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第五話

 真っ暗な深海――なのに代わりはないが、リットの足元を照らす即席の海中ランプは、一歩を踏み出す勇気をくれる程は明るかった。

 もう既に地上で使い慣れたランプのように手に馴染み、使い方も手慣れたものだった。

 砂時計が時を刻むかのように、空気の量で光る時間が変わるので、タイミングよくひっくり返せば暗くなることはない。

 耐久力が問題だが、うまく作れば深海でも昼か夜を確認することが出来る。

 リットはそんな意味のないことを考えながら歩いていた。

 瞳に漫然と映るのは、味気のないものだった。

 はるか昔に存在していた都市が海底に沈んだ――わけでもなく。

 大型の船が沈没し、それを街にしている――わけでもない。

 だが、足元は砂というわけではない。岩が山のように隆起する海底なので、人間のリットでも歩くのに問題はない。

 問題なのは、その足場がでこぼこなことだ。まるで巨木の根をまたいで歩くかのような海底は、

歩くのに体力を使う。

 いっそ泳げればと思うが、セイリンがかけた魔法のせいで海底に吸い付くように重力を感じるので不可能だ。

 リットが蹴って岩を削れないか試していると、「ちょっと。その下はマグマよ。なにをするつもりよ」とスズキ・サンが注意した。

「おい、どこ行ってたんだよ」

「こっちの質問が先でしょうが。この海底の岩はピローローブっていって、 海底に流れ出たマグマが固まって出来たの。だから波打ってずっと続いてるの。私達は泳いで逃げられるけど、泳げないリットは漏れ出したマグマの熱で死ぬわよ」

「泳げなくしたのはオマエの船長だろうが……」

 リットが海中ランプをひっくり返すと、青白く照らされたスズキ・サンの顔が不気味に浮かび上がった。

「なになに! なにそれ!!」

「化け物を呼び寄せるランプだな……」

「自分の顔見ていいなさいよ。こっちから見たほうが相当ひどいんだから。海藻が生えたヤドカリくらい不気味よ。それよりそれちょうだい!」

「せっかくチルカがこれねぇ海底に来たんだから、アイツみたいなこと言うなよ。これがなけりゃ立ちションすら出来ねぇほど真っ暗なんだぞ。待った……ここで小便するのって、もしかして自殺行為か?」

「知らないわよ……。それよりそれちょうだい! お願いお願い!!」

 リットの周りを縦横無尽に泳ぎ回るスズキ・サンの姿は、森を飛び回るチルカとほとんど変わりない。

 リットを必要以上に敵対視はしていないので、話はわかるが納得させるまでに時間がかかった。

「――だから、向こうに行けば酒場で買えるんだ」

「買うね……」

 スズキ・サンは暗い顔をした。

「なんだ……まさか漏らしたのか?」

「バカ! 悩んでるのよ。買うべき? 奪うべき?」

「海賊らしく奪ってこいよ。それより…ここ本当に都市か?」

「そうよ。見えないくらいバカみたいに広いの。だからこうやって会話するのよ」

 スズキ・サンはなにか喋ると、口元で泡が出来た。

 その泡をリットの耳元で割ると、『わかった?』と一言だけ聞こえた。

「そういうものがあるのはわかったけど、理解してねぇ」

「それだけわかれば十分よ。これは遠くに声を伝える手段だから。これはリットには制御できないでしょう」

「だろうなオレの口元から泡は垂れ流しだ。オレはカニかっての」

「リット! アンタ面白いこと言うじゃない! 私が海賊船の船長になったら、テレスの代わりにジョーク要因で雇ってあげてもいいわ。アイツのダジャレ聞き飽きて……」

 スズキ・サンはひとしきり笑い泳いだ後、ため息を落とした。

「笑うのも結構だけどな。カニみたいに右往左往してるだけじゃなにもなんねぇよ。まだ隠してることあんだろう」

「それを言えるわけ無いでしょう。こっちは戦争中なの。こんなバブルスで……ここの泡は頑丈だから、果ての海底まで届くわよ。だから都市って言われてるの。海底にまつわる噂は、ほとんどここから流れてるといっても過言じゃないわ」

「だろうな」リットは自分の口元から出る泡が、海面に向かって浮いていくのを見上げた。あれが海面で弾ければ、海にさまようゴーストの出来上がりだ。「それにしても、噂文化ってのは妖精だけじゃねぇんだな」

「人魚はハープを奏でるだけじゃなくて歌うのよ。歌には噂がつきものってものじゃないの?」

「そうだけどよ……ここは海底だぞ」

「なに? 陸を知ってるからって偉ぶってるわけ。副船長の座は絶対に譲らないわよ。あ! リットと話してる暇はない。海中ランプが売り切れちゃうじゃない!」

 泳いでいくスズキ・サンに声をかけたリットだったが、返ってきたのは泡立った。

『男人魚は引きこもり。伝達手段は泡』

 短く返ってきた言葉でリットはどうするか考えた。

「つまり男の人魚がいるところからは、泡が発生してるってことだな」

 リットは少し考えてから、セイリンがいない間に勝手にバブルスのものを持ち帰ろうと考えた。普通の人間ならば陸に上げてはいけないようなものも、人魚の海賊船を経由すればいくらでも言い訳ができると思ったからだ。

「海賊が手ぶらで帰れるかってのは、誰のセリフだったか」

 リットの上機嫌な鼻歌は、小さな泡となって海底を漂った。



『二枚貝……上と下どっちがいい?』

『東の国からサクラ貝が流れてきてるぞ』

『お腹へったな』

 リットはホネガイと呼ばれる棘のある巻き貝を使って、近くに流れてきた泡を適当に割りながら歩いていた。

「実りねぇ会話だな……離れてまでする話かよ」

 というリットが続ける愚痴も、泡となって誰かの元へ届いているのだが、そんな事実は既に頭から抜け落ちていた。

 しばらく口元にぶくぶくと愚痴を発生させていると、連なる岩の隙間から同じようにぶくぶくと発生する泡を見つけた。

「ここか?」

 リットが岩陰をランプで照らすと、男の悲鳴が聞こえた。

「違う!」

「なにがだよ……」

「ここには金目のものはなにもないぞ。だから帰ってくれ!」

「あのなぁ……オレは人間だぞ。オマエらの有利なフィールドでなにを怯えてんだよ」

 リットは中にいるのは男人魚だとわかっているので、遠慮なく岩陰の中へと入っていった。

「泡に乗って色々な会話が聞こえてきたんだ!」

「んなわけあるかよ。適当に泡を割ってみたらよ……。あのなぁ酒場でももっとマシな会話してるぞ」

「割った? 泡を割ったのか!?」

「割ったぞ」

 リットが悪びれる様子もなく言うが、男人魚はそれを責めるではなく納得していた。

「それで会話が噛み合わなかったのか……。聞いてくれ。泡での会話は旋律に乗せてやり取りしているようなものだ。一つ音符が消えると調和がなくなるだろう? それは会話でも同じだ」

「そりゃ悪かったな。デュエットしてるとは思ってなかったんでな」

「まった! その声……聞き覚えがあるぞ」

「あいにく男人魚の知り合いは、ツラを覚える程度しかいねぇよ」

「いや! その声はやっぱりそうだ! オレ達を助けに来た英雄だろう?」

「泡を食って混乱でもしてんのか? だとしたら上手いジョークだ。だけどよ、ここは海の底。オレは陸の上の人間だぞ。干物のされ方で知りてぇのか? いや――待てよ……まさかキスして地上へ連れ出せってんじゃねぇだろな」

 リットはセイリンにキスをされて海底にいることが出来る。逆のことも出来るのではないかと疑心暗鬼になっていた。

「さっきイサリビィ海賊団の副船長と話してただろう」

「いいや、イサリビィ海賊団の副船長はタコだろう。さっき話してたのは魚だ」

「アリスはユレインのところだろう。新生イサリビィ海賊団のことを知らないで一緒に行動してるのか?」

 男人魚は心底驚いたという表情で口をあんぐり開けていた。

「なんだそりゃ。嫌味か? 人間は水の中で呼吸できねぇだろうって。噂聞いた。海を割ったんだろう。マーメイドハープなら出来そうなもんだ」

 東の国のバーロホールでユレイン船長の新たな伝説を目の当たりにしたリットは、今更海が割れたところで驚きはしなかった。

「本当に知らないのか? 『一角白鯨の墓場』に攻撃を仕掛けるって」

「そういや、セイリンも言ってたな。なんだその一角白鯨の墓場ってのは。最初はここかと思ってたんだけどよ。ここはバブルスだろう?」

「あそこは供養塔って呼ばれてるんだ。人魚や水棲種族のな。そんな神聖な場所に攻撃を仕掛けるってことは……どういうことかわかるだろう」

「わかんねぇよ。何度も言うが人魚じゃねぇんだ。ここの常識は陸の非常識だ」

「一大事ってことだ!」

「そのまんまじゃねぇかよ……」

「オマエ! 一大事ってどんなことかわかってるのか!」

「是非教えてくれ。皮肉じゃなく情報として知っておきてぇ」

 一角白鯨の墓場という言葉がセイリンの口から出た以上。最終目的地は変わらない。安全を期すためにもどんな情報でも欲しかった。

「一大事っていうのは――。一大事っていうのは……なんだ? なにが起こるんだ?」

「今オマエさんがパニックを起こしてること以外にか? あとはふざけたことばっか抜かしてるとオレが怒るくらいだ。まさか一角白鯨の墓場ってのも嘘じゃねぇだろうな」

「オレの両親の魂も一角白鯨の墓場で眠ってるんだ。嘘じゃない」男人魚は親権な表情で言うと「だが、なぜこんなにも恐れているんだ……それがわからない」

「こんな海の底に引きこもってるからボケんだよ。本当になんかありゃ、しっかりした形で伝聞されてるだろうよ。怪物が出るとか、異常現象が起こったりな。それこそ噂話だ。それがこの街だろう?」

「それだ! 噂話で思い出した。人間の男。オマエが男人魚の地位を上げてくれるって話だ!」

「地位を上げるってのが、釣り上げろって意味なら、漁船の下にもぐり込めよ」

「そうじゃない。いいか? 人魚というのは女のほうが立場が強い」

「そりゃそうだろうな。なんとオレの知ってる人魚の九割は海賊だ。気が弱いはずがねぇ」

「オレは真面目に言ってるんだ。人魚の男の話を聞いたことがあるか?」

「マーメイドハープのことを調べてる時にな。引きこもりだって言われてたぞ。本当にそのままだとはな……」

「オレが言ってるのはマーメイドハープを作っているのは男なのに、噂や伝説は全部女のものになるってことだ。あの日も、この日も、あの年の出来事もそうだ――」

 男人魚が長年の恨みつらみを話している間。

 リットは勝手に家の中を調べていた。

 海底のほら穴なのは間違いないが、その壁は様々な色で輝いている。

 それらが輝いて見えているのは、リットが持つ海中ランプの明かりが反射しているからであり、色とりどりなのは、サンゴや貝などがまだ生きたまま壁に張り付いているからだ。

 東の国で見た貝もあれば、南の国で見たサンゴもある。

 これは人魚が使う魔法の一つであり、適正な環境を作り、海の生物を保存して置けるのだ。

 好きな大きさや形に育て、マーメイドハープの装飾に使う。

 環境を整えることにより、貝が逃げ出すこともないのだった。

 他にあるのは大小形様々な魚の鱗や、漂流物の一部など、あまりリットが興味を引くものはなかった。

「エルフでさえ密造酒を作るって噂があるのによ……。もうちょっと人生を楽しんだらどうだ?」

「――だから言ってやったんだ。曲を作れないのは――ってなんだって? 酒? そんなもの作る必要がないだろう。定期的に海から落ちてくるんだ」

「羨ましい限りだ。空から酒が降ってくるだなんてよ」

「海からだ」

「あいにく一生ここにいるつもりはねぇからな。空でいい。それで、もっと情報が集まりやすい場所はあるか? すっかり無駄な時間を過ごした」

「このバブルスで情報が集まると言えば『ジーン』の家だ。そこへ行ってみればいい」

「ありがとうよ。ついでに案内してくれるか?」

「アンタに話しかけられて仕事が中断してるんだ。泡で教えてやるよ」

「あのなぁ……人魚の目でもこの闇の中を追えないことは知ってんだよ」

「それがあるだろう」と男人魚はリットが持っている海中ランプを指した。「まるでチョウチンアンコウだ。かなり遠くまで目立つぞ」

 リットは一つため息をつくと、大きな泡ができて浮いていった。

「オマエさんの愚痴は全部聞き逃してたけど、多分原因は男人魚にあると思うぞ」

 リットは最後に引きこもりめと付け足すと、時折耳元に流れてくる泡に道案内されながら歩いていった。

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