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第十一話

 マグニは「海賊!? 聞いてないよ!」と驚けば「お宝!? 早く言ってよ!」と喜んだ。

 あまりに無邪気に手を叩いてテンションを上げているので、リットは「意味わかってるのか?」念押しした。

「大冒険でしょ。違うの?」

「違わねぇ……」

 リットはもう説明は無理だと、セイリンと変わることにした。

「情けない男め。いいか? これから向かうのは秘島だ。ユレインがクラーケンの触手でショートカットするならば、こっちは情報で地盤を固める」

「おお! リット! 見た見た? 聞いた? 驚いた? これが大人の女の余裕ってやつだよ。グリザベルからはとても感じられないね! 僕びっくりしちゃった」

「……本人には言ってやるなよ」リットはここにいないグリザベルを不憫に思いつつ、セイリンを睨んだ。「そっちは本人に言え。オレはなんも聞いてねぇぞ」

「今思いついたんだ。キス一つで心まで奪ったつもりでいるのか? 女の心を知ろうとするのは愚者の類だけだ。要はダメ男」

「ダメ男は否定しねぇし、誤魔化しも通用しねぇのはわかってる。まさかまた変な島じゃねぇだろうな」

「楽園だ」

「海賊の楽園はもう寄ってきただろうが」

「だから、楽園だと言ってるだろう」



 波は緩く、遠浅が続く白い砂浜は、水平線まで続いている。

 雲は燃えるような黄金に照らされ、空は闇に向かう前の濃い青色をしていた。

「ここは世界で一番ゆっくり日が沈む場所だ」

「浅瀬を長く歩かされたから『難破船』かと思った。本当に孤島じゃねぇか」

 リットは背負っていたマグニを乱暴に浜に落とした。

 ここの砂は特殊な砂であり、人魚のように身体をくねらせて移動する種族ではたどり着けない。

 地上の生物も海のど真ん中までは来られない。

 人魚のヒレと人間の足を持つセイリンだからこそ来られる場所だ。

「秘島と呼んでくれ」

「セイリンと出会ったばかりの時、泳ぎ回ってた時に見つけた思い出の場所なんです」

 イトウ・サンが染み染みとした声色でいうと、それにつられたスズキ・サンは目尻に涙を浮かばせた。

「あの時はまだ船もなかったしねー。セイリンを担いで泳いでたのよ。あの頃は世間知らずに海知らずで手がかかったわー」

「お互い様だ」セイリンは両脇に担いでいた二人を砂浜に降ろすと「さぁ――かくれんぼの始まりだ」と言った。

 意味を理解した海賊人魚の二人と、ノリに任せて二人について行ったマグニとは違い、リットは説明しろと足を動かすことはなかった。

「騙すんなら酒の一杯でも飲ますのが礼儀だと思うけどよ。そのへんどう思ってる?」

「言っただろう。かくれんぼだって。ここにはウミウシの知り合いがいる。かなりの情報通でな。それでいて……かなりの根暗だ。顔見知りの私にも出てこないくらいだ」

「嫌われてんだろう。普通海賊ってのは嫌われるもんだぞ」

「それならそれでしっかり脅しを入れておきたい。海賊の名に畏怖するから気分が良いんだ」

 セイリンは杖でリットのおしりを叩くと、無駄口を叩いてる暇ないと三人とは別の方角へ向かって歩いていった。

 一足先に島の中へと踏み入れていたマグニは、故郷では見ない植物で構築された風景に感動していた。

「見てー! 大きな葉っぱ!」

 マグニは自分の体を隠せるほどの大きなクワズイモの葉の間から顔を出した。

「樹液に触れないでね。かぶれるわよ。それにしても……どこにいるのかしら『ジュエリー』は」

 スズキ・サンは前に何度かウミウシと交流をしているので、どういう姿をしているかわかっている。

 イトウ・サンも同様だが、マグニは会ったことがないので当然姿はわからない。

 二人と同じように遠くを見ながら移動しているが、ただノリに任せて先頭にいるだけだ。鼻歌も混ざり、雑音が多くなることにより自分がだんだんはぐれていることに気付いていなかった。

 自作の冒険の歌を歌い。もしかしたら作曲家になれるかも知れない。帰ったら譜面に起こしてみようと、ポジティブソングと名付けたところで、自分が見知らぬ孤島で一人きりだということに気付いた。

「スズキさーん! イトウさーん! どこー! マグニはここだよ!」

 マグニの大声に反応したのは枝で羽を休めていた鳥だけだ。

 葉を散らし、羽を一枚落としただけで、再び静けさが訪れた。

「まったく……迷子になるなら先に言ってよね。あっ! 僕がかくれんぼの鬼ってことね! ようし! 見つけちゃうぞ!」

 マグニは拳を掲げると、背負っていたマーメイドハープを取り出した。

 近くの岩清水から水流が流れ込んでくると、マグニのヒレは泥まみれになった。あとは土の上ならば氷の上を滑るように、自由に移動が出来る。

 木々の隙間を抜け、幹に泥を飛ばして、一番下の枝まで木を登ったところで、泥が足りなくなって頭から落ちたが、地面と衝突する前に泥でクッションを作った。

 ほっと一息つく暇もなく、マグニは泥道を作って更に一直線に進んだ。

 落ちていくときに、誰かの影を見つけたからだ。

「あっ! グリザベルとおんなじドレスだ! ってことは人間だね」

 マグニの言う通り、グリザベルと同じような足元がひらひらとした構造のドレスを来ている。

 だが、真っ黒なグリザベルのドレスとは違い、派手なオレンジ色を基調に、アクセントで様々な色の模様が付けられていた。

 マグニに声をかけられた女性は、急なことでびっくりしたのかおどおどした様子だった。

「あ……あの……楽しそうで……」

「あー人間は魔法が使えないもんね。なんかお絵かきする必要があるって言ってたよ。それも限られた人間だけ。いや……なんだっけな? 選ばれた人間? 一握の人物? まあそんな感じ」

 マグニが近づくと、女性は近づいた分だけ離れた。

「そんな感じ? ……うん」

 普通ならば相手が人見知りだと気付いた時点で、自分からも距離を取るのだが、マグニは違った。

「あっ! グリザベルと一緒だ。あーそーぼって言えないんでしょう。一緒に遊ぼうよ!」

 マグニはマーメイドハープを弾くと、自分ではなく女性の足元へ泥を広げた。

 そしてカーペットごと引きずるようにして引き寄せると、肩を組んで「行くよー!」と、再び木々の隙間を縫って泥道を進んでいった。

「わわわ」と恐怖に驚く女性だが、マグニはそれを喜んでると思い込み更にスピードを上げた。

 いつもは夏の川くらいのスピードしか出せないが、今は雪解けの激流のようなスピードを出すことが出来た。

 理屈など考えることなく、ただ調子が良いと捉えたマグニは、自分の力を過信してぐんぐんスピードを上げた。

 川でなく川風になったかのように、自由に動くことが出来た。それどころか、先程は失敗した枝くぐりを今度は成功し、勢い余って空に放り出されてしまった。

「わーーーーー!」という二人の悲鳴は、泥の上に着地すると、二人同時に笑い声に変わった。

「鳥になったみたい!」とマグニは騒ぎ立て、女性は「すごすぎて全身乾いちゃった……」と泥だらけになったドレスを手で払った。



「なんだ今の悲鳴は?」

 セイリンは鳥が飛び立つ方角を見ながら言った。

「マグニだろ。あの声は」

 リットはうんざりして答えた。

「誰のとは聞いてないだろう」

「見てもねぇんだぞ。なにが起こったなんかわかるわけねぇだろ」

「だから向かえと言っているんだ」

 セイリンは杖で悲鳴がした方角を指した。

 片脚が人魚のヒレのセイリンは陸で上手く歩くことが出来ないので、リットの肩を借りている――というのは傍から見た光景であり、実際は馬車馬のようにリットを使っていた。

「探してるのはマグニじゃねぇだろう。あっちいってこっちいって。またあっちに行けって言うんじゃねぇだろうな」

「ベッドの上で指図されるよりマシだろう」

「ベッドの上なら寝たふりが出来る。こっちが助けてほしい時は助けてくれねぇくせに、都合の良い女だ」

 リットはぶつぶつ文句を言いながらも悲鳴のした方へ歩き出した。

「助けを乞われた覚えはないが」

「思ったんだ。闇に呑まれた中。指針を取れたのは人魚じゃなかったのかってな。深海は暗いし、それも海賊なら方角を間違えることもない」

「思っても無駄なことだ。あの時期海は包囲網だらけだ。どっかの誰かを守るためにな。船など出したら、世界が襲ってくる。隠れ家でのんびりしていたさ」

「世界を相手に戦ったわけじゃねぇんだぞ。なんでこう国が絡むと事を大きくしたがるんだか……」

「狭い大地で土地を取り合うからだ。まあ私には気持ちがわかるがな。名というのは売ってなんぼだ。海は静かで退屈だからな」

「さすが人間が混ざってるだけあるな。争い好きなこって」

「バブルスで見ただろ。あの静けさ。他の人魚が船を持つ日も遠くはない。演奏海を開くほど騒ぎ好きなんだ」

「本当にな……。黙らせたほうがいいんじゃねぇか?」

 イトウ・サンとスズキ・サンが口喧嘩をしながら近付いてくるので、リットはセイリンを二人に押しつけた。

「セイリン! 聞いてよ! イトウ・サンがよそ見したせいで」

「違う! 違うよ! 違うもん! スズキ・サンが勝手に別方向に行ったからだよ!」

「よそ見をしてたのに、どうして別方向ってわかるのよ」

「私が見てた方向が、正しい方角なんだよぉ……」

「待て待て。一体なにがあったというんだ」

 左右から手を引っ張られたセイリンは片足でしか踏ん張ることが出来ないので、バランスを崩して今にも倒れそうだった。

「イトウ・サンが!」

「スズキ・サンが!」

「が――どうしたと聞いているんだ」

「そんなことより、マグニはどこだ? オマエら一緒だったんだろ」

 リットが見当たらないマグニを探しながら言うと「イトウ・サンが!」「スズキ・サンが!」と、また二人で口喧嘩を始めた。

「はぐれたわけか。心配すんな。山の湖に住んでて、川を移動して好き勝手生きてるやつだ。陸に関してはオマエらより詳しい」

 リットが二人を落ち着けようと説明をしていると、突然激走してきたイノシシに体当たりされた――。と思ったが、それは泥で勢いよく滑ってきたマグニだった。

 そんな二人に目もくれず「ジュエリー!!」と声を高くしたのはセイリンだ。

 ジュエリーは片手を上げて「や」と短く挨拶をした。

 マグニがドレスだと思っていたものは身体そのものであり、ウミウシの特徴であるひだがドレスのように波打っているのと、派手な模様をしているので勘違いしていたのだ。

「マグニにはタニシの友達がいただろう。なのになんで気付かねぇんだよ……」

 リットはマグニに突進されるまま。近くの木まで飛ばされていた。

「ベテランとかメトゥマとか、水棲種族って同族でもわからないことだらけなんだもん。それも魔族の一部だったりね」

「確かに……スキュラにも種類はあるし、人魚もマーメイドやらメロウやら分かれてるしな。そもそもそこを気にするような種族じゃねぇってことだろうな」

 リットは目の前にいる能天気なマグニを見ていったわけではない。

 人魚が種族というものを大切にしていたら、セイリンもマーメイドとメロウの違いに気付いたはずだ。

 人間の差別的な思考により、正解に導かれることもあるのだった。

「わかんないけど。人間は考えすぎだと思うよ。リットもだけど、グリザベルもね」

「道理だ。今も無駄なことを考えてる。泥だけの服をどうしようかってな……。待った。なんでオレは泥だらけなんだ」

「僕がぶつかったからでしょう。大丈夫? 頭ぶつけちゃった?」

「この泥はどこからだした?」

「岩清水だよ」

「どこにある?」

「どこって。あっち」

 マグニは自分の泥が続いている方角を指した。

「あんな離れたところから、ここまで泥を引けるのか?」

「そんなの無理だよ。川を背負って歩いてるとでも思った?」

「思った。浮遊大陸にそういう植物があったからな。てっきりそれが落ちてきて、利用してるのかと思った」

「リット……僕はそんなに賢くないよ。そんな賢さ期待してるなら、今すぐ諦めて。代わりに運んであげる」

 マグニはリットを連れて先程のように滑っていこうとしたが、マーメイドハープを弾いて一瞬の出来事だ。

 急ブレーキがかかったように止まって、リットは放り出されてしまった。

「飛ばされてどこかへ行ったと思ったら、飛ばされて戻ってくるとは。律儀な男だ……」

 セイリンはリットを立たせると「ウミウシのジュエリー」だと、隣りにいる人物を紹介した。

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