表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/11

正体

 佐藤の家に着くと、玄関には鍵がかかっていました。当たり前だって?いえ、昔の田舎は違ったんです。

 玄関の戸を開けて「すみませーーーん!」とか「ごめんくださーーーい!」って大声で呼ぶのが知人の礼儀でした。呼び鈴を鳴らすのは他人行儀なので、宅配とかの業者以外は基本的に使いません。

 ともかく、登校時間にまだ玄関が空いてないというのは、それだけで不穏な物を感じるんです。

 私たちは、おそるおそる呼び鈴を鳴らしました。


「何でしょう?」

 しばらくして、疲れ果てた声が玄関のドアの向こうからします。戸を開ける気配はありません。これも昔の田舎では不思議な対応です。今なら当たり前なんですけどね。

 ただ、私たちは少し躊躇しました。


「サッカー部の田中と言います。先輩はいらっしゃいますでしょうか?」

 意を決して田中が言いました。

「体調崩して寝ているの。学校も休んでいるから。ごめんなさいね」

 そう言って、おそらく佐藤の母親は戻ろうとします。


「その体調が心配なんでね。そこの神社から伺いました。須賀原と言います」

 老人が声を張りました。やはり祝詞などで鍛えているのでしょう。とても通る、張りのある声でした。

 佐藤の母親は躊躇したようですが、奥で何やら話をしている声がします。

 しばらくして、玄関が空きました。


「わざわざご面倒かけます。やはり、そうなんでしょうか?」

 玄関を開けた小さな老婆が、老人、須賀原さんに深々と頭をさげました。その奥には佐藤の母親らしき人と父親らしき人。二人ともひどく痩せている、というより、やつれています。

「まだ、分かりませんが、彼らに聞いた限りでは力になれるかもと思いましてね。朝からすみません」

 須賀原さんが答えます。

「とんでもないです。ありがたい、ありがたい。なんとか孫を助けてやってください。どうかどうか」

 老婆は神仏に祈るかのように須賀原さんに手をすり合わせました。


 私たちは、玄関でコートを脱ぎ、中に案内されました。

 佐藤の家は、玄関で既にとてもコートを着ていられないほど暑かったのです。

 それが奥にいくほど、更にどんどん暑くなります。


 茶の間を抜け、台所に入るとその原因が分かりました。

 家中から、かき集めたようなストーブが、そこらで炊かれています。灯油の物もあれば電気の物もありました。灯油ストーブには上にヤカンが置かれ、湯気を吐いています。

 ずっとそうしているのでしょう。とんでもない湿度でした。

 

 そうせざるを得ない原因が、間もなく分かります。

 台所を抜けると風呂場の脱衣所でした。

 おそらく風呂場から発せられている、ひどく生臭い臭気が充満しています。


「ここから出ないんです・・・」

 意を決したように父親が風呂場の戸を開けました。


 そこに佐藤はいました。

 

 水をはった湯船の中で体育座りをして、虚ろな目をしています。

 例の有刺鉄線で付けたであろう傷が痛々しく足に残っています。肩から腕にかけても大きな青黒い痣がありました。手足ともガリガリにやせ、これが生きた人間の色と思えないほどの青白さでした。


(生きているのかな?)

 と疑ったほどです。最初はあまりに痛々しい光景に直視できなかったので、余計にそう見えました。ただ、状況に慣れ、よく見ればわずかに呼吸するように肩が動いているので、かろうじて生きていることだけは分かりました。


「あれ・・・傷だよな?」

 田中が変なことを耳打ちしてきました。

「この前の傷だろ。なんで?」

「だよな。なんかさ・・・一瞬、虫に見えたから」

 その言葉に私は返せませんでした。確かに有刺鉄線で引っ掻いたであろう傷の瘡蓋は、水に揺れて、虫が這っているように見えなくもありません。

 一旦そう見えてしまうと、肩の広く斑な痣も、甲殻類の甲羅のようにも見えてきました。


「中は水ですか?」

 私達の動揺に反し、須賀原さんが日常会話のような口調で両親に聞きました。

「はい。お湯にしても自分で埋めてしまうんです」

 だから部屋を温めているのでしょう。

「水を抜いたらどうします?」

「・・・抜いた人間に何するか分かりません。。正直手がつけられないんです」


 それを聞いて私は、改めて佐藤を凝視しました。

 こんなに細く、青白く、動かない佐藤が豹変すると考えると、ますます気味が悪くなったのです。


 そんな私達を他所に、須賀原さんはとんでもないことを云います。


「なら水を抜きますか」

 ギョッとする父親と私達に向けて、須賀原さんは補足します。

「お子さんに憑いているのは動物霊です。彼らとは対話が出来ません。だから、追い出す為に少し怒らせてみようと思います」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ