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第十八話

 村に残されている最古の航海日誌にはこう書かれている。

 かつて人間は船を作り海へ進出したことにより、世界を支配したつもりでいた。

 しかし、それは海面上のこと。

 海の底では変わらずに人魚や、殻を持つ種族やベテランなどの水棲種族が、支配とは別の世界で悠々と暮らしていた。

 人間の欲とは果てしないのであり、海面から海の底へと向かうには遠くなかった。

 だが、結果は人魚の逆鱗に触れ、船は大波にさらわれた。

 唯一生き残った一隻は、大波により孤島へと打ち上げられたのだ。

 ここで海と関わらずに生きていくのか、それとも海へと堕ちていくのか。

 人々はいつしかこれを人魚の呪いだと呼んだ。

 そして、人魚が再び姿を表す時、呪いは解けるだろうと。

「なるほど……それでマグニが有難がられてるってわけか。多分だけどよ……その呪いっての解けないと思うぞ」

 彼らの先祖が人魚を怒らせたのかどうかはわからないが、マーメイドハープの効果で起きた波ならば呪いは関係ない。

 もう一つ呪いと関係ありそうなものに、悲恋話とセットの人魚のキスがあるが、実際に体験したリットの見解では、多勢に効果があるものではないからだ。

「何世代も経った大昔の話だぞ。誰も人魚に恨みを持ってる奴なんていない。人魚を歓迎している理由は唯一つ。岩底に穴を開けてほしいからだ」

 掘った土穴の壁をわざわざ巨大なレンガにする理由は、海底トンネルを掘って島の外へ出ようと考えているからだ。

「それが作りかけのレンガってわけか」

 リットはレンガというよりも、模様入りの土壁と、それを照らす松明に目を向けた。

 不思議な透明感の光を放つ炎はどこか見覚えがあった。

「そうだ。フェニックスの羽根はとっくに消えてなくなったが、こうやって炎を松明に移し、今日まで絶やさずに守ってきたんだ」

「それ以上に優秀な炎をつくれる気がしねぇな」

 リットは言いながら、まだ泥に近い土壁に触れた。

 ひんやりとした感触はまるで大理石に触れているようで、艷やかな表面は不純物の少なさを表していた。

 地中は深くなるほど土が減り、岩が増え、岩盤となっていくので、壁にする土はどこか別の場所から持ってきているということだ。

 答えはレンガをあわせた時に出来る溝だ。

 リットが今いる地下へ続く空洞に向かって、道のように続いており、雨が降ると溝は水路に変わり、地下へと雨水と泥を運ぶ。

 このレンガの溝を通るというのが重要であり、フェニックスの炎で焼き上げたレンガになにかしらの効果が加わり、粘土質の泥が品質の高い泥へと変わったのだ。

 この村での雨は人々の生活に寄り添い、貯水池を豊かにしたり、泥を運んだり、流れ落ちる雨水を利用して掘削したり、恵みの雨と呼ぶように様々な恩恵を受けていた。

「なるほどな……雨水か……」

 リットはこの空洞に雨水が流れ込むのならば、このレンガで作られた壁。つまりその焼成技術が、泥舟に役に立つと思った。

 そのためにはフェニックスの羽根。もしくは似た火の力が必要になる。

 色々と思うことがあるリットは、どうしたものかと思いながらひとまず穴を出ることにした。



 暗い穴から出てきたばかりのリット目には、日差しが稲妻のように鋭く見えた。

 白い視界が風景と馴染みだすと、ジュエリーがハーピィーに襲われている姿が見えた。

「なに遊んでんだよ……」

「た……たすけ……」

 リットの姿を見つけたジュエリーは乾いた地面をのそのそと這ってきた。

「いいじゃんいいじゃん見せてよー!」とハーピィはまとわりついて来ている。

「飯を食いたいなら、その辺の魚でも捕まえろよ。周りは海だぞ。食べ放題だ。遠慮なく肥えろ。そのほうが海に沈んで飯をとる手間が省けるぞ」

「感じわるーい。あっちいって。私はこのドレスが欲しいだけなんだから」

 ハーピィーはジュエリーのひだひだを翼の先で何度も捲ろうとしていた。

「皮を剥ぐなら、森にいけよ。漁師に聞いたほうがはええ」

「なーんだ体の一部か……つまらんなー」

 ハーピィは特に謝ることもせず、太陽に黒い影をつけるようにして飛んでいった。

「まったく……どうなってんだ」

 リットがため息を付くと、ジュエリーは呼吸を整えながら「ハーピィと交流がある村なんでしょう」と言った。

「そうじゃねぇよ。どう考えてもセイリンが、フェニックスの羽根の火を使って焼成レンガを作ってる村だって知ってたことだ」

「ハーピィの噂話でしょう。私がいた島にも来てたわよ。彼女らにとっては、島だろうが船だろうがクジラの背中だって関係ないんだから。つまりはお喋り。私が一人で島に居た理由も、ハーピィがうるさいからよ」

 ジュエリーは人見知りであり、目を見て話すことが出来ない。

 一方ハーピィはお喋り好きで、目を見て喋りたがるので、無視をすると今のようにまとわりついて話しかけてくる。

「ハーピィと交流できるなら、底に穴を開けて海と繋げる必要があるか?」

「私に聞かないで。もう……最悪……砂埃と毛虫とちぎれた葉っぱが……」

 ジュエリーの濡れた体は、ハーピィが飛び立つ時に起こした旋風によって汚れていた。

 小川でもあればすぐにでも洗い流すことが出来るのだが、生憎近くの地上にはなく、地下に溜まっている水は泥水だ。

 雨でも降らないかという表情を浮かべるジュエリーの耳に「願いを叶えてしんぜよう」という仰々しい言葉が届いた。

 神でもなければ人でもない。

 声の主はマーメイドハープ抱えたマグニだ。

 なんの予備動作もなくマーメイドハープを弾くと、地下に溜まった泥水が沸き立つようにフツフツしたかと思うと、巨大なヘビが顔を出したかのように天空へと昇った。

 これはなにも考えてないと察したリットは、地下にいる作業員に向かって「松明を隠せ! スコールがくるぞ!」と知らせた。

 ここらはスコールがよくあるので、誰の号令が掛かってもスコールに備える。

 リットの判断が早かったのもあり、泥のヘビが泥の雲に変わる頃には、フェニックスの羽根の炎を纏った松明は地下の避難口から別部屋へ移動していた。

 地下の明かりが雨が降る前に消えたのを見て、リットは一安心だった。

 だが、それも束の間、すぐに泥の雨が体中を叩きつけたのだ。

 慌てて近くの小屋へ避難した三人は、ようやく一息ついた。

 そのまま無言で視線を向けてくる二人に、マグニは「なんだよー……」と怯んだ。

「もう少しで、ここに来た意味がなくなるところだったんだぞ。泥舟を乾かすのには、絶対にフェニックスの火が必要だからな」

 マグニが引き起こした地下水のスコール。

 これで空洞が崩れなければ、泥を固めるには十分すぎる炎だということになる。

 だが、結果は空洞の一部が崩れてしまった。

 リットの最初の考えは外れたことになる。

 だが、新たな考えへと繋がる道が出来た。

 泥を固めることも重要だが、泥を泥水に戻す過程も必要だからだ。

 道なき道を進むためには、泥水による道が必要。

 それを可能にさせるなにか、それが昨日から今朝にかけて起こった出来事で、リットがまとめたことだった。

 相変わらず奉られて調子になるマグニを放っておいて、リットはジュエリーと一緒にレンガの道を歩いていた。

 そして、靴を履く人間のリットではわからない感触をジュエリーに伝えられたことにより、また次の考えと進むことが出来た。

「土の大きさが違う?」

「土の内容物ね。小石だったり、雑草だったり、虫だったり。溝が中心に向かうにつれて、粒子が細かくなってるの。海底の泥よりは荒いけどね」

「それは砂が運ばれてるってことか?」

「砂にされてるってこと」

「そんな仕掛けがあるように見えねぇけどな」

 リットは地面に張り詰められたレンガに触れた。よくある街のタイル造りの広場のようで、不思議な効果があるような魔法陣にも見えなければ、魔女がいるような村にも思えなかった。

「もっと言うなら水温が違う」

「なるほど……精錬されてんのか」

 リットがオイルを作る時に使う技法に、水蒸気蒸留法がある。主に水蒸気で蒸留した精油を取る時に使われるものだが、妖精の白ユリからオイルをとる時に使う。

 それが、レンガとどう関係しているのか。

 レンガはフェニックスの炎によって焼かれた。つまり、火の魔力が籠もった土ということだ。

 リットがレンガの一部を手で覆うと、浮遊大陸にあるキュモロニンバスの天空城の壁ように、わずかだが確かに光っていた。

 そして、ここはよくスコールが起こる場所だ。

 スコールというのは雨ではなく、急な突風のことを呼ぶ。

 つまり、火によって熱せられ、脆くなったところを風の力で砕かれるということだ。

 そして再び火の力で固められる。それを弱めるのは水の力ということ。

 考えをまとめるためにぶつぶつと独り言に没頭するリットの横では、ジュエリーが別の視点から納得を見せていた。

「だからセイリンが知ってたのね。マーメイドハープの音色も届かないけど、人魚伝説がある場所。知ってる? セイリンって一時期マーメイドハープにすごい執着してたのよ」

「そりゃ知らんかったな。それで、どうだと思う?」

 リットはセイリンの過去を今更掘り下げる必要もないと、体内に雨――つまり無限の水を持つアメフラシのジュエリーの見解が気になっていた。

「どうかしらね……自分の魔力にも無頓着だけど、他人の魔力にも無頓着だから」

 ジュエリーの不安は、自然の魔力と種族の魔力が上手く組み合わさるかということだ。

 魔女のように魔法を学問にすれば、様々な道が拓けるのだが、天然で魔法が使える種族は、その考えも技法も持っていない。

 フェニックスの火に、ジュエリーの水が混ざっても大丈夫なのかはわからなかった。

「フェニックスの羽根。それも松明に移し替えて時代が経ったものだから、害はないと思うけど……。上手く魔力を調整出来るかはわからない。私は水の魔力を調整する力があるわけじゃないから」

 言いながらジュエリーはマグニに目を向けていた。

「調整するのがマーメイドハープか……」

 リットはヨルムウトルで魔神フェニックスを呼び出したことを思い出していた。

 その時マグニはマーメイドハープでオイルを形作った。その形作られたオイルこそ、魔法陣の代わりになっていたのだ。

 魔女だからこそ円という安定の中にしか描けないが、規格外の魔女が重層魔法陣を作ったように、もともと魔力と縁がある種族は、魔力を制御するのに円にこだわる必要がないということを表している。

「そういうことよ。マグニ一人じゃどうにもならなさそうね……」

「いいや、ちょうどよく舵が四つある。やってることは演奏海と一緒だろ」

「言うは易く行うは難しよ。海賊が空のお宝を見つけられないと一緒」

「それが見つけられる」

 リットはマグニのもとへ向かうと、そのまま調子に乗せて空まで水柱を上げさせた。

 何度も何度も村人の歓声と共に上がる水柱。

 リットはそのうちのいくつかに、レンガの欠片を乗せた。

 同じフェニックスの輝きならば、天使族の誰かが気付いてくれる。そして、それが下からやってきたものなら、今の立場からしてリットが疑われる可能性が高い。

 あとは様子を見に降りて来た天使に、松明代わりになるオイルを用意してもらい、火種を分け与えてもらい、セイリンのもとへ戻るだけだ。

 水は無限。スコールにより、雲が引っ張られる確率も高い。

 今回は届かなくとも、いくつか打ち上げればそのうち届く。

 リットは久しぶりの陸を数日のんびり楽しもうと思っていたのだが、天使族からの返事はスコールがすっかり止んだ後。青い空が広がりはじめるなかで、雷とともに大地へと落ちてきた。

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