ここに残れないの?」


母ちゃんの、どうしようも無い、逆らえないという風な空気から、あたしはそれを感じてしまうほか無かったのだ。

あたしに、ここに残ってただの村の女になるという未来は、ここで無くなってしまったのだと、はっきりと伝わったのだ。


「残れないよ。……いいかい、幸せになるんだよ。男なんて、手のひらで転がすような強い女になるんだよ、自分を大事にするんだよ、無理矢理ひどいことをする奴なんて、ぶっ潰して、なぎ払って、あんたが高笑いできるようになるんだよ」


母ちゃんはそう言って、あたしの肩をつかんで泣いていた。だけどあたしは、あたしまで泣いたら母ちゃんがきっと苦しいとわかったから、ぐっと涙を飲み込んで、こう言った。


「うん、母ちゃん、あたしは幸せを目指すし、強い女になるからね。母ちゃんも元気でね、兄ちゃんとかと、仲良くね」


「ああ……っなんであたしの娘を、こんな形で手放さなくちゃいけないんだ……!!」


母ちゃんはそう言って泣いていたから、あたしは、母ちゃんを絶対に忘れないと決めて、お迎えが来るという夜を待ったのだった。

ちなみに、立派なお衣装を汚さないように、外に出ることも、飯炊きとかも禁止されて、あたしはただただ、外を眺めさせられたのだった。





お迎えの牛車は女車という、女性が乗る様な物で、牛車ってだけで、村に来るのがおかしいくらいに、身分が高いことを示していた。下々は歩くか馬に乗るかだ。牛車なんて乗らない。そんな牛車に、作法もわからないまま乗せられて、あたしはごとごとと道を進んでいき、そうしてお尻が痛くなってようやく、一つの建物の前に止まったらしかった。建物の前に止まるまでの間に、なんかやたらに大きな門を複数回通り過ぎたので、貴族の邸の中に入ったのだな、と言うことはわかった。あたしの今までの暮らしでは、到底想像も出来ないような立派な邸の中に来たことは、馬鹿でもわかる答えだった。

あたしはそれから、降りなさいと言う言葉に促されて、えっちらおっちらと牛車から降りて、そこで、母なのだろう女性と対面した。


「蔓紫……ここまでよく、帰ってきてくれました。私があなたの実の母親です。健やかに育ってくれて、母様はとてもうれしいですよ」


や、やんごとない人だ……とあたしは思った。口調とか立ち振る舞いとかが、なんか知らない世界の女性だと言うことを示しているのだ。なんだこの人。優雅だな。


「……」


ここで母ちゃんとか呼びかけたらまずいかもしれない、と言うことくらいは想像が出来て、果てこの人を何て呼べばいいのやらと、思った。でもそれ以上に、言いたいことがあったから口を開いた。


「どうして、いまさらこっちに呼び戻したんだよ」


「まあ、何て口の利き方でしょう。あなたはお姫様の乳母の子供なのだから、もっと丁寧にお話しなさい」


「口の利き方知らねえもん」


「……やはり、ああいった下々の村で育つと、近江の君ほどでは無いにしろ、このような口調になるのですね……私の落ち度です……」


あたしの口の利き方は、この女性にとって相当に落第点である様子だった。しかし、彼女は気を取り直してこう言ったのだ。


「あなたをこちらに呼び戻したのは、私のお世話するお姫様に、年齢の近い遊び相手が必要になったからですよ」


「遊び相手じゃなかったら呼び戻さなかった?」


「ですから、もっと丁寧にお話をしなさい。姫様に悪い口が移ってしまったらどうするのです」


「……丁寧、丁寧……」


あたしは丁寧に喋るというとと頑張って想像して、口を開いた。


「お姫様は、他にお遊びの相手がいらっしゃらない?」


「いたのですけれど、皆……あまりお姫様と相性が良くないのです。皆すぐに、怖がって泣いていやがってしまうのですよ」


「あたしを呼んだのは最後の手段?」


「もう縁があるのが、あなたくらいになってしまったのは事実です」


そこまで聞いて、あたしはここに連れてこられた経緯というものを整理した。

やんごとないお姫様がいて、そのお姫様の遊び相手になる、似た年頃の女の子で、あたしなんかよりももっときちんと教育されている子達が、お姫様を怖がって話にならない。

皆だめになって、そして最後に、あたしという、外で育てられていた女の子のことを思い出して、呼び戻して、お姫様の遊び相手にすると言うことなのだろう。

よっぽどそのお姫様に、何かあるに違いなかった。

でも、あたしは怖いと思う相手なんて、カンカンに怒った母ちゃんと父ちゃんくらいだったから、こう言った。


「わかりました、ちゃんとした遊び相手になれるかはわかりませんが、お姫様に会ってみたいと思います」


「結構なことです。お姫様はもうお休みになられているので、お姫様の元に行くのは明日になりますよ。それまでの間に、あなたにお姫様のことを教えましょう。……あなたがお仕えする方が、どれほど位の高いお方か、知っておかなければなりませんからね」


この言葉を聞いて、あたしは今日は長い夜になりそうだ、と言うことは察したのだった。

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