見えたもの
それまで呆然として見守っていた私たちは、そこで二人に歩み寄ります。
さすがに、その日の『行事』はそれで終了となり、部室に戻ることになりました。
佐藤が着替えるからと先に戻り、山田を1年生が交代で抱えながら戻ります。
上級生達は。口では偉そうに指示をしましたが、誰も気味悪がって山田に近づきません。
私たちは、一人がお姫様抱っこで山田を抱え、その両脇で頭と足を別の人間が支えるというような形で運びました。
なにしろ、意識が無いので完全に脱力しており、とても重いんです。
そして、吐しゃ物特有のツンとする臭いにまじって、魚屋の裏のような生臭い口臭があったのを覚えています。海水でも大量に飲んだせいかと、その時は思いました。
私たちは山田が気味悪く無かったかって?
当然、気持ち悪かったですよ。また突然変な声出したらと思うと、運びながらもビクビクしていました。ただ、もし、あれが山田の狂言だとしたら痛快です。
ビビッて情けなく後退する佐藤を見て、正直胸のすく思いを感じました。だから、意識が戻ったら実際はどうなのか聞いてみたいと思っていました。
まだ、この時は、そんなことを考える余裕があったんです。
部室に戻り、ストーブの近くで寝かせると、しばらくして山田は意識を取り戻しました。
しかし、浜辺でのことは、ほとんど覚えていないようでした。
ボールを取りに行ったまでは分かるが、そこから先は分からないとのこと。私たちが聞いても上級生が問い詰めても一緒でした。思い出そうとしている内に頭痛を訴えるようになりました。
「もういいだろ。帰って休ませようぜ」
そう言ったのは佐藤でした。彼は憔悴した様子で、山田を問い詰める輪にも入っていませんでした。
「お前がそう言うなら」
と、佐藤の発言を受けて、その日の部活は終了になりました。
「今日のことは誰にも言うな!」
上級生たちは帰り際、そう念を押して行きました。
問題になるのを恐れたのでしょう。その卑怯さと、浜辺で動揺した彼らの情けなを目の当たりにしたことで、どんどん上級生達に失望し、恐れが無くなっていったのを今でも覚えています。
山田は家が近い私と、もう一人、1年生の田中(仮名)が送ることになりました。
しばらく休んだら山田は、自分の足で歩けるぐらいには回復していたのです。
「ここだけの話、実際はどうなん?」
と私たちが聞いてみても、やはり、記憶は無いとのことでした。
「これ、ヤバイかもな・・・」
山田を家まで送り届けた後、私と二人で歩いている時に田中が言いました。
「何が?」
「サッカー部ってさ、昔、人が死んでるんだよ」
「事故?」
「いや、今日みたいなシゴキで。その時も海で溺死だったはず」
「・・・」
私は絶句しました。かまわず田中は続けます。
「寒中球拾いってさ、昔は、今より酷かったらしいんだよ。短パン一丁でさ、かなり沖までのボールを取りに行かされたって。ちょうど、今日の最後みたいに・・・」
「・・・」
「オレ、見たんだ」
「何を?」
「山田が吐いた物の中にさ、何か、黒い、もぞもぞ動くヤツがあってさ」
「何それ?」
「分からない。それが何か確かめる前に、佐藤先輩のズボンの裾の中に入って行った・・・」
佐藤がおかしくなったのは、その次の日です。