序
しいなここみ様「冬のホラー企画」参加作品
王道ホラー(のつもり)です。
まだ昭和が色濃く残った頃の話です。
私はN県、S中学の1年生で、サッカー部に所属していました。
運動が苦手だった私は、好きで入っていたわけではありません。今の子供には信じられないかもしれませんが、当時は運動部に入らない男子は人間扱いされなかったのです。
でも、そんな時代の中で、私は1年の冬に退部しました。周りの誰もそれを引き留めませんでした。
それだけの事情があったのです。
その時のことを少し、お話しますね。
N県は雪国に分類され、冬は雪で覆われます。ただ、S中学は海に面しており、その地域は一般的な雪国のイメージほどの積雪はありません。だいたい積もって50cmぐらいでしょうか?それでも冬の間ずっと雪が消えることはありませんでした。
今は融雪設備が発達しているので、積もった雪はすぐ解けて、そこまで残りません。県外から来た人は拍子抜けするようですね。でも私からしたら、雪なんて無い方がいい。。。
ともかく、当時の冬は雪で覆われつつも、外に出られなくなるほどは積もらない、そんな状態でした。そして、それに合わせた様々な『伝統行事』があったのです。
「一年!たるんでるな!」
部活の上級生のそういう一言で、だいたい『伝統行事』が始まります。
真っ白に雪で覆われた校庭を、裸足で一年生がランニングで周回する。これが初級編です。
一段厳しくなると、裸足に半袖の体育着、さらに『たるんでいる』時は、裸足に短パン一丁でランニングになります。
それを見て、先生達は注意しなかったかって?
とんでもない。彼らは笑っていましたよ。
暖かい職員室で、甘ったるい匂いのコーヒーを飲みながら
「ほう!やってるな!感心、感心」
などと言ってました。
「若い時は、これぐらいの元気がなけりゃな!厳しい冬と日本海の荒波に揉まれるから、わが校の生徒は逞しく育つんだ」
なんて言っている馬鹿もいましたね。
おっと、言葉が悪くなりました。
一応、少し擁護すると、そういう時代だったんです。もし彼らが現代の教師に生まれ変わり、そんな伝統の話を聞いたら「非常識だ!ありえない!」と上から目線で批難するでしょう。そういう人種です。
・・・あまり擁護になっていませんね。この話をすると、どうしても、時折感情が入ってしまいます。すみません。
話を戻します。
それでも裸足のランニングは、まだマシな方でした。
最悪なのは『寒中球拾い』です。
S中学は、すぐ裏手が浜辺でした。
その雪で覆われた砂浜に、裸足で一列に並ばされます。海に向かって一列ですね。
その横で、上級生が海に向かって古いサッカーボールを蹴るのです。
それを1年生全員がダッシュで取りに行くと。
はい。当然、海に入ることになりますよ。真冬の、夕方の、真っ黒な海に。
そんなことをしたら、死んでしまうって?
その通りです。
普通にやったら、命の保証は出来ません。
ただ、忌まわしいことにも、『伝統行事』ですから、絶妙な加減があるんです。
雪交じりの風の中で蹴っても、ボールは思ったほど遠くまで跳ばないんですよ。使うボールも、もうサッカーの練習で使えないようなボロで、跳びにくい球なのです。
また、海は波があるので、着水してもしばらくしたら勝手に浜まで戻ってきます。
だから、だいたいは、浜から海まで走り、膝から腰ぐらいまで海に入ってボールを取って戻ってくるような形になりました。
そう。『だいたいは』です。
そうじゃないこともありまして、それが今回お話する出来事の発端になります・・・