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第十四話

「ダメだ。まったく信じない。ユレインが復活したことも、ユレインが墓場の破壊を目論んでることもな」

 セイリンは海の底に沈む貝殻どもめと悪態を付け足すと、船のマストを力任せに叩いた。

「いっそ私達も攻める? その方が海賊らしいわよ」

 スズキ・サンの意見に思わず頷きそうになったセイリンだったが、今回は名を広めにきたわけではないので、余計なプライドを潮に流されて溜まるかと踏みとどまった。

「一応島を見てこよう」と、セイリンの声とともに船が浮かび上がっていくのは同時だった。



 一角白鯨の墓場は一見してただの島だ。

 突き出した白鯨の角も、遠目には山に見える。

 見えるだけで本物の山ではないので、湖や湧き水となる水源は存在しない。

 人魚達がここを渡るのは不可能に近い。

 リットは砂浜で遊ぶ人魚達を横目に、島の全容をぼんやりと眺めていた。

「どうだ?」と声をかけたはセイリン。人間のリットならばなにか妙案が思い浮かぶかも知れないと淡い期待を抱いていた。

「島だ」

「そんなことわかっている」

「オレは海賊でもなけりゃ、商船乗りでもねぇんだぞ。クラーケンに放り投げてもらうのが早えよ」

「船が粉々になる。それにクラーケンは懐かない。ユレイン船長がやっているのはゴーストの力で隷従させただけだ」

「なら鉄船でも作るか。海に浮かぶ必要はねぇんだから、鉄でも問題ねぇだろう」

「少しは真面目に考えたらどうだ?」

「考えさせる時間をくれたらどうだ?」

「まったく……早い男も嫌われるが、遅い男も嫌われるぞ」

 ユレインに出し抜かれたことを悔いているセイリンは、イライラした態度を隠すことなく無意味に波打ち際をうろうろし始めた。

 人間の足音が砂を踏み潰す音と、杖が砂に突き刺さる音。それと尾びれを砂に引きずらせる音を遠くに聞きながら、リットは過去のことを思い出していた。

 前回の船旅はそびえ立つ角を目指すわけではなく、海の大穴の下に行くことだ。

 東の国の沖にある海底洞窟を通ったので、水の染み出しを利用し、人魚の移動に困ることはなかった。

 川がない島。下には海底都市があるので、地下洞窟があるならば場所が広まっている。

 ジョークで言ったクラーケンに投げ飛ばしてもらうという案が、浮かんだ中でも一番現実味があった。

 頭を悩ませるリットの傍らにヤシの実が飛んできたかと思うと、マグニの「投げ返してよー!」という呑気な声が聞こえてきた。

「あいつがクラーケンなら、このヤシの実みてぇに投げ飛ばしてもらうんだけどな……」

 リットが適当に投げ転がしたヤシの実を、マグニは取りに来ることなくマーメイドハープを弾いて引き寄せた。

 砂が盛り上がり、ボールを蹴飛ばすようにヤシの実が飛んだ。

「届いてないよー! 下手っぴ!」

「待った……今のどうやった?」

「どうってマーメイドハープだよ。もう何回も見て聞いてるでしょう。人間のくせに演奏海まで参加したのに、なに言ってるのさ」

「そうじゃねぇ。今そこで跳ねただろう」

 リットが指した場所は自ら転がしたヤシの実の位置。砂浜に窪みが出来ているので間違いなかった。

 マグニがいるのは波打ち際だが、リットがいる場所までは離れている。

 それなのに、海から波がやってきてヤシの実を運ぶではなく、乾いた砂浜の地面が盛り上がったのだ。

「それは私の力。言ったでしょう。雨を飼っ……ちょっと! ちょっと……。雨を飼ってるって。本当は雨じゃなくて水の魔法だけど……」

 距離が離れているのでジュエリーは強気に言ったのだが、大股でリットが近付いてくるとゴニョゴニョと語尾が消えていった。

「いけないんだー。いじめちゃ」と、マグニが間に入るが。リットは邪魔だと頬を押してどかした。

「それはつまり……船の下を濡らせば、マグニが泥を動かして船ごと陸を移動できるってことじゃねぇか?」

 リットは言い切ったのと同時に、砂浜とキスをしていた。

 セイリンがリットにタックルをして、ジュエリーの前に立ったからだ。

「知らない。やったことないもの。陸を移動するには使ってるけど、船を動かすんでしょう? それも人を乗せて……。セイリン……今何キロ?」

「冗談を言ってる暇はない。できるのか? できないのか?」

「やってみたほうが早いんじゃない?」

 スズキ・サンがマーメイドハープを弾くと、イトウ・サンも合わせて弾いた。

 すると、沖に停泊させていた船が高波にさらわれて、砂浜に打ち上げられた。

「海賊は度胸だ」

 セイリンは倒れ込むリットを船に放り投げると、万が一の留守番にスズキ・サンとイトウ・サンの二人を残して、島の奥へと進んでみることにした。



 ジュエリーが船の下を濡らし、マグニが泥を制御し、セイリンが舵を取る。

 砂から泥へと変わり、森の中へと入っても問題なく船を進んだ。

「障害物が多い場所だ。船には向いていない」

 セイリンは間隔の広い木々の隙間を抜けるたびに、高波から逃げるような気持ちだった。

「だから人間は船で陸を移動してねぇんだ。それにしても……とてもじゃねぇが便利とは言えぇねな」

 リットが苦言を呈したのは船の進むスピードだ。

 砂浜は波に削られた粒の細やかな砂ばかりだったので、問題なく船は進んでいたのだが、いざ森の中へと進むと、小石や枯れ葉や木の枝など阻害するものが増えてきたせいで、歩くのと同じくらいのスピードだった。

 それでも。人魚が泥の一本道をのたうち回りながら歩くよりは早い。

「岩も多くなってきた。まさか岩の島じゃないだろうな……」

 セイリンの心配は見事に当たった。

 森を抜けてすぐ。眼の前に広がったのは、地平線となっている岩肌だった。

 土もなければ植物もない。ただまっ平らな岩が続いているだけだった。

「岩を濡らしても船は進まねぇな……。船底が削れるだけだ」

 リットは船から降りると、自分の足で岩の硬さを確かめた。

「そこに見えているのにな」

 セイリンは悔しそうに、そびえ立つ角を見上げた。

 距離としては歩いていける距離なのだが、急な坂になっているのでリットでも様子を見に行くのは不可能だ。

「こりゃ岩山の麓だな。旅慣れた冒険者くらいだぞ。ここをすいすい歩けるのは」

「人間なのに歩くのが不得意とは驚いた」

「岩肌ってのは、少しの砂埃でも靴底が滑んだよ」

「裸足で歩いたらどうだ?」

「岩肌をか? そりゃ拷問だ」

「リットを拷問して道が拓けるのなら、今すぐにでもしてるところだ」

「拷問するくらいなら、雨乞いでもしろよ。この岩肌を見る限り、大雨の際は川になりそうだぞ」

 岩肌に染み込む隙間はなく、流れ落ちた雨は森を作った。

 そう考えれば、川のない無人島に森ができるのも納得できる。

「だとしても、まだ先のことだ。見ろ。緑が生き生きしてる。雨が降ったばかりの証拠だ」

 セイリンは振り返り、みずみずしい葉を揺らす木々を見た。

「よし、あの木を倒すか」

 リットも振り返ると森に向かって歩き出した。

「なんのために」

「腹いせにだ。どうせここで突っ立ってても変わらねぇ。戻ったほうがいいだろう。日が暮れるのも時間の問題だ」

 リットはわずかに色を変える空を見上げると、泥まみれの船の上でマーメイドハープを弾くマグニのもとへ歩いていった。

「おかえりー」

 マグニがポロロンと調子外れにマーメイドハープを弾くと、船に乗るまでの泥の階段が出来上がったが、硬さはなく、踏めばただの泥に戻るので、リットは足をかけて船に乗り込んだ。

「岩肌に泥の道でも作るか。雨が降ったらやり直し。一生遊べそうだな……」

 リットが岩山の頂上を見ると、ジュエリーは逆に地面を見た。

「泥……」

 船の下は泥だらけであり、雑草や小石が固まりだした泥に付着して重そうにしていた。

「まるで船底のフジツボだな」

 セイリンは杖で乱暴に泥をこそぎ落とすと、乾いた泥から粉が舞って空気の色を変えた。

 リットはむせながら「風向きを考えろよ」と睨んだ。

「考えた。だから私は平気だ」

「こういう細けえ土が泥になると服についたら取れねぇんだよ……」

「わかった。似合うドレスでも買ってやる」

「なら下着も合うのを買ってくれ」

 リットが皮肉に皮肉を重ねてため息交じりに座ろうとしたが、つるんと足をすべらせて転んでしまった。

 しかし、頭を打つことなく、寸前でマグニに頭を抱えられた。

「もう……危ないよー。そこは泥をこねてこねて遊んでたところなんだから」

「船の上を泥だらけにするなよ。まあ……船が陸に上がってんだ。本来とは違う使い方をしてんだ。どのみち泥を塗るのには変わりねぇか」

「泥! 泥よ! 泥!」

 ジュエリーが突然叫んだので、リットは思わず耳をふさいだ。

「うるせぇ……。泥が空から降ってでもきたのか」

「逆! 海の底! 深海の泥。あれならぴったり」

「海泥か……」

 海泥とは階層や海洋生物が分解と再合成をして出来た泥のことであり、超微粒子であるためとても良くすべる。

 ジュエリーはこれを利用して船をすべらせれば、少ない量の泥で済むのではないかと提案した。

 つまり船に乗せられる量で、岩山の頂上まで駆け抜けられないかということだ。

「たしかに海泥なら、氷の上をすべるようなものだ。マーメイドハープの力を利用すればいけるかも知れない」

 セイリンはリットに意見を求めたが、リットは眉間にシワを寄せた。

「海泥なんてもんは陸に出回ってねぇから知らねぇ。だから賛成も出来ねぇし、否定もできねぇ」

「肝心な時に頼りになったらどうだ。そのために連れてきたんだぞ」

「海の底の泥の話だろ? 人間が頼りになったら人魚の面目丸つぶれじゃねぇか。言えることは、この船には後二人乗るんだぞ。それに泥を乗せるとなると……。セイリン……体重が言えねぇなら、この話は終わりだ」

「人魚の体重を聞いてどうするつもりだ。量り売りにでもするか?」

「泥ってのは土プラス水だ。その分の重さをマーメイドハープでカバーできるのか?」

 マーメイドハープとは主に水を動かす力がある。泥水ならともかく、泥を操るとなるとマグニのように土と縁が深い淡水に住む人魚の力が必要となる。

 だが、泥に含まれる元素の殆どが土のため。水ほど巧みに動かすことは出来ない。

「だが、やってみる価値はあるだろう。ジュエリー。ここから一番近い海溝はどこだ」

「ちょっと……私は部下じゃないんだけど。まあ一番近いのは『ランス海溝』でしょうね」

「ランス海溝か……」

 明らかにセイリンの声色が曇ったので、何かあると思ったリットだったが、聞くより早くセイリンが説明をした。

 ランス海溝はその名の通り、槍を突き刺したような細く長い海溝だ。

 だが、この名前はある伝説から付けられた。

 それは空からクラーケンに向けて落とした槍が掘った穴と言われている。

 そして、実際にランス海溝はクラーケンの住処になっている。

 クラーケンの食べかすが落ち、それを深海の生物が分解するので、良質な海泥が溜まっているというわけだ。

 問題は人魚とクラーケンは同じ海に住んでるからといって、意思の疎通が取れているわけではないということだ。

 人間がクマを恐れるように、人魚もまたクラーケンを恐れている。

「その穴にオレを連れてくってのか?」

「男なら穴を前に怯むな」

「穴の前で怯むのもまた男だ。だいたい海の底だろ? オレが行く必要なんか一つもねぇだろう」

「先に説明しただろう。一角白鯨の墓場に入り込むには、死体でもいいんだ。生きるか死ぬかの海底か、生きるか死ぬかの無人島に取り残されるか。好きに選べ。残念ながら船は盗まれた身だ。自害用のナイフはない。一つアドバイスをするなら、あのツルを使え。頑丈でちぎれることはない」

「学習しねぇ女だな……。マグニがいりゃ、この船にも用事はねぇよ。さっさと高波で陸に戻るだけだ」

 リットは自分が不利な状況に陥るなら船を降りるとセイリンを脅した。

 まだ自分の知識と経験が役に立つことはわかっているからだ。

 しかし、セイリンから聞こえてきたのは諦めのため息ではなく、呆れのため息だった。

「学習しない男め……」

 セイリンはリットにキスをすると、昏睡状態のリットを連れて砂浜へと戻っていった。

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