海岸にて
「チンタラしてるな!」
あの時、上級生の佐藤(仮名)が怒鳴りました。
私たちは、なるべく浜をゆっくり走り、少しでもボールが波で戻る時間を稼ごうとしていたからです。
上級生達も、かつてはやらされた身ですから、当然、その手口は心得ています。
そこを見抜かれました。
「お前らがたるんでるから、次はスタート位置ここからだ」
佐藤は今までのスタートラインからより海に近い部分に線を引きました。そこに私たちは並ばされます。
「思いっきり行くぞ!」
そう言って、佐藤は大げさに遠くから助走をつけました。
これは明らかに嫌がらせです。私達は雪の上に裸足で立っているので、じっとしている時間が長ければ長いほどキツいんです。
(何でもいいから早く蹴ってくれ!)
内心みんなそう思いながら、少しでも感覚が鈍い足の外側や踵に重心を乗せて待ちます。
おそらく佐藤は、脅すだけ脅しておいて軽く蹴るつもりだったのでしょう。
しかし、それでかえって余計な力みが抜けたのかもしれません。会心の当たりが加わったボールが、絶望的に遠くに飛んで行きました。
遠くの黒い海面と、その上に漂う白いボールのコントラストをよく覚えています。
それは波に合わせて上下に揺れるものの、こちらに戻って来る気配は、まるでありません。
「・・・何してる!取りに行け!」
蹴った佐藤も、一瞬躊躇したような感じでした。
しかし、この時代、先輩の威厳と言うのは、絶対に損なってはならないものです。
前言撤回して容赦するなんて、出来るわけもありません。佐藤がそう告げると、他の上級生たちも次々に「行け!」と煽りました。煽られるだけでなく、何人かは尻を蹴られ、雪玉を投げつけられました。
「はい!すみません!うおおおおおーー!」
とヤケクソになった山田(仮名)が海に突っ込みます。私たちも遅れないように走り出しました。
皆一様に、やりたくはないものの、ここで真剣さを見せなければエスカレートすることを察し、口々に気合を発しては、派手な水飛沫を立てて海に走り込みます。
「おりゃーーー!」
私も奇声を上げて、出切るだけ派手に海に走り込みました。
しかし、少しやりすぎました。
水飛沫で視界を遮られ、一瞬ボールを見失ったのです。
私は、そこで立ち止まってあたりを見渡しました。
すると、同じく何人かが立ち止まっていました。
一人、二人と立ち止まり、ボールを探します。
ボールはどこにもありません。
それどころか・・・
「山田はどこだ?」
誰かが言いました。真っ先に飛び込んだはずの山田が見当たりません。
「うわっ!」
誰かが叫びました。
「おわっ!」
別の誰かが叫びます。ほぼ同時に私も言葉にならない悲鳴を上げました。
海の中の足の甲を何かが通ったのです。
硬くてチクチクした感触でした。
チクチクしたものが沢山触れたのですが、刺さるほどではありません。その足場に合わせて接地している感触が、生物を連想させました。
あまり考えたく無かったのですが、真っ先に頭に浮かんだイメージは、巨大なフナムシです。。
たまらず私たちは岸に上がりました。私達の足を踏んで行ったそれが何かを確認する余裕など、誰にもありませんでした。
「おい!誰が上がっていいって言った!ボールは!」
佐藤を中心に上級生たちの叱責が飛びます。
「ありません!」
「山田もいません!」
「海に何かいます!」
「噛まれました!」
「自分もです!」
ほとんどパニックになった私たちが口々に叫びます。
それに気圧され、事実山田がいないことからも、上級生たちの顔に困惑の色が浮かびます。
「お前、やりすぎだよ!」
上級生の一人が佐藤を詰めます。
「いや、それよりも探さないと」
「海に入るのか?」
「いや、それは危ないだろ」
その危ないことをさっきまで私たちにやらせていたクセに、彼らも見苦しくパニックになりました。
そんな時です。
「ああアアアア、ハハ、ああああ、はははああああ」
無機質な笑い声のような声が響きわたりました。