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第十二話

 ジュエリーは腰から上は人間で、下はウミウシの体をしている。

 スキュラは一本一本膨らんだ触手がドレスに見えるが、ウミウシの女性はそのままヒダがドレスとなって見えるので、マグニが人間と見間違えるのも無理はない。

 似た種族にベテランという甲殻種族がいるが、ジュエリーは別種族であり、その身体の殆どが水分というところは、クラゲのスキュラであるテレスに似ている。

「マグニ……オマエはタニシに知り合いがいなかったか?」

「いるけど、貝を背負ってるのと背負ってないのじゃ全然別物。翼があるのとないのとじゃ、天使かどうかわかんないでしょう」

 リットの愚痴をマグニは正論で返した。

「そんなことを言い合ってる暇はない。いいか、彼女がジュエリーだ。私の古い友人であり、数少ない味方だと断言できる存在だ」

 セイリンは味方の部分を強調して言った。

 今回船員ごとごっそり船を持っていかれたのが、相当怒りに火を付けているのだ。

「いつも考えなしに行動するからでしょう。トップに立つにはどうしたら良いか教えたはず。ふんぞり返ってるだけじゃダメだって」

 突然流暢に話し始めるジュエリーにリット以上に目を丸くしたのはマグニだ。

 今までおどおどしていて、「はい」と「いいえ」さえ言えるかどうかのジュエリーが、のべつ幕なしに文句を言っているのだ。

 驚くには十分だった。

「グリザベルとはまた違った方向の内気な性格なんだねー」

「それってどういうことかわかるか? 面倒臭え奴ってことだ……」

 リットとマグニがこそこそ喋っていると、セイリンが自己紹介をしろとリットの襟首を掴んだ。

「リットだ。そっちは名乗らなくていい。もう聞いたからな」

「無愛想な男だ」

「抱きしめて頬ずりでもすりゃいいのか? 泥を落とすには十分すぎる行為だけど、向こうも泥だらけだ」

 いつものリットの持って回った言い方にため息を一つ落とすと、セイリンは「こういう男だ」と簡単だがわかりやすい説明をした。

「ん。覚えた」ジュエリーはひらひらとしたヒダのような足をドレスの裾のように動かすと「それで、こんなところに来たってことは、厄介事なんでしょう。言ってみなさい。そっちの口からちゃんとね」と、大体の事情は知っているような口ぶりで言った。

「正直……なにもわかっていない」

「それは言葉が違うね」

「もったいぶりたきゃ酒でも出してくれ」

 リットが口を挟むと、ジュエリーは借りてきた猫のように大人しくなってしまった。

「リット……口を挟むな」

「悪かったな。自己紹介させられたから、てっきり話し合いに参加してるもんだと思ってた」

「こういうことには聡い男だろう……」

 人見知りで口下手な相手に口を挟むと、萎縮して会話が止まってしまう。そんなことがわからない男ではないと、セイリンは落胆の視線を浴びせた。

「だからやることを短縮させてんだ。敵は狡猾だぞ。あっという間に空を飛んでるかもな」

「そうだった……。ジェリー。ユレインと一角白鯨の墓場について教えてくれ」

「セイリンが凄んでも怖くないよ。海賊をやる前からの知り合いなんだから。そうだね……ユレインは厄介だよ。彼女の狙いは完全なゴーストによる海賊だからね」

 ユレインはゴーストとして復活してから、人魚の海賊ではなくゴーストシップの船長として名前が知れ渡り始めていた。

 人魚だけではなく、船乗りの間でもユレインの名前は有名だが、はるか昔の人物であり今も生きているわけがないというのが共通の認識だ。

 そんな名前が幽霊船と同時に現れたとなると、海の話題は晴天の空のように一色に染まるのは必然だった。

 これに快く思わなかったのは、セイリン率いるイサリビィ海賊団の副船長のアリスだった。

 元来目立ちたがりな性格の彼女は、セイリンの命令も無視して『アビサル海賊団』の船長であるユレイン・クランプトンに喧嘩を売りに船を出したのだった。

 そこで聞かされたのは心躍るような夢物語、その夢に賛同したアリスが船ごとユレインに引き渡したことにより、現在に至っている。

 後はリットが見て聞いてきた通りということだ。

「つまり、向こうも考えあぐねてるわけか」

 リットはマグニの顔を見ながら、ジュエリーに言った。

「そういうこと。そして迷いを打ち切る鍵はいくつかある。精霊の力だったり。魔法生物に頼ったり、海と縁が遠い種族だったりね」

「縁が遠いのか? それって白鯨のツノが陸のど真ん中にあるのと関係してるのか?」

「ううん、考え方の違い。陸で海の常識が通用しないように、海では陸の常識が通用しない。でも、その常識外れが必要。だからユレインが狙ってる。彼女も常識外れだからね。普通死ぬ前からゴーストになるよう自分に呪いをかける? 厄介だよ」

「驚いた……」とセイリンが目を丸くした。

 リットとジュエリーが普通に会話をしているからだ。

 まだ出会って短時間。ジュエリーが心を開くには早すぎる。

「陸の酒場のコミニケーションだ。背中で会話できる」

「男は背中で語るとでも言うつもりか?」

「必ずしも目を見ることはねぇってことだ。酔っ払いは、人の顔よりコップの中身がどれだけ残ってるか確かめるほうが重要だからな」

「偉ぶることか……。それで、ジュエリー。一角白鯨の墓場にはどうやったら行ける?」

「簡単だよ。誰かが死ねばいい」

 ジュエリーの言葉はジョークではない。

 魔力の海流に守られた海底は、生身の体では近付くことは出来ない。

 魂そのものか、魂がない器がなければ魔力を無力化することは出来ない。

 つまりゴーストか死体かということだ。

「ユレインめ……そこまで考えていたとはな」

「だからオレらは地上から行こうとしてるんだろ」

「へ? 地上から?」ジュエリーは心底驚いた表情を浮かべた後、お腹を抱えて笑い転げた。「人魚四人も引き連れて陸で移動するつもりなの? あーおかしい」

「それだけ切羽詰まっているということだ」

 セイリンが真面目なトーンで言うと、ジュエリーも真面目になった。

「それなら翼を生やすのが一番早い。それくらいのことを言ってるんだよ。わかってる?」

 セイリンとジュエリーがあーでもないこーでもないと話し合いを続けている横で、リットは地面を観察していた。

 ここは孤島の真ん中あたり。川もなければ、湖もない。当然海岸からは離れており、マグニがすべって遊べるほどの樹木しか生えていない。

 水分で潤っている土壌というわけではない。

 試しに足元の土の塊を指で押しつぶしてみると、キノコ胞子のように風に乗って砂煙が消えていった。

 次いで自分についた泥と、マグニについた泥を見比べた。

 とっくに乾いた泥もあれば、まだ湿っている泥の部分もある。

 そして最後にジュエリーを見ると、泥だらけのはずだった身体は洗いたてのドレスのように光沢を持ってキレイになっていた。

 リットの視線に気付いたジュエリーは「見られてる……」と会話を中断してしまった。

「リット……邪魔をしてるのか?」

 セイリンが話の邪魔をするなと睨んだ。

「普通ウミウシって海の中にいねぇか?」

「普通のウミウシならな。テレスだってスキュラだがクラゲだ。魔族のスキュラとは違う」

「つまり陸上で水分を補給する術を持ってるってことだな」

「当然だろう。私達も同じだ。ヒレがあっという間に乾いたら海賊なんぞやっていられん」

「でも、ヒレが潤う程度だろ? しょっちゅう海に飛び込んで水浴びをしてるしな」

「なるほど……考えたことがなかった」

 海に住む種族と陸に住む種族の違いは大きいが、特に水分というのは大きく違う。

 セイリン達は潤う程度の水分量では、体に異常をきたしてしまう。

 それでも島で活動できるのは、マグニのように近くの水源から水を引っ張ってこられるからだ。

 それがマーメイドハープの力なのだが、ジュエリーはマーメイドハープを弾けない。正しくは、弾けてもハープの魔法が使えるわけでもない。

 それなのに身体に乾燥の一片も見当たらないのが、リットには不思議だったのだ。

「こっちは陸で育ってるからな。魚が陸上で活動してるのは違和感しかねぇ」

「言われて、今違和感を持った」

 ジュエリーは「ちょっと……忘れたの?」とセイリンの言葉に驚愕した。「私は身体の中に雨を飼ってるって言ったでしょう。小規模だけど精霊並みの魔法なのよ」

「そうだった……・。ウミウシの中でもジュエリーは『アメフラシ』だったな」

「海賊なんかやるから肝心なことを忘れるの。いい? 宝より大事なのは水棲種族としての誇り。船に乗ってようが、海に浮かんでるのには変わりないんだから――って! 待ってー!!」

 ジュエリーが突然叫んだのは、話を聞いていたマグニがマーメイドハープを弾いたからだ。

 いつもより泥の上でスピードを出せたのは、ジュエリーの身体にはほぼ無限の『水』の魔力があるからだ。

 そして、答え合わせのようにマグニに振り回されていた。

「魔法を無限に使えるってのはリッチーみたいに精霊体。いや、魔力の器だけが精霊体みたいになってるってことか?」

「私が知るか。だがやることはわかった。マグニ! そのままジュエリーを船まで連れて行け」

「あいあいさー! キャプテン! さあ! 観念しな。海賊様のお通りだい!」

 マグニはノリノリで悪役を演じると、自分はもう海賊の一員だとでも言うような態度でジュエリーを攫っていった。

「まさかアレをやるつもりか?」

 リットはマグニがマーメイドハープで作った泥の川を見ながら言った。

「ボーンドレス号は無理だが、あの商船程度の小舟なら十分だ」

 セイリンが話してる間に、イトウ・サンとスズキ・サンの二人は、マグニと同じようにマーメイドハープを弾いて、泥の川をすべっていった。

「泥舟に乗ったつもりで任せろとでも言うつもりか? 大船に乗せろよ」

「文句は言うな」

「文句の他には小便くらいしかでねぇよ」

「舌を噛むから口を閉じろという意味だ」

 セイリンはマーメイドハープをコーラルシーライトの鱗で弾くと、リットの腰を叩くようにして掴み、船まで連れて行った。



「ちょっと! セイリン!」というジュエリーの言葉は、リットの「こんな楽な方法があるなら最初からやれ」という文句にかき消されてしまった。

「普通は泥水なんかにマーメイドハープなんか弾かないものだ」

「オレのゲロに弾いただろう」

「あれはたまたま下にいただけだ」

「あのなぁ……たまたま下にあるってのは、男が生まれた時から決まってんだよ」

「ちょっと……セイリン?」

「なら中の水分が破裂しなかったことに感謝するんだな。女に生まれ変わるところだった」

「セイリンってば!!」

 ジュエリーが足ヒダをベタベタ鳴らしながら怒鳴ると、セイリンはリットの相手を辞めた。

「悪かった。ああいう男なんだ」

「そうじゃなくて」

「悪いが、海賊だ。欲しいものは奪っていくぞ」

 セイリンは勝手に連れ出したことを、ジュエリーが怒っているのだと思っていた。

 だがジュエリーが言いたいのはそれではなく、藻だらけの酒瓶だった。

「これコーダックの酒瓶じゃない。このお酒で酔って見る夢は、海の誰かの瞳に映る風景なの」

「それは大した効果はない。断片的な夢を見ただけだ。共通の夢を見るという意味では、今後の指針が出来たがな」

 セイリンは飲んだが、うわさ話ほど効果は起こらなかったと説明した。

「飲んでない」

 ジュエリーが酒瓶を振るとチャプチャプと音が鳴った。

 半分以上飲み干したはずのお酒が、満杯まで戻っていた。

「なんて得な酒だ……」というリットの声に誰も反応しなかった。

「コーラルシーライトの鱗を持ってるのに、気付かないの? コーダックはコーラルが訛ったのよ。藻が付いてるのは海の魔法が消えないため。演奏海に行ってきたんでしょう? まだ魔力が残っているじゃない。コップは?」

 ジュエリーが言うと、イトウ・サンが立派な銅製の装飾コップを人数分持ってきた。

 当然この商船にあるものを勝手に使っているだけだ。

「飲んでも変わらない。一度試してると言っただろう。一杯飲んでも変わらなかった」

「一杯じゃない――いっぱい飲むの」

 ジュエリーは瓶の中のお酒をすべてコップに注ぐと、空になった証拠を見せるように空ビンを逆さにすると、一滴も酒が堕ちないのを確認してから、空ビンを海へ投げ捨てた。

 ちゃぽんという入水の音と、カチャンとなる乾杯の音はほぼ同時。

 コーダックの酒瓶は海の水を吸い込み沈んでいく。新たに誰かのための酒となるために、ゆっくりと海底を漂うのだ。

 そして船の上では、ジュエリーを除く全員が、コーダックの酒を飲み干した瞬間から眠ってしまった。

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