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第十話

「これがナマズの人魚か……」

 セイリンはコツコツと人間の足音と杖の音を響かせながら、威圧するようにマグニの周りを歩いた。

 一見、海賊が侵入者の処遇を決めているような深刻な場面に見えるが、マグニは粘液を利用して、その場でコンパスの針のように一回りしてセイリンと目を合わせてニコニコすることにより、口を挟むのもはばかれるほどマヌケな光景になってしまっていた。

「そうだよ! マグニだよ! よろしくね」

 セイリンが握手に差し出された手を無視していると、マグニは挨拶が間違ったとハグをした。

 そして、呆気にとられるセイリンをよそに、イトウ・サンとスズキ・サンと盛り上がり始めた。

「なんなんだあれは」

 セイリンは今日は船を出す気力が失せたと背中を船のへりに預けて座り込むと、リットに隣へ座るように手で促した。

「あれがお目当てのナマズの人魚だ」

「あれが地震を起こすって?」

「地震を起こすのはオオナマズだろ。あれは可能性があるかも知れねぇってだけだ」

 リットは船の端から端まで滑って遊ぶマグニにを目で追いながら言った。

 人魚三人で遊び倒す様子は、海賊の威厳なんてものはかけらも存在していない。

 セイリンは少し心配になり「おい、そこのナマズ」と呼び止めた。

「マグニだよ! よろしくね! ……あれ? さっきも自己紹介しなかった? でも、僕は君の名前を知らないし……してないね!」

 マグニに差し出された手を、セイリンは今度はしっかり握った。

「セイリンだ。イサリビィ海賊団の船長をしている」

 セイリンは最低限の礼節として名乗ったのだが、イトウ・サンとスズキ・サンの二人は、失言にあちゃーと顔を手で覆っていた。

「海賊? 船長!? すごーい!! 海賊船はどこ? 他の仲間は?」

 マグニはマーメイとハープを弾いて水柱を上げると、てっぺんに乗って周囲を見渡した。

 太陽を吸い込む水平線が光を溶かして黄金に輝くだけで、鳥の影どころか雲一つなかった。

「もしかして……これが海賊船?」

 現在セイリンは奪った商船に乗っているので、海賊旗もついていない。

マグニがきょとんとした表情をするのも無理なかった。

「諸事情で今はこんなだが、いつもはもっと立派な海賊船に乗っている」

「あーね。しょじじょーってやつね。グリザベルもよく言ってるから、僕わかるよ!」

「闇を晴らした魔女と肩を並べたな」

 リットの皮肉に、セイリンは一緒にされたくないと肩を落としたが、そんな自らを奮い立たせるように声を大きくした。

「とにかくだ! ハープを弾いてみろ。人魚なら出来る筈だろ」

「もう……そんなのお茶の子さいさいだよ。まず構える。そして弦に触れる。そしたら指先でポロンポロロンってなもんだよ」

 マグニがマーメイドハープを弾くと、船の周りに海水で出来たマグニの分身が出来た。すべてが水柱で繋がっており、空中を浮かんでいるわけではないが、メロディに合わせて動く様子は、空を泳いでるように見える。

 リットが最後に聞いた時よりも、確実に演奏の腕前が上がっていた。

「高波もなしか……」

 セイリンは落胆のため息を落とした。

 地震が起こせなくても、それ相応の高波が起こせると思っていたからだ。

 地震での陸地移動が不可能なら、高波に乗っかって移動しようと考えていたのは無駄となってしまった。

「同じ人魚なら、精霊以上の力は出せないってわかるでしょー」

 マグニの指摘通り、どの種族も精霊の力を超える魔法を使うことは出来ない。

 人魚が集まった演奏海でも、魔力の理から外れることはない。

 魔法を使う種族は、魔力の均衡を保つため一度に放出できる魔力に限界がある。

 魔女という特別な存在だけが、魔力を乱して精霊以上の力を使おうとしているのだ。

 今回は魔女のグリザベルもいない。

 つまり、ユレインとの差は明確についてしまったということになる。

「クラーケンを隷従させるとはな……あれで船を飛ばすつもりだ。人の船で無茶をする」

 セイリンは虚空を睨みつけ、成功に盛り上がるユレイン達という嫌なイメージを撃ち抜くように海へつばを吐いた。

「だいたいよ。なんでボーン・ドレス号が盗られたんだよ。ユレインは南の海賊から奪った船をゴーストシップとして使ってるだろ?」

「ゴーストシップだ。ゴーストというのはなんらかの制約を受ける種族だ。リビングドールみたいにものに取り付いたり、ポルターガイストのように現象としてしか存在できないようにな」

「ゴーストシップは海に縛られてるってことだね。つまり陸は超えられないってこと!!」

 マグニが景気づけと言わんばかりにマーメイドハープをかき鳴らすと、とてもキレイとは言えない大小さまざまな形容物が、形になる前に海へと落ちて消えていった。

「なるほど……。海賊のくせに自由じゃねぇってわけか」

「だから自由を取り戻しに行っているんだ」セイリンは一定の理解を示した上で「だからといって、私の船を使わせる道理はない」と瞳を鋭くした。

「魂の解放ってのはゴーストの自由じゃねぇのか? いや……そうかゴーストだもんな」

 リットはユレインが人魚としてではなく、ゴーストしての道理で動いていることを理解した。

 二人が話している間。

 甲板滑りに飽きた人魚三人も話に花を咲かせていた。

「一角白鯨の墓場って、僕聞いたことあるよ。海に生まれた種族。魂はすべてそこに行くって」

 マグニが怖がらせるように言うと、イトウ・サンは身震いした。

「私も昔に何度も聞いています。すべての水は海に流れ着くように、魂もすべて海に流れ着く。そして、その海から隔離された場所が一角白鯨の墓場」

 人魚に言い伝えられているのは、海は一頭の巨大な一角白鯨が支配していた。

 力による支配ではなく、統治による支配だ。

 つまり海は平和だった。

 しかし、海の平和は様々な命を魅了し、生き物が飽和状態になってしまった。

 そこで一角白鯨は世界に穴を開け、海を広げようとした。

 大角で砕かれた大地によって出来たのが湖であり、地下水脈は海へと繋がる。

 しかし、一角白鯨の墓場となっている孤島は完全に独立している。

 一角白鯨が島に角を突き刺したのと同時に絶命したからだ。

 角は山をも砕き、空へとそびえ立つ。角を抜くことも出来なかったので、海水が侵入することもなかった。

 そこでさみしく命が尽きた……という悲哀の類の話ではなく、白鯨が動けなくなったことを知った海の生物達が、さみしくないようにその周囲で生活を始めたという話だ。

 命が集まるということは、そこで命が尽きることも多いということ。

 それが墓場と呼ばれる所以だった。

「でも、実際に行ったことある人魚はいないって話だよ。僕が海の出身の人魚じゃないから知らないだけかも知れないけど」

「実際には一角白鯨の墓場じゃなくて供養塔って呼ばれてるよ。供養塔には近づいちゃいけないの。行けるけど、門前払いが正しい」

 スズキ・サンは人差し指を立てると、その根本を逆の手で指さした。

 一角白鯨の角は海底から空に向けて突き上げるように刺さっている。

 その周辺の白鯨の骨の周りに人魚達の墓が出来ている。しかし、肝心の角がある周辺は立入禁止になっている。

 白鯨に送る葬送曲が常に演奏されているので、魔力の海流となって近づけないのだ。

「その葬送曲は現代の人魚が演奏しているわけではない」セイリンは話に混ざるとリットにも聞けと視線を送った。「そして、その仕組みを知っているのがこの男だ」

「オレか? ユレインもオレを取られたって行ってたけどよ」

「リットがバーロホールに出向いた時。ここの三人は留守番組だ」

 セイリンはそもそも南の海賊との抗争に参加していないし、イトウ・サンとスズキ・サンの二人は船番をしていたのでバーロホールへ行っていない。

 そして、そこでリットが見た。正しくは聞いた光景は。

 人魚がいないのにマーメイドハープの曲が流れる空間だった。

 バーロホールは海の大穴。それを維持するのに使われていたのが、マーメイドハープの力だ。

 その仕組みを作ったのはユレイン船長だった。

 そして、その仕組みを説明されたのがリットであり、要となっていた『コーラルシライトの鱗』はセイリンがネックレスにしており、マーメイドハープを弾くのに使っているものだ。

「思い出させるなよ……。あの穴から噴出される時、漏らすほど怖かったんだぞ」

「しっかり思い出せ。ユレイン船長は破壊する知識を持っているということだ。何百年も人魚の魔力を吸って……いわば魔力にコーティングされている状態だ。そんなものが破壊されれば、地上にも影響が出るぞ」

「わかったぞ」とリットは意地悪な笑みを浮かべた。 「人魚の恥部ってわけか」

「敏いな……。別名魂の牢獄とも言われている。私達のような者にはな」

 魔力は巡るもの。魔力をつかって生きる種族は、ほぼ等しく同じ考えを持っている。

 輪廻転生が基本。人間が土に還るというように、人魚も海に戻るという考えがあるのだ。

 魔力の循環に入れたいくない者。つまり悪党が永遠に閉じ込められているといわけだ。

 人魚の海賊というのは今でも誇るべきものではないが、過去は恥ずべきものだった。ユレイン船長が率いる『アビサル海賊団』も例外ではなく――どころか発端だ。

 史上最初の人魚の海賊がユレインだからだ。

 彼女を慕って海賊をしていた仲間も悪だ。そこには人魚をたぶらかした人間の魂も含まれる。

 ユレインは仲間の開放のために海を巡る必要がなく、一箇所を攻めれば済むことを発見したのだ。

「後先考えねぇところが腐っても海賊ってところか」

「腐るどころか、死んでもなお海賊だから困っている。魔力の開放となればボーン・ドレス号がただで済むわけがないからな」

 ボーン・ドレス号はセイリンとイトウ・サンとスズキ・サンの三人がサルベージして直した船だ。

 他の船員よりも思い入れが深い。というよりも、彼女らにとっては船こそが宝だ。

 だからこそユレインの口車に乗らなかったのだ。

「説明は他の海賊にもしたし、されただろう?」

 リットは知識は共有済みだと言ったが、セイリンは首を横に振った。

「海賊は目で見たものしか信じない。海底の男人魚の与太話とはわけが違う」

「与太話ね……。マグニ、小規模の地震でも起こせないのか?」

「小規模なら、ここでジャンプすれば誰でも起こせるよ」

 マグニはその場でジャンプして船を揺らした。

 しかし、自分の粘膜にすべって転ぶと海まで落ちていってしまった。

「いっそ船まですべらすか」

 リットは落ちていくマグニを見送りながら、そんなことをつぶやいた。

「あのなぁ」と反射的に呆れたセイリンだったが「今何と言った?」と表情を変えた。

「船を滑らせば解決だろって……。まさか本気か?」

「半分本気だ。土石流を使えば木々もなぎ倒してすすめるだろう?」

「おい……それは海賊の範疇を超えてるだろう」

「半分本気だと言っただろう。半分はやけだ」

「どっちみち実行するってことじゃねぇか……」

「私はアリスみたいに考えなしじゃない。まずは一角白鯨の墓場近海で情報を集める。乗れ、ナマズ」

「ほーい」と話半分のマグニが「泥遊びが好きだなんて、リットもまだまだ子供だね」とからかった。

 自分が勝手に冒険のメンバーに加わり、これから危険なことをさせられることにマグニが気付くのはまだ先だった。

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