テリトリー
「これは除霊してもらった方が良いんじゃないか?」
私たちは、いてもたってもいられなくなりました。
「でも、除霊ってどこで頼めるんだ?」
「神社かお寺かな」
「なら、○○神社に行ってみよう!」
今と違って携帯端末で何かを調べるなんて出来ない時代です。施設や業者なんかを調べようと思ったら、電話帳で調べてたんですよ。
でも、私たちにそんなことをしている余裕はありません。子供ならではの行動力で、地域で知られた神社に向かいました。
今よりも娯楽の少ない時代ですからね。神社でやるお祭りなんかは、結構重要なイベントで、子供にとって神社というのが今よりも馴染みが深いものだったんです。
ともかく私たちは、とある神社に駆け込みました。
田舎の、観光地でも何でもない神社なんで、当然受付なんてものはありません。ましてや冬なので一面真っ白。参拝者なんて誰もいません。
私たちは、境内でたった一人、雪かきをしている人を見つけました。膝上までの長靴を履いて、黒の分厚いフード付きのコートを着てスコップで雪かきをしていた女性は作業に没頭しており、数回声をかけてやっと顔を向けました。
「どうしたの?学校の行事か何かかしら?」
こんな季節に中学生からの用事がある場所じゃないので、不思議そうな顔をされました。
「除霊ってお願いできますか?」
「ご祈祷ですか?」
「いや、除霊です。海に入ったら、おかしくなった友達がいて」
彼女は、半分困った顔をしてましたね。言葉だけ聞けば、冷やかしてるようですが、なんせ三人と必死だったもので。
「ちょっと神主さんに聞いてみますね」
そう言って、彼女は奥に入っていきました。
しばらくすると50歳ぐらいの男性が出て来ました。
私たちはすがるように、必死で話します。
男性は一通り話を聞いた後で言いました。
「まずは、親御さんに相談して、病院に行った方がいいんじゃないかな」
色々丁寧には話してくれましたが、要約するとそんな答えでした。
『親御さんに相談』とか『病院』という現実的な言葉を言われると、少し我に返るんですよね。
私たちは一旦引き下がりました。
「病気なのかな?」
「みんなで病院行く?」
「でも、病院行って、何て言ったらいいんだ?」
そんなもやもやした会話をしながら、私たちは帰りました。
その晩です。
私は夢を見ました。
私は海底にいるんです。
あたりは真っ暗なんですが、感覚で海底だと思いました。
足場は岩まじりの砂でした。
私はヤドカリみたいな姿をしていました。
でも、本当のヤドカリとは少し違う。タワシみたいな細い脚がたくさん生えているようなヤドカリでした。
冷静に考えると、自分で自分の姿なんて見えるわけないんですけどね。なんとなく、そんな気がしたんです。周りにも同じようなのが沢山いましたから。
ただ、全員が全く同じでは無かった気がします。カニみたいなのもいれば、ゴカイみたいなのもいました。いや、ゴカイよりもムカデに近かったかな?
魚のようなもの、クラゲのようなもの、何の生物が分からないような不定形なのもいました。
意識を広げれば広げる程、様々な姿のものが見えてきます。
しばらく、海底で潜んでいると、遠くで波立っています。
人間が入って来ているようでした。
「やかましいな」
私達は思いました。
はい。『私達』です。会話したわけではありません。そこにいる、おびただしい仲間たちは、思考を共有していたんです。
「アイツらキライ」
誰かの思考が入ってきました。
「でも旨いよ」
別の誰かの思考です。
「中は快適だし」
次々と思考が飛び交います。
「大勢いる」
「選び放題、食い放題」
「でもキライ」
「やかましい」
「でも・・・だよ」
「こっちまで来たら・・・出来るのに」
その騒がしい人間たちは、絶妙に私たちのテリトリーの外で騒いでいたんです。
どういうワケか、私たちには動いていい範囲というものが決められていたようでした。
そんな風に人間たちの様子を見ていると、不意に一人が私たちのテリトリーまで踏み込んできました。
他の人間もそれに続いてくる様子があります。
「今だ!」
私たちは、一斉にガサガサと動き出しました。
そこで私は夢から覚めました。
自分の部屋で寝ていたのですが、気が付くと、傍に母親がいました。
「大丈夫?」
母は私の顔を覗き込むように聞きました。
「何が?」
「アンタ、変な笑い声上げてたよ・・・」