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第二十四話

 ユレインの墓に残されていた『演奏海』の情報を頼りにその場所へ向かったリット達だったが、間に合うことはできず、既に演奏が始まっているところだった。

 波が暴れまわる水のショーが始まっており、商船は縦へ横へと揺られながら、演奏の邪魔にならないよう静かに演奏海の海域に入っていった。

 だが、とある姿を見つけるたセイリンは、我を忘れて船を走らせた。

 それは現在乗っている商船を破壊させるほどの速度だ。

 ぶつかった先はボーン・ドレス号。

 商船が砕ける直前に、マーメイドハープの水柱でボーンドレス号の甲板に乗り移った。

「良い身分だな、アリス。沈められる海はここでいいのか?」

 セイリンは最初の一声が謝罪以外の言葉だったら、アリスをこの場で殺してしまおうと思うほど苛立っていたが、アリスの顔があまりに見覚えのある表情だったので、別の言葉をかけるしかなかった。

「夢を見たのか?」

「それが……なんだが……。かしらがリットとキスしてたり、かしらが白鯨の角へ向かって砲弾を撃ち込んだり……正直夢じゃないと説明がつかないぜ……」

 アリスを含む全イサリビィ海賊団は、リットたちと同じように夢見心地になっていた。

 そしてそれこそがユレインの狙いだったのだ。

 ゴーストシップによる。『あっちの世界』への干渉。

 生命は誕生の瞬間と死ぬ瞬間に、生と死が曖昧な世界を感じる。

 時折それは走馬灯となり体験することもあるが、そこで感じるのは圧倒的長さの人生の縮図だ。

 つまり時間の流れが違うということ。

 あの世とこの世の狭間を旅するゴーストシップ。自分ではない別なモノの時間を眺める神の産物。そして、セイリンが持つ死人魚の鱗。

 この三つが合わさることにより、時間に穴を開けることに成功した。

 それが、一角白鯨が生きている時代の海にいた原因だ。

 コーダックの酒瓶の酒を飲まず、三つの条件が合わなかったジュエリーがいなかったのはそれが理由であり、イサリビィ海賊団はユレインの呪いによりゴーストシップの一員になっていたので、あっちとこっちの世界を行き来し、その結果リット達と同じく夢見心地になっているのだった。

 そうまでしてユレインが歴史を変えた結果。

 一角白鯨の墓場は正式に供養塔と呼ばれるようになった。

 そして、角が供養塔になり中身をくり抜かれた結果。白鯨の角は魔力を失い、海に沈んだ魂を吸い上げる力もなくなった。

 地上の墓のように、ただ魂の拠り所となったのだ。

 そしてもう一つ新しく出来たのもは、演奏海による鎮魂歌の演奏だ。

 数年に一度。海に縁のある種族が集まって、飲めや歌えやの大騒ぎが始まる。

 そう。まるで海賊の宴のように陽気な演奏海だ。

 これは突発的に始まるのではなく、ある人魚の伝説によって。

 人魚が孤島の大地に穴を開けた日。白鯨は沈まぬように角をその穴に差し込み大陸を支え続けた。

 孤島に住む人間はなんとか白鯨に食事を与えようと。角をくり抜き、そこから地下へ降り、白鯨の口元に食事を運ぶ方法を考えた。

 しかし、それが完成し切る前に、クジラは自ら角を折り、その反動の大地震とともに孤島は崩れた。

 その結果。白鯨を偲んで作られた海底の人魚の町と、孤島の街が合わさったのだ。

 供養塔のある島は。もともと岸壁がえぐられており、ワイングラスのようにくびれていた。それが崩れたので島の標高が下がったのだ。

 完全に崩壊しなかったのは白鯨の角が海底で支えたからであり、それ以上崩落しないことがわかったのだが、島に住む人間たちはこれを機に島を出ることとした。

 なぜなら、今まで絶壁の孤島に取り残された人間達だったからだ。

 リット達がフェニックスの羽根を手に入れた孤島が、供養塔の遥か昔の姿だった。

 つまり、どこからが夢でどこからが現実かわからない世界を旅していたこととなる。

 それをリット達が知るすべはなかった。

 今わかっているのはユレインが歴史を変えたこと。そして、ここにいる全員が被害者だということだ。

「まったく……アリスを怒れなくなってしまった」

 セイリンはため息を落とすと、行き場のない怒りを鎮めるように、踏み慣れた甲板の木板を杖で小突いた。

「良かったぜ……ユレインの船長は絶対大丈夫だって言ってたからな。でも、なにが大丈夫だったのかもわからないぜ」

 アリスはユレインにそそのかされ、欲につられて思うがまま操られていたせいで、自分が残してきた足跡を殆ど忘れてしまったのだった。

 最後の記憶が強烈だったこともある。

 今もセイリンとリットの間に割って入り、キスをしないよう目を光らせていた。

「まるで泡沫の夢ね」

 ジュエリーがため息を付くと、アリスが空気を変えようと声を裏返した。

「ジュエリー! 会いたかったぜ! とうとう海賊をやる覚悟できたか!」

 抱きつかんばかりのアリスの勢いを、ジュエリーはキレイに無視した。

「テレス……アタシ生きてるか?」

 アリスは触手の先を自分の顔へ向けた。

「生きてますよ。そう言い切ってます」

「じゃあなんで無視されんだよ」

「ジュエリーの性格を忘れたんですか? 極度の人見知りで捻くれ者。波が岸壁をえぐるように、長い年月をかけて待ちましょうと」

「フジツボが集まってでかい岩と見間違うくらい待てってのか? はあ……根暗はこれだから……」

 アリスはなにを聞いても混乱状態のまま。現状の把握を諦めると、酒で誤魔化そうとセイリンを誘って甲板端へ寄った。

「良い友達だな」

 リットはからかい半分を含めて言った。

「どこがよ。フジツボ扱いよ。フジツボ船の亀裂を塞いでもらってるのに、あの言い草。どう思う?」

「目を見なきゃ通じねぇこともある」

「女がどう思うって聞く時は、味方しろって意味なの知らないの?」

「知ってる。それでいつの間にかこっちが主犯になってる。実に見事なアリバイトリックだ」

 リットの軽口に、ジュエリーはまずため息で返した。

「種族にはそれぞれ種族の役目ってものがあるのよ。役割の理から外れたらどうなるか、今まで散々見てきたでしょう」

 ジュエリーが言っているのは、ゴーストと人魚の力を無理やり融合させた結果。今回のような事態になっているのだと説明した。

 リットも先にダークエルフのクーと出会って『あっちの世界』のことを聞いていなければ、全く理解できていなかっただろう。

「確かに言うとおりだ。でもよ、それはゴーストとなった元人魚のユレインの話だ。人魚とアメフラシが一緒にいてもなんもおかしくねぇだろう。そっちにとっちゃ水の魔法なんて、人間がお隣に作りすぎたシチューを持っていくようなもんだろ」

 リットは言いながら、自分のお腹が鳴るのを聞いた。

 久しく嗅いでいない、イミル婆さんが作るシチューの香りがしたような気がしたからだ。

「海が割れたら考えるわよ」

 ジュエリーはありえないと断ったのだが、演奏海がフィナーレに近づいた今。

 盛り上げる前の静けさを演出する弱々しいメロディが流れるのと同時に、海域一面に無一つの大渦が現れた。

 大渦はマーメイドハープの音色も、セイレーンの歌声も吸い込むと、海に大きな穴を開けた。

 大量の海水と控えに現れたのは、巨人族が着古したドレスかと思うほどボロボロで巨大な帆だ。

 まるで巨大生物が咆哮を上げるようして、水しぶきを上げながら穴から飛び出すと、海面の穴は消え、現れた船はそこに着水した。

「晴天。無風。だが海は大荒れ。実にゴーストシップ日和だ」

 そう自信満々の声を響かせたのは、船首で腕を組むユレインだった。

 既に身を隠す衣はなく、太陽一つの空の下で、黒いゴーストの身体はよく目立った。

「あら? 拍手はどうしたの? アビサル海賊団が復活したっていうのにさ!」

 ユレインが太陽に向かって右手を掲げると、津波よりも大きな歓声がユレインの乗る船から響いた。

 その数。三十にも満たないが、全員が異様な形を持つゴーストのせいで、百の海賊に睨まれているような威圧感があった。

 演奏海はすっかり鳴り止み。ゴーストシップの登場時に魔力も吸い込まれたので、海そのもの凪いでいた。

 そのせいで、リットの声はやけによく響いた。

「海賊ってのは……宝を手に入れる手段に誇りを持つもんじゃねぇのか?」

 リットが言う宝というのは、ユレインの傍らにいる仲間たちだ。

 それが、生前の海賊仲間だというのは、追ってきたリット達ならすぐに分かった。

「さすがあっちの世界に惹かれた人間だ。良いこと言うね。怯んでなにも言えないセイリンの代わりに船長代わってみれば? リットはきっと海の伝説になれるよ」

「それ死ぬってことだろ。せめて消える前に説明しろ」

 海賊船の周りまぶたを閉じる瞬間のような黒いモヤが掛かりだしたので、リットはユレインが次の目的のために姿をくらますのがわかった。

「生前の私って本当に天才だったね。革袋に穴を開けるのと一緒。穴を開ければ一箇所に集まってくる。まさか船を隠す方法と、仲間を集める方法が同じだったとはね」

「やってることオイル作りだぞ。一箇所に集めて、蒸留して、欲しいものだけ持ってく」

「だから、リットが欲しかったの。セイリンのものになっちゃったみたいだけど?」

 ユレインがいたずらに言うと、すぐさまセイリンの水弾が帆に穴を開けた。

「それも欲しかったなー。あっちの世界をこじ開けられる手段だもん。それも本当は自分用に取っておいたと思うんだけど……その辺どう思う?」

 生前ユレインが自分がゴーストとして生まれ変わるように、自らの海賊船を沈めた。

 そして、その沈めた時の構造が、今度は同胞の魂を海の底から開放するための方法だった。

 それはユレインの記憶にも残っていないが、海賊船スィー・フロア号を沈めていた大穴を維持するために使われたいのが、現在セイリンが所有してるコーラルシーライトの鱗だったことを考えると、概ね間違っていなかった。

「欲しかったら力ずくで奪うまでだ! アリス! 砲撃の準備だ! テレス! 帆を張れ! 同時で構わん。用意ができ次第沈めろ!」

 セイリンの号令に、イサリビィ海賊団の面々は待ってましたと言わんばかりに、素早く行動を始めた。

「ちょっと! この船奪うつもり? 何回あっちとこっちを行き来して直したと思ってるのさ。それにまだ海賊の口上も終わってない。折角の復活祭のお膳立てまでしたのにさ」

「ずいぶん恋人を乗りこなしていたみたいだからな。こっちは力ずくでキスマークの一つでもつけるさ」

「かしらぁ! 準備ばんたんだぜぇい!」

 アリスが歌でも歌い出しそうなほどご陽気な理由は、今までは有耶無耶で行動していたが、今度は明確な敵を持って暴れられるからだ。

 テレスがまだ帆の準備にも入っていないのに、大砲をスィー・フロア号に向けていた。

「調子の良い女だ」

「言いっこなしだぜ。味方になった時に、この無鉄砲さを扱うのが船長だろう」

 アリスは言い終えるの同時に大砲に火をつけた。

「ゴーストシップってもんをわかってないんだから……。マーメイドハープの水弾ならともかく。大砲なんて――」

 ゴーストには無傷だと言おうとした瞬間。

 砲弾は船を掠めて揺らした。

「フェニックスの炎が混じってれば別だろ?」

 リットはフェニックスの炎が混じった自分のランプをで、アリスの松明に火をつけたのだ。

「やっぱり惜しい男だよ。リット! 死んだら海賊やろうね。健康に死ぬのを待ってるよ!」

 流石にスィー・フロア号を壊されてはたまらないと、ユレインは海面に雨雲を作った。

 船はどんどんと雨雲に飲み込まれて消えていき、雷のように光ったと思えば姿を消した。

『ゴーストシップに関わるな。夢と現の狭間の世界へ連れて行かれるぞ』というユレインの声だけを残して。

「さあ! おいかけるぞ! ゴーストシップ狩りだ!」

 セイリンが号令を上げると、イサリビィ海賊団だけではなく演奏海に集まっていた種族ごと盛り上がった。

「おいおいおい……オレを帰すって話はどうなった」

「諦めろ。ユレインが欲しがってる以上、陸へと帰すわけにはいかん」

「嘘だろ……」

 リットが絶望の表情を浮かべると、セイリンは笑みを浮かべた。

 そして「嘘だ」というと、キスをしたのだが、リットの瞳は開けられたままだった。

「思い出した。いつからから、セイリンにキスされると眠るようになったのはなんでだ? 最初は違っただろう」

「とうとう寝るまでに時間もかかるようになったか……。悪いことは言わない。寝ろ。次にこの手段を使う時は、本当に海の底かもしれん」

「かしらぁ……それ心臓に悪いからやめてくれ」

 アリスのうんざりした表情を見た時リットは、視界の端から闇が追おうのを感じた。

「キス一つで男を黙らす方法だ。便利だぞ覚えておけ」

「そんなもんキスを釣って。そいつで股ぐらぶん殴ったほうが黙るぜ」

「あら、アリスもダジャレに目醒めたのですか?」

 帆の準備を終えたテレスが、セイリンに行き先を聞きに来た。

「キスは魚だ!」

「わかってますよ。それでは、号令を」

「波は大きく、涼しい強風が吹き抜ける。実に良い海賊日和だ」

 セイリンは杖で船の甲板を小突いた。するとそれが合図かのように演奏海が再び始まった。

 波は荒立ち、水流により風が拭き、帆を孕ませた。

 巨大な水壁に挟まれたボーン・ドレス号の甲板でセイリンは高らかに叫んだ。

「諸君! 行き先は――空だ!」

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