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名探偵の妻  作者: 菱川あいず
第二の殺人
18/25

「良い父親」

「実は今、X県J村に来てるんだ」


 下着だけを身につけ、台所に向かった私がスマホを見てみると、意外なことに、辰一郎は自らの居場所を明かしてくれていた。


 ただ、思うに、それは、夫の所在を気にする妻に慮って、というわけではない。



 自分が「面白い場所」にいる、ということを、私に自慢したいだけなのである。



 J村がどういう場所なのかということは、当然、私もよく知っている。


 十七年前にリアルタイムで報道を見ていたし、最近も、「毒蛇女」の死刑執行をきっかけに、ネットニュースの記事になっていたのだ。


 そういえば、辰一郎は、家からいなくなる前日の夜、私に対して、「沓晏吉永は冤罪かどうか。繭沙はどう思う?」と質問してきたのである。


 仕事帰りでクタクタだったこともあり、私は、「分からない」と素っ気なく回答した。


 すると、辰一郎は、「『分からない』というのは、『疑わしきは被告人の利益に』の大原則からすると、冤罪ということかな?」などと、小難しいことを言っていたのだった。



 疲れていた私は、それ以上議論をする気はなく、「ふーん」だか「へえ」だか、そんな適当な相槌を打ってから、すでに暎人が寝ている、電気の消えた寝室へと向かった。



 まさか、辰一郎は、十七年前の、すでに死刑が執行された事件の調査をするために、J村に向かったということだろうか。


 それは誰かからの依頼を受けてなのか、それとも、単なる趣味なのだろうか――



「それってお金はもらえるの?」


 私は、LINEを送る。

 少々棘のある質問になってしまったなという自覚はある。



「成果次第かな」


というのが、辰一郎からの返信である。一応、依頼者のいる仕事のようだ。少しだけだがホッとする。



 立て続けに、こうも送られてくる。



「J村で、新たな殺人事件が発生したんだ。それで、すごく面白いことになってるんだよ!」


 「新たな殺人事件」というと、十七年前の毒豚汁事件とは別の事件ということだろう。


 それは、毒豚汁事件についての様々な報道に触れてきた一国民として、驚くべき報告ではある。

 たしか、J村は人口が二千人かそこらの、小さな集落であるはずである。


 そこで最近もまた殺人事件が起きたのだとすれば、何か因縁めいたものを感じる。



 とはいえ、「面白いこと」といってハシャぐことではないと思う。人が殺されているのである。それを面白がるだなんて、不謹慎だ。


 これだから、探偵という人種は……



「また明日連絡する」


 結局、辰一郎から「新たな殺人事件」についての具体的な説明はないまま、LINEのやりとりはこう締め括られた。



 別に、私も、深追いする気はなかったので、短く「了解」とだけ返す。



「ねえ、ママ、パパはいつ帰ってくるの?」


 いつの間にやら私の背後にいた瑛人が、私の太もものあたりをペシペシと手で叩きながら訊いてくる。


 たしかにそのことをLINEで訊いておくべきだったかな、と一瞬思ったものの、おそらく訊いても無駄だろうと思い直した。



 辰一郎は、「新たな殺人事件」とやらに巻き込まれているのである。今日明日中に帰ってくるなんてことはあり得ないし、おそらく、帰る日の目処もついていないことだろう。


 「探偵バロック」が、事件の解決を未了にして、家庭の事情で先に失礼する、などということは、絶対にあり得ない。



 辰一郎が帰ってくるのは、事件を解決した後、ということになるはずだ。



「うーん、パパはもう帰って来ないかもしれない」


 私が冗談でそう言うと、暎人は、えーんえーんと大声を出して泣き始めた。


 想像以上のリアクションに戸惑った私は、すぐに発言を撤回する。



「ごめんごめん。嘘。パパはきっとすぐ帰って来るよ」


 なかなか瑛人は泣き止まない。「パパぁ、パパぁ」と叫んでいる。


 暎人の裸の背中を優しくさすりながら、私は思う。



 あんないい加減でふざけた男でも、少なくとも、この子にとっては良い父親なのだな、と。



 そして、暎人のためにも、せめて明日こそは、いつ帰ってくるのかLINEで詰めてみよう、と心に決めたのである。

次の文学フリマまで時間的な余裕があるので、「メビウス館の殺人」に加えて、ゲームブックも作りたいなと思います。いわゆる「リアル脱出ゲーム」を本にしたものです。


SCRAPの「ミステリー写真集 人が消える街」が刺激的でしたので、手法を真似て何か作れないかなとずっと考えています。


IT音痴なくせに、ティラノビルダーだけは使えるので、これを使ってスマホと連動させられないかなあと色々と考えています。

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