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名探偵の妻  作者: 菱川あいず
第二の殺人
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夕凪唯鞠(1)

 太田牧村長との面談を終えた僕とバロックは、昨日同様、和藝堂をアジトとすることにした。


 昨日と同じ席で、バロックは昨日と同じみぞれかき氷を注文した。よほど気に入ったのだろう。


 僕が注文したのは、焼き餅が二つ入ったお汁粉だった。お昼ご飯にはまだ早い時間であるが、小腹が空いていたのである。



 僕は焼き餅を冷ますために息をフーフー吹きかけながら、バロックに問いかける。



「バロックさん、貞廣の死体にはどうして暴行の痕があったんですか?」


「それは大きな謎だね」


「理由は皆目思いつかないということですか?……熱っ!」


「そんなわけないよ。推理はできる」


 僕が口の中に入れた熱々の餅と悪戦苦闘している最中、バロックはかき氷を舌の上でゆっくりと溶かす。



「たとえば、犯人は、被害者に対して強い恨みを抱いていたんだ」


「恨み?」


「それがどういう恨みかは具体的には分からないよ。ただ、その恨みは、ヒ素を飲まして絶命させるだけでは果たし切れないほどの恨みだったというわけさ」


「つまり、犯人は、貞廣をヒ素で殺してから、私怨を晴らすために貞廣を殴ったということですか?」


「その可能性はあると思う」


 たしかにそのシナリオであれば、ヒ素を飲すことと暴行をすることとが両立する。


 とはいえ、ヒ素を飲んだものがどれほど苦しむのかを間近で目撃して知っている僕からすると、それで十分なのではないかという気もする。どんなに激しく憎んでいたとしても、あの断末魔を見たのであれば、溜飲は下がるように思うのである。



「もしくはヒ素だけだと致死量に足りなかったから、トドメの一撃を加えたという可能性もある」


 なるほど――それはあり得ない話ではない。

 たしか司法解剖によれば、貞廣の死体には、頭を鈍器で殴ったような痕があったのである。それは致命傷を与えることを狙ったもののように思える。


 しかし――



「貞廣の死因は、撲死ではなくて、ヒ素中毒でしたよね? ヒ素は致死量に達していたはずです」


「それは、司法解剖の結果によれば、ということだろ? あの司法解剖は、非専門家によるカッコ付きのものなんだ。鵜呑みにしない方が良いよ」


 それはそうかもしれない。村長も「話半分で聞いてくれ」と言っていた。



「不正確な情報に基づいてアレコレ考えるのは生産的じゃない。だから、村長から聞いたことは忘れよう」


「バロックさん、それはさすがに身も蓋もないんじゃないですか?」

 

「根も葉もない話に踊らされるよりはマシだろ?」


 探偵というのは、案外慎重な人種のようである。



 僕は、二つ目の焼き餅を口に運んだ。


 看板メニューのあんみつに負けず劣らず、懐かしく、落ち着く味である。



 

 貞常に続く二人目の聴取対象者は、夕凪唯鞠だった。

 被害者の弟である常貞以降は、聴取順に特にこだわりはなかった。

 唯鞠が二番手になったのは、僕が一斉にLINEを送った同窓会メンバーの中で、もっともレスポンスが早かったからである。




「私のパパが迷惑かけちゃったみたいでごめんなさい」


 開口一番、唯鞠の口から出たのは謝罪だった。


 一昨日ぶりに唯鞠と会った率直な感想は、目の遣り場に困る、というものである。

 

 半袖のブラウスに、膝上丈のショートパンツというのは、季節柄を考えれば、決して過度の露出とまでは言えない。


 しかし、あまりにも魅力的なプロポーションなのである。

 背筋をピンと伸ばした優雅な立ち姿には、僕とバロックのみならず、おそらく現役を終えているであろう和菓子屋の店主ですら、見惚れて唖然としていた。



 身体を見回すのは失礼なことだから、ちゃんと顔を見ろ、ということになるのだろうが、顔は顔で、見てしまうことに僕は罪悪感を覚えている。


 その美しい顔は、「楓」の顔なのである。僕のイメージする今の楓の顔であり、本来であれば今の楓が有しているはずの顔なのだ。



 「桔梗」の夜を経ても、唯鞠が目の前にいるシチュエーションに決して慣れたわけではない。


 ましてや、アルコールがない昼間に、唯鞠が目の前に座るということは、僕にとっては耐え難い思いだった。



 そんな僕の内心など知るはずもないバロックは、唯鞠に気安く問いかける。



「君のお父さんというのは、俺の首根っこを掴んだ夕凪冬馬だね?」


「はい。そうです」


 僕が貞廣の死体を目撃した直後の話である。冬馬は、バロックのことを犯人だと勘違いし、そのような手荒な真似に及んだのだ。



「パパはとても反省していました。早とちりしてしまい申し訳ないと言ってました」


 唯鞠が、冬馬に代わって頭を下げる。



「君のお父さんは普段からあんな感じなのかい?」


「あんな感じ?」


「粗暴というか」


「粗暴……そうかもしれません」


 唯鞠は苦笑いする。



「悪い人ではないんですけど、頭より先に手が動いてしまうというか、なんというか、昔ながらの人なんです」


 唯鞠は慎重に言葉を選んでいる様子だったが、少なくとも、冬馬のことを知っている僕には、唯鞠の言いたいことはしっかり伝わった。


 大工の親方である冬馬は、腕っぷしと男気で生きてきた人であり、良くも悪くも豪快な人である。



「まあ、この村の男っていうのは、粗暴な人が多いんですけどね。私くらいの世代になるとそうでもないんですけど」


 それに関しても、言いたいことはよく分かる。

 村社会は、元々は極度に男性優位の社会である。上の世代の男性だと、未だに亭主関白が当然だと思っている者も少なくない。

一話の長さはだいたい1500字から3000字くらいにしたいなと思っています。昔からのこだわりです。

ゆえに、今回の唯鞠事情聴取パート(4500字くらい)は二つに分割します。

決して、カクヨムの連載の方に追いついてきてしまったから、というわけではありません。決して。

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